19話「食材に感謝して大賢者は頂く」

「なるほど……。そういう理由があってジェラード様は移民を欲しているのですね」


 どういった理由があって移民が必要なのかと言う話を聞き終えると女王は顎に手を当てながら納得したように頷いていた。


「ああ、そうだ。漸く理解してくれたようで助かる」


 そんな彼女の様子を見てジェラードは一先ず事情は理解してもらえたと安堵する。


 無論だが彼が理由を説明している時にしっかりと可能であれば”若い男”で尚且つ”犯罪歴”がない者が好ましいと言う条件も提示しているのだ。それはハウル村の治安を考慮したことでもあるが、あの村は今女性が大多数であり必要なのは健康な男である。


「くぅぅぅ……。まさかあの気まぐれで有名なジェラード様が自らの手を使って人助けをするなんて……ワシは今猛烈に感動しておりますぞぉ”ぉ”ぉ”!」


 国王も彼の話を聞いてたようで急に涙を流しながら声を荒げ出す。


「おい、よせ辞めろ。勝手に感動するな喧しい」


 ジェラードはあまりの鬱陶しさに淡白とした口調で静かにするように言う。だが同時にアーデルハイトが泣きながら声を荒げる癖は親譲りのものかと、知らなくてもいい事柄が一つ判明した瞬間であった。


「ああ、なるほど。あれはお父さん譲りのものでしたか……通りで納得ですね」


 すると彼の隣ではアナスタシアが遠い目をしながら呟いていて、どうやら同じ事を思っていたようである。


「はぁ……それで? 答えは決まったか女王よ?」


 彼女と同じ事を思ってしまったことにジェラードは溜息が漏れると、ゆるりと顔を女王の方へと向けた。


「……え、ええ決まりました。移民に対しての答えはジェラード様の今までの功績を考慮して許可致しましょう。ですがそのハウル村とやらにはどうやって移動を?」


 眉間に皺を寄せながら彼の条件を承諾すると、女王は肝心の移民達の移動手段について聞き返してきた。だがジェラードは自分の日頃の行いの良さを褒められた事で少しだけ気が緩くなると、


「それならば問題ない。移民達の脳内に直接ハウル村までの道筋を魔法を使って刷り込み。まあ場合によっては頭が”パァ”になるかも知れんが大丈夫だ」


 右手を大きく振ってローブを揺らめかせてから魔法を使用して移民達が自分の足でハウル村へと目指すようにすると言い切った。


 けれど希に魔法の処置が失敗して対象の脳が空っぽになる危険性があることもしっかりと伝える。あとで何か起こった際に文句を言われること避けるための保険であるのだ。


「それを聞いて安易に許可を出した事を後悔してきましたわ……。ですがジェラード様が関わっているのであれば大丈夫でしょう。私は貴方様を信じていますよ?」


 女王は両目を閉じて頭を抱え出すと全体的に披露の色が伺えたが、暫くして再び重たそうな瞼を開けると信じているという言葉を使ってさり気なく念を押してきた。


「うむ、存分に信じておけ。半分ぐらいは本気であるからな」


 だが彼にとって信頼というのは無にも等しい感情であり適当に返事をする。


「…………」


 本当に大丈夫だろうかと言う疑惑の篭った様子の表情を女王は見せながら視線を合わせてただ黙っていた。


「さて、話も終わったようでこの後は如何されますかのう?」


 話の区切りが付いた所で国王が口を開くと、それと同時に左の方から何やら妙な音が聞こえてきた。するとその音はこの部屋に居る全員に聞こえていたらしく、一斉に顔が音の聞こえた方へと向いた。


「あっ……す、すみません! 私のお腹が鳴ってしまいましたッ!」


 ジェラードも音の出処へと視線を向けると、そこには湯気を頭から出しそうなほどに顔を真っ赤に染め上げたアーデルハイトが佇んでいて自身の腹部を摩りながら空腹を訴えていた。


「そう言えば夕食の途中かけでしたね。この人の容態も大丈夫そうですし、一旦食堂の間に戻って夕食を再開させましょうか」


 そんな彼女を見て女王は思い出したかのように夕食の事を口にすると、この場でやるべきことは全て終えていてジェラード自身も魔法を行使したことで若干お腹が空いている状態であった。


「むむっ! ならば体を引きずってでもワシも同席せねばならぬ。かの大賢者と共に夕食を楽しめる機会なんぞ生きているうちにあるかないかですからのう」


 国王は夕食と聞いて途端にベッドから腰を上げて立ち上がると、ジェラードと共に食事をすることに並々ならぬ熱意を持っているようであった。


「ほう? 幾ら俺が回復魔法を施したと言えど、もう食欲までもが復活したか。やはりお前は単純脳筋馬鹿といったところだな」


 両腕を組みながら彼は若い頃から何一つ変わらない国王の内面を見て皮肉交じりの言葉を呟く。


「ははっ! ジェラード様に言われては否定のしようがないですぞ。……さて、雑談はこれぐらいにして食堂の間へ……っとその前に医師達全員に告ぐ!」


 ジェラードから言われた言葉を皮肉として捉えていないのか笑いながら頭を掻くと、国王は部屋を出ようと扉の前まで足を進めたが急に振り返って医師達へと顔を向ける。


「今日はもう全員帰って家族と共に過ごす事を命ずる。ワシの為に全力を尽くしてくれたこと誠に感謝致す。後日、医師達全員には特別給付を与える予定だ。楽しみにしておくとよい」


 そして彼は矢継ぎ早に医師達に感謝の言葉を述べると共に頭を下げると、これまで自分の面倒を見てくれた事に対して正当な報酬を払うと約束した。


「「「「は、はいっ!! ありがとうございます国王よ!」」」」


 その言葉に医師達一同は歓喜の声をあげて全員が笑みを零していた。


「うむ! ……さぁ、食堂の間へと向かうとしますかのう。ワシは分厚い肉が食べたい気分ですぞ」


 大きく頷いたあと国王は医師達から視線を外すとそのまま振り返ってジェラード達を見てくる。


「病み上がりの体で食べさせる事は出来ません。貴方は野菜のスープのみです」


 女王はその言葉を聞いて眉を中央へと寄せると若干苛立ち混じりの声で返していた。


「そっ……そんな……くぅ」


 彼女に言われたことが深く胸に突き刺さったのか、国王は右手で自身の顔半分を覆うと露骨に声が震えていた。恐らくステーキは彼の好物なのだろとジェラードは思うが、それを声に出して言うと長話になりそうだと直感的に悟り無視して部屋を出て行く。



◆◆◆◆◆◆◆◆



「こ、国王様!? お体は大丈夫なのですか!?」


 夕食を再開させる為に全員が食堂の間へと到着すると、そこには執事服を着た女性が一人壁際に立っていて彼を見るなり驚愕の顔を見せてくる。


「ああ、無論だ。かの大賢者様に治して貰ったからな!」


 そして国王は自身が完全に復活したこと主張するかのように力強く親指を上げると更に笑みも欠かすことはなかった。


「うーん……。やはり料理の方は完全に冷めてしまいましたね。料理長達には申し訳ないですが新しいのを……」


 そんな二人のやり取りを他所に女王は料理が並べられている机へと近づくと、視線を左右に向けてから悲しげな声色で新しいのを作らせようと口にしていた。

 

 確かに最初こそは湯気を上げて温かそうであったスープ達も今では皿の陶器と相まって冷めている印象が強く、ジェラードもこれでは満足のいく夕食を楽しむ事は出来ないと思えた。


「いや、折角俺達の為に作ってくれたのだ。その思いを無下にする事はできん。……それにこのまま捨ててしまっては食材となった魚や動物達が可哀想であろう?」


 彼女が料理を新たに作らせようとしている事を止めてから、彼は並べられている数々の料理を見ながら食材の思いや料理を作った者達に感謝の念を抱いた。


「で、ですけど……」


 女王は困ったように表情を弱らせて顔を合わせてくる。


「まあ黙って席に座っていろ。直ぐに温かい食事を用意してやる」


 ジェラードは右手を上げて静かにするように言い放ってから魔力を込めた手で指を鳴らすと――


「お、おぉぉぉお! 流石はジェラード様っ! あの冷めていた料理の数々を一瞬にして温め直すとは!」


 机の上に冷めて鎮座していた料理の数々は忽ち息を吹き返したように再び湯気を立ち上らせ始めると、国王は声帯を震わせた声を出しているか食堂の間全体に響くほどのものであった。

 

「造作もないことだ。さて、夕食の続きをしようではないか」


 国王の声が耳に木霊しながらもジェラードは椅子を引いて腰を落ち着かせると、全員に顔を向けてから再び夕食を再開させるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る