18話「女王は勘違いし、大賢者は困惑ス」

「あの、ジェラード様……。この度は本当に何と言ってお礼を申し上げたら良いか……」


 アナスタシアが一方的にアーデルハイトに抱きつかれて反応に困っている最中、女王が胸元辺りで小さく手を合わせながら話しかけてきた。


「礼の言葉なんぞ必要ないと何度も言っているだろう。それにこちら側としては知りたい情報は得られたからな」


 彼女へと顔を向けて礼の言葉をジェラードは拒否すると、国王を床に伏せさせた呪いを与えた者を知ることが出来てそれ以上の事は必要なかった。それ以前にヒルデの者達は一々反応が濃くて、礼を言い始めたら軽く数時間は平気で使いそうな気がして彼にはならなかったのだ。


「で、ですか! こうやってまた元気なあの人を見られたのは貴方様のおかげです……! このままお礼をしないで済ませたとならばヒルデ家、一生の恥となります! ですからどうか!」


 女王はジェラードに面と向かい断られたとしても諦める気配がなく、意地でも礼がしたいという気持ちが何よりも増さっているのか顔を極限にまで近づけて言ってきた。

 その距離は互いに鼻先が触れそうになるほどである。


「ッ……わ、分かった分かった。そこまで言うのならば、今ここでお前に頼もうとしてたことを言う。だからそんなに顔を近づけないでくれ」

 

 彼女の怒涛の勢いと意地に敗北を認めるとジェラードはここに来てからずっと王女に頼みたかった事を言うことにした。それぐらいしか今この場を穏便に収めることはできないと考えたのだ。


「えっ……。そ、それはもしかして会議の間で私と二人っきりで話そうとしていた事ですか……?」


 女王は途端に表情を固まらせると彼から距離を取るように二歩後ろに下がると恐る恐るといった感じで聞き返してきた。


「ああ、そうだとも。まあこうなっては一々部屋を移して話すのも面倒だ。ならば今ここで俺がそれを話して内容に不満が無ければお前が承諾してくれ。無論だが礼は果たしてくれるのだろう?」


 多少の順序はおかしくなったが色々と手間を省けることを考慮して合理的な答えを出すと、今度はジェラードが強気な姿勢を取りながら王女へと畳み掛ける。


「ぐっ……あ、あの人が居る前でそんなことを……」


 女王が国王の方へと視線を向けては何かを気にしている様子で呟く。


「お前が言い出したことだぞ? 礼がしたいとな」


 ジェラードは更に追い討ちを掛けるようにして彼女へとゆっくりと歩み寄りながら口を開く。


「あ、先生今一瞬だけ悪魔がとり憑いたような笑みを浮かべていましたよっ!」


 するとアナスタシアが横から声を掛けてきてジェラードが反射的に顔を向けると、どうやら彼女はアーデルハイトの抱擁から開放されたようでローブには沢山の涙跡が付いていた。


「んんっ……お前はもう少しアーデルハイトに抱かれて静かにしていろ。今からは少々大人の会話を行うからな」


 彼女の服やローブに王女の体液が付着している事を確認するとジェラードは軽い咳払いをしてから、これから大事な話をする予定だと言って静かにするようにアナスタシアに告げた。


「ちょっ!? なんてことを言うんですか馬鹿先生!」


 だが言われて直ぐに彼女は頬を赤く染めながら反応を示すと、馬鹿という単語を添えて言い返してきた。


「なんだ? 俺は事実を言ったまでだぞ」


大賢者ともあろう自分に向かって馬鹿という言葉を使うとは中々に大きくなったものだとジェラードは思うと、部屋に戻った際に日頃の行いを込めて少々お灸を据えてやろうと密かに決めた。


「ぐぬぬっ……確かに言い方は間違っていないです。が、しかし! なんかイヤらしい響きに聞こえるのは何故でしょう!」


 アナスタシアは口元を歪めさせながら眉を中央に寄せると、そんな事を言いながら手を振り回して何処か納得のいかない様子を見せていた。


「ア”ナ”ス”タ”シ”ア”ァ”ァ”ァ”! 永遠の友の契りを交わそうぞぉ”ぉ”ぉ”」


 先程まで泣き止んでいたのか静かだったアーデルハイトが再び声をあげて泣き出すと、何を考えて行動に移したのか契りという名の契約を交わそうと言って彼女の肩を掴んで揺らしていた。


「ひィっ!? な、なんですかその捉え方によっては呪いみたいな契約は!? 絶対に嫌ですよ! 私は今まで通りに普通の親友で結構です!」


 王女の言葉にアナスタシアは頬を引き攣らせると、今まで通りの何の変わりもない関係を望んでいるようであった。だがジェラードはそんな二人を見ていて、たかが城内を一緒に歩き回っただけでこうも仲が深まるものかと疑問を覚えた。


「だが今はそれよりもこっちが重要だな。……さて、返事はまだか女王よ?」


 アナスタシア達から視線を外して彼は改めて女王に決断を迫る。


「わ、分かりました。私とてヒルデに嫁いだ女です。覚悟ならここへ来た時に既に出来ています! ……さぁ、私と婚姻の口づけを――」


 自身の胸元辺りで小さく右手で握り拳を作って女王が言うとそのまま両の瞼を閉じて顔をゆっくりと近づけてきたが、


「おい待て女王よ。何を急にトチ狂ったような真似をしているのだ」


 ジェラードはそれを目の当たりにして一体この女性は何をする気なのだと理解不能過ぎて逆に恐怖を抱いた。


「えっ? ち、違うのですか? も、申し訳ございません……。私は魔術師が行う婚姻の儀を知らないので……東の国に伝わる方法でしか……」


 ぎりぎりの所で顔を近づけるのを止めると女王は瞼を開けて弱々しい表情を見せながら自身が生まれた東の国の事を口にする。


「いや、そういう事を言っているのではない。何を急に可笑しな事をしているのかと聞いているのだ」


 彼にとってはそれは全く関係のないことであって一歩後ろに後ずさりしてから理由を訊ねた。


「お、可笑しな事はしていません! だってジェラード様は私と……その……け、結婚したいのでしょう?」


 弱気な表情から一転して僅かに強気な姿勢を女王は出してくると、指先をもじもじとさせて視線を泳がせながら結婚という言葉を呟いて周囲を静寂の間へと導いていた。


「……は?」


 それから一分ほどの間が空くとジェラードの思考は再起動して、たった一言を口から吐き出す。


「「ええぇーっ!?」」


 その隣からはアナスタシアとアーデルハイトの驚愕の声も同時に聞こえた。


「それは……誠ですかのうジェラード様? だとしたら幾ら相手が王都の大賢者様といえどワシは貴方を……」


 筋肉の舞を踊れるぐらいにまで体が復活している国王は目を細めて威圧感の孕んだ視線を向けてくると、同時に闘気も練り上げているのか彼の身体からは活力が溢れ出ているようにジェラードには感じ取れた。


「おいおい待て。一体どこでなにを間違えたら、こんなややこしい事になるのだ。俺はただ単に女王に”移民”がいないか訪ねたいだけだ」


 だがここで国王と争っては城が消し飛ぶのは確実であり、そんな事になると目的が果たせなくなるのは明白でジェラードはそれを回避する為に当初の目的を告げた。


「「移民……ですと?」」


 国王と女王は彼の言葉を聞いて同時に首を傾げる。


「そうだ。ただそれだけなのに一体どう解釈したら結婚に行き着くのか。やはり人とは分からんものだ」


 ジェラードは頭を掻きながら人の考える事は時々理解できないと深く実感を抱いていた。一層のこと全員がアナスタシアぐらいにまで分かりやすい性格をすればいいのにと思えるほどである。


「それで……移民のことを聞いてどうするおつもり何ですか?」


 気を取り直した様子で女王が当然の如く理由を訊ねてくる。


「なに簡単なことだ。移民がいるのであれば、その全員を”とある村”へと連れて行くだけだ」


ジェラードは淡々とした口調で理由を語る。それは全てハウル村でスーリヤと約束をした事を果たす為に必要な事であるのだ。


「く、詳しく聞いてもよろしいでしょうか? 無論ジェラード様に限ってそのような事はないと思いますが、一応この国では人身売買は禁止していますので……」


 女王は口調こそ怯えていても国の規則だけは絶対に守ろうとしているのか表情は真剣そのものであった。そしてその様子を見て今現在国を統治しているのは娘のアーデルハイトであるが、裏では国王の代わりに女王が指示を出しているものだとジェラードは確信した。


 その証拠に今もこうやって国の規則をアーデルハイトが言うのでなく、女王が自ら言ってくる辺りがそれを頷けるものとしている。


「ふむ、まあ当然だろうな。……よし、ならば特別に話してやる。別にその後に答えを聞けば問題はないからな」


 そんな彼女を見て色々と納得すると自身の顎を徐に触りながら口を開いて、ジェラードはこの国に来る前に何があって何故移民が必要なのかと言う事を語り始めるのであった。

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