14話「大賢者と若き魔女は相部屋となる」

「大変遺憾ではありますが女王様直々の頼みとあらば仕方ありません。私の後に付いて来てください。部屋まで案内致します」


 執事長が女王に言われた通りにジェラードを部屋へと案内する為に声を掛けてくるが、その声には何処となく怒りの感情が孕んでいそうであった。


「うむ、よろしく頼むぞ」


 だが当の本人でもある彼は小さく頷いてから彼女の後を追うようにして歩き出した。

 するとその際に周りからは他の執事達が嫌悪を煮詰めたような視線で自分の事を見ていると、ジェラードは背中に感じる威圧感の数々に気がついていた。


「ふむ……。これは些か難儀な事になったやもしれんな」


 そう独り言を呟くようにして彼は城の中を進んで歩いていくと、途中から赤く高級そうな敷物が引かれている廊下へと入り、そこには絵画の他にも壺や小さい彫刻の置物と言った造形物が壁際に飾られていた。


「おお……これは売れば恐らく金貨数枚にはなるだろうな。そうすれば旅の資金に困ら――」


 ジェラードは飾られている如何にも高級そうな物の数々を見て金額を脳内に思い浮かべると自然と口が緩むが、


「あの、あまり私の後ろで邪な事を言わないでくれますか? でないと幾ら大賢者様と言えど盗賊認定して、この城から追い出さねばなりません」


 急に先頭を歩く執事長が足を止めて振り返ってくると冷たい声色と共に残飯を見るような何とも言えない視線を向けながら告げてきた。


「……すまない。ちょっとした冗談だとも」


 執事長の言葉が本気のものだと彼は雰囲気から察すると、徐に両手を上げて慣れない笑みを作って返した。


「そうですか。ではご自身の発言には以後気をつけて下さいね? 私達メイ……執事達は常に貴方方を監視していますから」


 彼女は相変わらず表情を一切変えないまま淡々とした口調で喋っているが、その刹那ジェラードの索敵範囲内に先程広間で出会った執事達全員の闘気が一気に反応した。


 恐らく気づかれないように城の隠し通路や天井から自分の事を見張っていて、今の執事長の発言に反応して闘気が漏れ出したのだろうと彼は何となくだが理解する。


「ああ、ここに滞在している間は気をつけるさ。……だが、これは少しばかり無謀だぞ?」


 ジェラードは人差し指を立たせながら軽口を呟くと、闘気すら碌に隠しきれないで隠密行動は難しいだろうと彼女達の今後を案じて少しだけ遊んであげる事にした。


「な、なにを言っているのやら……」


 彼の発言に執事長は何か思い当たる節が有るのか急に眉を顰めて声色が変わりだした。

 そしてジェラードは人差し指を立たせたまま体の内に流れる魔力を僅かに外へと放出して、その放出した魔力を全ての執事達に向けた。


 ――――するとその瞬間、彼の目の前に立っていた執事長は表情を恐怖のものへと変えて口を半開きにしたまま全身が震えだすと何故か瞳から涙が流れ出していた。


「おっとすまない。少々やり過ぎたようだな。……しかしこれっぽっちの覇気で怖気つくようでは話にならんな。もっと鍛錬して気持ちと闘気を高めると良いぞ」


 ジェラードはそんな彼女の姿を目の当たりにして少しだけやり過ぎた事を自覚すると急いで魔力を抑えたが、可能性として他の執事達も彼女と同様に圧倒的な恐怖を感じてしまったであろうと思い罪悪が芽生えた。


「お、おい? 大丈夫か?」


 彼は依然として涙を流して膠着している彼女を心配して声を掛けながら手を伸ばす。


「ひィっ……! こ、こないで!」


 執事長はそれを自身の手の甲で跳ね除けると先程まで男の声を真似ていたのだが今ではすっかり女声で叫んでいた。


「「…………」」


 そして二人の間に気まずい雰囲気が流れ出すと廊下の真ん中で沈黙の数分間が訪れた。

 だがそれも暫くしたあと執事長が自身の着ている服装を整えてから気を取り直した様子でジェラードを再び部屋へと案内しだしたが、その間に二人の会話は当然の如く全くなかった。


 それどころか彼女の歩く速度が速いのかジェラードとの距離が物凄く空いていて間に人が五人ぐらい入れそうなほど余裕のある空間が広がっていたぐらいである。

 ――そんな状態が続いて三分程が経過すると執事長は急に一つ部屋の前で足を止めて、


「到着致しました。ここがジェラード様と”お付の人”のお部屋となります。何か困り事がありましたら部屋の中に置かれているベルを鳴らして下さい。……それでは以上で私は下がらさせて貰います。ごゆっくりと」


 振り返りながら右手を扉の方に向けて感情が一切篭っていない様子の声で伝えると静かに頭を下げた。しかも彼女からは一刻も早くこの場から立ち去りたいという雰囲気すら感じ取れて、ジェラードはこれ以上何かを言ったとしても逆効果だと思い黙って頷く。 



◆◆◆◆◆◆◆◆



 それから執事長が小走りで自分の前から去っていくと、ジェラードは大きく溜息を吐いて胸に触れただけで女性はあれほど怒るのかと一つ学んだ。そして女王が会議の間の準備を終えるまで部屋でゆっくりしようとドアノブを下げて中へと入った。


「ふむ、至って普通の部屋だな。特に可もなく不可もなしだ。まあ、寝泊りするだけなら充分だろう」


 部屋の中へと入って全体を収めるように彼は顔を動かすと、この部屋には人が二人一緒に寝られるほどの大きなベッドに繊細な装飾が施された木製の机と椅子が置かれていた。

 そのどれもこれもが売れば金貨数百にはなるだろうと思われる家具の数々である。


「さて、物色はこれぐらいにして暫くは魔法も使わずにのんびりと横になってみるか。これも人としての在り方を忘れない為に必要であろう」


 ジェラードはそう呟くとベッドの方へと向かって歩き出し、ふと王家が使う寝具とは一体どれほどの質感を持っているのかと些細な好奇心に駆られると手のひらを押し当てた。


 するとこのベッドは今まで彼が使ってきたどれよりも滑らかで上品な肌触りをしていて、しかもかなりの高反発さも持ち合わせていた。もしかしたらこの上で一度でも寝てしまったら、もう二度宿屋に置かれているような粗悪な寝具は使えなくなってしまうのでは思えてしまうほどだ。


「お、おぉ……。これなら魔法を使って無理やり睡眠を取る必要すら無くなるかもな」


 ベッドの質感を手のひらで余すことなく体感すると、ジェラードはいよいよ自身の五体を使って体験するべく身を乗せようとした。

 ――――だがその時、勢い良く部屋の扉が開かれて甲高い声が聞こえてくる。


「いやぁ、お城の中って迷いの森並に入り組んでいて一人で動くと絶対迷子になりますねぇ……。にしても探索中に見掛けた男装した女性……あれは中々に有りですね。今度会ったら握手でも頼んでみましょうか。……ってあれ? なぜここに先生が?」


 盛大に独り言を漏らして自身の顎に手を当てながら部屋に入ってくるアナスタシアは、彼の存在に気が付いたらしく疑問の声を出して首を傾げていた。


「お前は独り言すらその声量で言っているのか……。まあそれはそれとして、この部屋は恐らく俺とお前が一緒に使う事になっている筈だぞ」


 ジェラードはそんな彼女の様子を見て率直に呆れると、先程執事長が言っていた言葉を思い起こしながらこの部屋は二人用だと言う事を教えた。

 

「……は? それは本気で言ってるんですか?」


 アナスタシアは彼の言葉を聞いて表情を露骨に嫌そうにさせると頬が若干引き攣っているようであった。


「ああ、本気だ。こんな所でつまらない冗談を言うような男ではないのでな俺は」


 ジェラードは自分が言ったことはまごう事なき事実だと口にしてベッドの端に乗せていた腰を上げて立ち上がる。


「ま、まじですか……。こんなにもか弱くて幼気で麗しい私が、こんなむさ苦しい男と一緒の部屋で寝るですとぉ……」


 文句を吐きながら彼女は部屋の奥へと進んでいくと、内装が気になったのか項垂れつつもしっかりと周囲の家具に視線を向けていた。


「おい待て、なんだその言い方は。ゴブリン達を魔法で肉片に変えた奴の何処が幼気でか弱いんだ? 寧ろバーサーカー魔女か何かだろお前は」


 ジェラードは彼女の言い方が微妙に気に食わなかった事から、知性が乏しく闘争心だけを持ち合わせて戦う狂戦士の異名を混ぜて反論する。

 

「な、なにを!? でしたら先生の方がよっぽど――――」


 するとアナスタシアの中で火が付いたのか勢い良く首を曲げて顔を合わせてくると再び文句を言い放ち、


「ふっ、お前の方が――――」


 それに一字一句反論するようにジェラードも口を開くと二人は夕食の時間まで言い争いを続けるのであった。

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