13話「大賢者は執事の胸を揉む」
「「「「「お待たせ致しました女王陛下。我ら執事全員参上致しました」」」」」
女王が手を数回叩いて執事達を呼ぶ声を出すと、まるでずっとこの広間に潜んでいたかのように黒色の服を身に纏った清楚の塊とも言える男達がジェラードの目の前に姿を現した。
その執事達は彫刻の後ろから姿を見せたり、或いは階段の上から飛び降りて華麗に着地したりと、様々な方法であっという間に女王の周りを囲むようにして背筋を伸ばして立っているのだ。
「ほう……。これが女王お抱えの自慢の執事達か」
ジェラードは目の前に現れた執事達に顔を向けて右から左へと順番ずつ視線を合わせて調べると、その者達は全員が闘気を練り上げて戦う事の出来る戦士であることが分かった。
「ふむ、中々に鍛えているようだな。流石は女王を守る”ガーディアン”と言った所か」
そう独り言を呟くと彼は執事達の内面から意識を外して分析を終えたが、ふと彼ら全員の体にある”違和感”を覚えて視線が一点集中となった。
「ふふっ、ジェラード様に褒めて頂けるのでしたら至極光栄なことです。ほら執事長、このお方に挨拶をしなさい」
女王が微笑みながら彼の言葉に反応すると執事長という言葉を口にした。
「はっ! 畏まりました!」
それから直ぐに一人の執事が覇気の篭った様子で返事をすると一歩前に出る。
そして彼は他の執事達と違って一人だけ体に漲る闘気の量が格段に上である事をジェラードは感じ取る。
「……お初にお目にかかりますジェラード様。私はこの城に仕えている執事全員を束ねている”執事長”です。以後お見知りおきを」
ラセットブラウン色をした短い髪で頬に特徴的な傷のある執事が綺麗な佇まいで挨拶を述べていくと、どうやら彼が現状執事達を束ねている実力者のようである。
そしてジェラードは彼の言葉を聞き流して歩み寄って手を差し延べると、
「かの王都の大賢者にこうして会えた事に深く感激致します。……あ、握手ですか? 是非お願いしま――」
同じくして執事も笑顔で手を差し出してきたがジェラードはそれを無視して彼の胸部へと手を触れさせた。
――その刹那、執事の胸に触れた彼の手には到底男のものとは思えないほどの柔らかな感触が鮮明に手のひらに伝わってきた。
「おぉ……やはりお前は女であったか。うむ、それならば納得だ」
ジェラードは自身が感じ取っていた違和感の正体を突き止めると、興味深く頷いてから念のために二、三回ほど手に力を込めて揉む仕草をする。
そうするとやはり彼の手のひらには弾力のある柔らかなものが再度確認出来た。
「なな……ななな、何をするんですか急に!?」
そしてジェラードに胸部を鷲掴みにされて時が止まっていたかのように膠着していた茶髪の執事が正気を取り戻したのか頬を赤らめながら彼の手を払い退けて後ろに下がった。
「ジェ、ジェラード様!? 本当に一体なにをなさっているのですか!?」
その声は女王のもので彼女は目の前で起こった突然の出来事に困惑している様子である。
「いや、この者が女かどうか気になってな。見れば他の者達も男を装っているようだが骨格や僅かな仕草は隠せるものではない。ゆえに俺は確かめたのだ。……だが疑問だな。どうして女王は男装をさせた女を執――」
ジェラードは女王に視線を向けて自身が取った行動の目的を話していくと一つの疑問が生まれてそれを矢継ぎ早に訊ねようとしたが、
「ば、ばかぁぁぁ!」
それは突如として横から飛んできた拳によって遮られた。
――――そう、彼は視線を尖らせて睨んでくる執事に思いっきり腹部を殴られて絵画が飾られている壁の方へと吹き飛ばされたのだ。そしてジェラードは殴られる寸前に彼女の拳に三十パーセントほどの闘気が集中していることに気が付いた。
「……くっ、久々に拳で殴られた気がするな」
全身が壁にめり込む勢いで衝突すると彼は自動防御のおかげで無傷であり、崩れた壁に修復魔法を施してから立ち上がった。
「女王陛下……質問よろしいでしょうか?」
するとその光景を見ていたマカライトグリーン色の長髪をした執事が自身のメガネを人差し指で上げる仕草を見せてから女王に何かを訊ねていた。
「え、ええどうぞ?」
その突然の質問に女王は目を丸くして僅かに戸惑っている様子である。
「あの方は……本当に悠久の時を生きて英知を極めし大賢者様なのですか?」
「そ、その筈ですわ……。なんせヒルデ王位継承の儀の際に撮られた写真には歴代の王と共に、あのお方が隣に写っていましたから……。しかも姿見た目も変わらずに……」
メガネを掛けた執事の質問は彼が本当に大賢者ジェラード本人なのかと言うものであり、女王は悩ましく頭を抱え出すと確かに彼は本物の大賢者であるという事を弱々しく呟いた。
「そうですか……。でしたら本物なのですね。疑うような事を言って申し訳ございません」
執事はそう言って頭を深々と女王に向けて下げる。
「はぁ……。取り敢えず今は気が立っている執事達を収めねばなりませんね。……んんっ、全員その方に敵意を向けるのは辞めなさい! でないとこの国が滅ぶ事になります!」
大きく溜息を吐いてから女王が周りの様子を伺うと執事達全員が闘気を立ち上らせてジェラードに対して敵意を向けていることに気が付いたようで、彼女は大きく声を上げて手を叩くと敵対心を解くように言い放った。
「「「「「…………」」」」」
女王に言われても執事達は黙ったままでジェラードを見る視線は軽蔑な眼差しそのものであったが闘気自体は少しずつ収めているようである。
「おや? 俺が吹き飛ばされている間に何かあったのか?」
そして時を見計らってジェラードが彼女達の元へと歩み寄っていく。
「いえ、特になにもないです……。それよりも、このお方を部屋に案内してあげなさい執事達よ。……では私は色々と準備がありますのでこれで」
女王は首を横に降って答えるとすぐさま執事達に声を掛けていた。
まるでそれは自分はこれ以上の面倒事は避けたいような雰囲気すらある。
「ん、待て女王よ。幾ら俺とて一般常識は弁えている。だからこれはあの女の胸に触れてしまった侘びのしるしとして受け取ってくれ。きっと俺があの者に渡そうとしても受け取っては貰えそうにないからな」
彼はこの場から去ろうとしている彼女に声を掛けて止めると、昼食の時に店で貰ったサラマンダーのゆで卵が入った袋を魔法で浮かせて色々と理由をこぎつけながら渡した。
そうしてジェラードは流れるような動作で横目で執事長に視線を向けると彼女は依然として顔を強張らせて目付きを鋭利な刃物のように尖らせて睨んでいた。
「わ、分かりました……。で、ではこれで!」
女王はゆで卵の入った袋を両手で抱えると早々に話を終わらせて立ち去ろうとする。
「待て女王よ。一つ聞いておかないといけない事がある」
だがそれを再び彼が声を掛けて呼び止めた。
「な、なんでしょうか……?」
今度は一体なにを聞いてくるのかと女王は不安になっているのか声が小さくなる。
「この男装執事達はお前の趣味なのか?」
ジェラードは真剣な声色を出してずっと気になっていた事を訊ねた。
「ええ、そうです。私は男装した女性が何よりも好きですの。だから夫に仕えていたメイド達に執事服を……ふふっ」
すると彼女は表情を引き締めて白い歯を見せながら流暢に男装執事の事について語りだした。
「あー……なるほど理解した。では会議の間とやらの準備を早急に頼むぞ」
女王が見せた不敵な笑みの意味をジェラードは何となくだが悟ると話題を戻して交渉の件をなるべく早く進めるために言う。
「はい、承知致しました」
彼女は静かに頷いてはっきりとした言葉で返事をするのであった。
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