22話「騎士は意外にも女子力が高い」

「まあ、午前中はこんなもので良いだろう」


 ジェラードは空中に浮いて村全体を見下ろしながら呟くと、そのまま仮設所へと降り立って暫しの休憩を挟む事にした。


 このまま復興作業を続行していても全然良かったのだが、それでは村人達が人に頼るだけの者達になってしまうことから敢えて休憩を入れたのだ。それに村人達には各自でやれる簡単な仕事を任せている。主に村に残った細かな瓦礫の撤去や、炊き出しとかの誰かがやらないと困る事を。


「ふぅ、流石に連続で魔法を使うと腹が減るな」


 近くに置いてあった木製の椅子に腰を下ろしてジェラードは自身の腹をさすると、ついさっき朝食を食べた筈がまるで三日ほど何も食べていない空腹感を抱いていた。


 大賢者と言えど彼の人体構造は人間であり、普通に腹は減るのだ。

 それも魔術師なら尚の事である。何故ならジェラードは村を囲うように外壁を築いたあと、休むことなく村に必要な物を次々と作り上げていったのだ。


 つまり魔力消費は微々たるものでも、体を動かすのに必要なカロリーが不足しているのだ。

 無論スーリヤが作った朝食は美味しい物ではあったが、ジェラードのカロリー的計算の概念で捉えるとそんなにはないのだ。


「ああ、腹が減ったな……。ったく、なんでこういう時に限ってアナスタシアは何処にも居ないのだ?」


 彼は文句を吐きながら周りへと顔を向けるが、そこには力のない顔をした女性達が居るだけで彼女の姿は何処にも見えなかった。


 あわよくばアナスタシアに昼食を作らせようと思っていたのだが、恐らく彼女は子供達の元へと向かって世話を焼いているのだろう。


「アイツの子供好きも大概だな。まあ、それが今回は良い方に転がっているから何とも言えんが」


 今頃アナスタシアは元気になった子供達と戯れているのだろうと、ジェラードは鼻で笑ってその光景を想像した。


 実は彼が子供達の忌々しい記憶を消したあと、村がなぜこの状態になっているのか説明するのが大変ではあったが古龍の襲来でああなったと言って誤魔化したのだ。


 それゆえに色々と設定の部分を考えてなければいけなかったが、未来のある子供達の為とアナスタシアが率先して頭を使ってくれた訳だ。

 その影響もあってか村の子供達はすっかり彼女に懐いている様子らしいのだ。


「はぁ……。だが今はそんな事を考えるよりも、この空腹の胃を満たす事を考えなければな。……面倒だが炊き出しを受け取りに行くべきか?」


 手を顎に添えながらジェラードは昼食をどうするべきかと思案し始めると、急に前方から何やら慌ただしい足音が聞こえてきた。


 すると足音は一直線に彼の元へと向かってきていて、スーリヤかアナスタシアが戻って来たのだろうかとジェラードは昼食を作って貰う為に口を開く。


「やっと戻ったか。すまないが俺の昼――」


 ジェラードが顔を上げた際に視界に映り込んだのは金髪で碧眼の女性リアスであり、それを見た瞬間に言葉が自然と止まった。


「お待たせしました魔術師様。リアス=スプリングフィールドは準備を整え、ただ今戻りました」


 しかも彼女は騎士らしく右手の握り拳を心臓の位置へと掲げて、視線は一切瞬きをせずに彼の方へと向けられている。


「お、お前だったのか。……そう言えば準備を整えたら来るとか何とか言っていたな」


 ジェラードが朝食時の出来事を脳内で思い浮かべながら口にする。


「はい、そうです。少しばかり準備に手間取ってしまいましたが、今から魔術師様に仕えて色々と手伝わせて頂きます」


 リアスは硬い姿勢を解いて片膝を地面に付けて頭を下げると彼にとって面倒な事を言い放った。

 それは午後からの復興作業に彼女が付いていくるという事だ。


「いや、手伝いはいらん。お前は困っている村の連中を助けてやればいい」


 ジェラードにとって彼女が付いてくるという行為は単純に言ってしまえば”足手まとい”なのだ。それはリアスが騎士であるがゆえになのだ。

 主に空が飛べなくて移動力が低かったり、風を操って物を浮かしたり出来ないと多岐に。


「はいっ、畏まりました。では困っている人を助けつつ、魔術師様のサポートをさせて頂きます」


 だがしかし彼女は何をどう捉えたのか凛とした表情を崩すことなく、そう言い切って話を終わらせた。それはまるで何処かアナスタシアに似たような強情さが垣間見えた気がするジェラード。

 

 この手の者には色々と理屈を述べた所で意地でも譲らない事を知っている事から、彼はリアスを引き離そうと一瞬の間に色々と考えた。そして一つの案が脳裏に浮かぶと自然と口が開く。


「あー、そう言えば俺は腹が減ってたんだよなぁ。誰か炊き出しに行って貰ってきてくれないかなー」


 誰がどう見ても演技を装っている棒読みの声であるが、事実ジェラードはお腹が減っている。

 つまりあながち嘘を言っている訳ではないのだ。


「大丈夫です魔術師様。そういう事もあろうかとしっかりと準備をしてきています。さぁ、これを是非食べてみて下さい」


 彼が空腹を訴えるとリアスが突然、横から物凄い勢いて何やらバスケットのような物を取り出してジェラードの目の前へと差し出さしてきた。


「こ、これは……」


 一体何事かと思いながらも彼は差し出されたバスケットへと目を向けると、


「はい、見ての通りお弁当です。実はこれを作っていて遅れてしまったのです……。申し訳ございません」


 彼女はそれを”お弁当”と言うと同時に遅れた理由を付け加えて何度目かの頭を下げた。

 確かにバスケットの中にはパンの間に野菜が挟まっているものや、肉が挟まっているものと多数の軽食らしき食べ物があった。


「ああ、そうなのか……」


 リアスを自分の元から離そうと思って放った言葉が意図も簡単に失敗に終わると、ジェラードは手渡されたパンを受け取って何とも言えない気持ちを抱いた。


 そして彼女が徐に隣へと近寄ってくると目を輝かせて今か今かと食べる瞬間を心待ちにしているように彼には見えた。しかしそんなにも横から見られると、ジェラードとしても食べづらい気持ちである。だが胃が食べ物を求めているものまた事実であり……、


「頂くとしよう」


 そう短く彼女に告げてからパンに齧り付くジェラード。

 そのまま数回ほど咀嚼して素材を充分に味わい尽くすと、リアスから受け取った茶を飲んで胃へと流し込んだ。


「……うむ、これは美味な食べ物だな」


 ジェラードは彼女が作った手製のパンを食べ終えてしっかりと吟味した結果を伝える。


「ほ、本当ですか!? う、嬉しいですっ!!」


 リアスはそれを聞いて表情を明るいものへと変えながら胸元辺りで拳を作って喜んでいる様子であった。

 彼女のその表情は無邪気なもので、暗い瞳には微かに光が戻ったように彼には思えた。


 ――それからもジェラードはリアスから手製のパンを貰い続けると、空だった胃が一気に満たされて至福の感情で一杯であった。しかし彼女を引き離すと言う当初の目的は達成されなかった事から、言わずもがな午後の復興作業にはリアスが付いて来る事になった。



◆◆◆◆◆◆◆◆



 そしてリアスを引き連れての復興作業を終えると、既に空は漆黒色で周りには月明かりと焚き火の灯りしか目立つものはなかった。


 今日一日で村人全員が仮設所から出られるようにと、ジェラードが満たした胃を犠牲にして家を何軒か連続で建てる事が出来たのは良い結果と言えるだろう。そしてアナスタシアが子供達の面倒を見ていたおかげで、大人達が村の復興に力を注ぐ事が出来た事も良い結果だろう。


 しかしリアスはやはり騎士という事もあってか、さほどジェラードを手伝う事は出来なかった。

 彼は魔法で自己完結出来る事から、手助けや補助と言ったのは本当に必要ないのである。


 けれどそれがリアスにとって精神的に駄目だったのか、微かに光が戻ったような瞳は死んだ魚の目のようになってしまい終始俯いたままとなってしまったのだ。

 そこでジェラードは昼の礼も兼ねて何かリアスの有用性がないかと考えたのだ。


 そうしたら騎士という利点は確かにあって、村人が魔物と戦えるように剣の扱い方や戦術を教える”教官”としての役回りを見出したのだ。つまり午後の復興作業はジェラードが単独で全てを終わらせて、リアスは戦う術を村人達に教えていたという事である。

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