第28話 看病される


 村雨が一般的な良識と常識を持ち合わせていることは、すでに理解していた。



 なぜ堂々とあのような痛々しいキャラを演じ続けているのかは謎だけど、痴呆でも狂人でもないのだとしたら、本当に俺の考えが及ばないような理由があるのだろう。



「……俺は今ツッコむべきなのか?」



 本当に俺の身体を拭くつもりなのか、腕まくりを終えてフェイスタオルを手にした村雨は準備万端といった様子だ。



「だから今さら恥ずかしがるなと。キサマの裸体などもう隅々まで見尽くしている」



「てめえっ、やっぱりあのと……ごほっごほっ」



 急に声を張り上げたことにより、喉が悲鳴を上げる。俺の人生における黒歴史ランキングで首位に立った昨日の攻防が蘇る。



 俺が意識を失っている間あいつが俺の身体に何をしたのか、あるいは何もしていないのかは結局分かっていない。



 というか俺の方から問いただすのもちょっと躊躇われる。



「ぴょんきちよ」



「……何だ」



「アタシに任せれば大丈夫だ」



 何が大丈夫なのかはさっぱりだが、村雨からは絶対に逃がさないという強い意志を感じた。



 だが残念なことに、今の俺に反撃できる気力はなかった。



 ひっくり返ったカメのごとく、俺は伸びてくる村雨の手に対して何も抵抗することができなかった。



 昨夜俺が花ちゃんに対して行ったのと同じことを、今村雨の手によって受けている。



「頼むから変なとこを触ったりはするなよ」



 それを伝えるだけで精一杯だった。上半身の身ぐるみをはがされた俺は、背中にひんやりとした気持ちよさを感じながら、再び夢の世界へと舞い戻ってしまった。 








***



 次目が覚めた時には夕方になっていた。日はまだ傾いていないけど、時刻は十六時。



 一体何時間寝ていたんだ俺。



 服は上下ともにちゃんと纏っていた。しかも元々着ていたものではなく、寝間着になっている。



 俺の記憶が確かなら、パンツの色と柄も別のものになっているがそこは深く考えないようにした。少しでも意識したら負けな気がする。

 


「起きたかぴょんきち。具合はどうだ?」



 村雨はイヤホンを装着して、スマホで動画を見ていたようだった。



「……大分よくはなったよ」



「それは何よりだ。ところで食欲の方はどうだ? おにぎりでよければあるのだが……」



 村雨はチラチラとテーブルの上に視線をやるので見てみると、そこには皿の上に歪な形をしたおにぎりが二つ置かれていた。



 そういえばさっきも見たなあれ……。



 一度目に目が覚めた時に、枕元にあったことを思い出す。村雨が作ってくれたものなのだろう。



「あっ、いや、こんなのよりもっとちゃんとした物を食べないといけないな。待ってろすぐに――」



「……もらうよこれ。冷めてるけどレンジで温めたら大丈夫だろ」



 俺のその言葉が意外だったのか、村雨は電池でも切れたかのように固まってしまった。仕方ないから自分で皿を持ってレンジの元へ向かう。



 一分ほど温め終わったあと戻ってくると、なぜか村雨は正座をして背を正していた。



 今から寺で修業する人みたいだ。



「アタシこういうの作るの初めてだからその……もし不味かったら遠慮なく――」



 もじもじしながら村雨がなんか言ってるけど、俺は気にせずおにぎりを一口かじる。



 握りが少し弱かったのか、米粒がこぼれ落ちそうになる。確かに形は幼稚園児が書いた〇みたいだけど、味の方は悪くない。



 中身は昆布が入っていて、それも併せて少し塩気が強い気もしなくはないが、むせたり水で流し込むほどのものでもなかった。



 そもそも誰かの手作りおにぎりなんてお母さん以外に食べたことがないってのもあるけど、気が付けば二つあったおにぎりを平らげていた。



「普通においしかったよ。何て言うかいろいろありがとうな」



 こいつ相手に面と向かって礼を言うことに抵抗がないと言えば嘘になるけど、理由がどうであれ俺を気遣って朝からいろいろやってくれたことは事実なのだ。



「ま、まあアタシは最強の闇魔術師だから、病人の一人や二人ぐらい――」



 俺が皿を台所に持って行っている間もペラペラとフェニックスの涙がどうとか、特製の万能薬が何とか言ってたけど、今日ぐらいは大目に見てやろう。



 そしてラップを捨てるためにゴミ箱を開け、その中に見覚えのある切れ端が大量に捨てられていることに気づいた。



 親指の爪ほどにまで細かく切り刻まれた切れ端をいくつか取り出してみる。ピンク色の文字で『姻』と書かれいる。



 まさか…………。



 ゴミ箱に手を突っ込んで残りの切れ端もかき集めようとした俺だったが、わざわざ確認する必要はなかった。



「おいぴょんきち、キサマにはいくつか聞きたいことが……それだそれ! 婚姻届とはなんだキサマ! アタシがいながらなぜあの女と——」



「やっぱりお前だったか! これがどれだけ大切なものなのか分かっているのか⁉」



 俺の命がかかっているんだぞ。



 もうここまで破られてしまえば、修復は不可能だ。



 一体瀬那にどう言い訳をすればいいのか。



 村雨のことちょっとは見直したところだったのに。



 結局今日一日は何だったんだとでも言わんばかりに、俺と村雨は一晩中言い争いを続けることとなった。

 

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自称占い師の俺、マッチングアプリで『あなたの運命の人は俺です』といろんな人に言い続けていたらとんでもない修羅場になりそう 西木宗弥 @re__05

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