勇者を追い払う盗賊たちの裏側

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第1話

「うわぁ!?」


 まだ幼い少年が、ずしゃあと地面に転がされた。

 唯一持っていた武器である剣ツルギが空で回転し、少し離れた場所に突き刺さる。

 少年がくやしさに涙を滲ませながら見上げると、下卑た笑みを浮かべる悪人面が目に入った。


「グワッハッハッハ! そんなちんけな腕でオレ様に挑んでくるなんてな!!」


 身体の大きい粗暴な男だった。

 その後ろには彼の手下らしい男たちが、わざとらしくゲラゲラと癇に障るように笑っている。


「身の程知らずのクソ餓鬼め! これに懲りたら二度とオレ様の前に現われんじゃねえぞ、わかったか!?」


「そうだそうだ!」

「殺されねえ内に家にけえんな!」

「ママのおっぱいでもしゃぶってろや!!」


 口々に汚い言葉を吐く彼らはこの辺りでは噂されている盗賊だ。

 森で彼らに見つかった者は身ぐるみを剥され、乱暴に追い払われる。運が悪ければ二度と帰ってこない。


 そんな話を耳にしたからこそ、この世界を救う勇者となる神託を受けた少年はこの森を訪れたのだが……。


「く、くそぅ……ッッ」


 結果は惨敗だった。

 生まれ育った村では負け無しの少年だったが、そこらの盗賊に手も足も出ない。まだまだ自分が弱すぎるという残酷な現実を叩きつけられ、心はズタボロ。


 ボロボロと零れる悔し涙が止まらない。

 

 ただ――それでも、


 少年の強い意志を秘めた瞳は曇ることなく、震える足を踏みしめて剣の柄を握っていた。 


「はぁ……はぁ……」


「アァ? なんだその目はよぉ」


 少年と盗賊のボスらしき男がにらみ合う。

 

 視線が交錯し、一触即発のひりつく空気が流れたが……先に引いたのは少年だった。


「絶対に……」

「あ?」


「絶対に強くなって戻ってくるからな! 僕は世界を救う勇者になるんだ、お前らなんかに負けてたまるもんか!!!」


 そう言い残して、少年は来た道を走り去っていく。


 第三者がいれば、さぞ情けない後ろ姿に見えたことだろう。

 それを証明するかのように、盗賊たちは大笑いしながら幼い勇者を大手を振って見送った。





 



「………………………………行ったか?」

「ええ、もう大丈夫でしょう」


 高所に隠れていた仲間の合図を確認して、手下のひとりが答える。


「よし、貴様ら。もう十分だ」


 先程と打って変わって威厳のある声でボスが伝えると、大笑いしていた手下たちの声がぴたりと止み、空気が和らいだ。


「はぁ~~、まったくいつバレるかとヒヤヒヤしましたよ」

「オレもだよ!」

「ど、どうだったかな。ボク、ちゃんと出来てましたかね?」

「出来てたさ。まあ、私に比べれば見劣りするけどな」


 口々に言い合い、笑いあう。

 そんな部下たちを盗賊のボス――部下たちから団長と呼ばれる男は溜息混じりに見渡した。


「なんだ貴様ら、これが初めてというわけではないだろうに……」


「そう言いますがね団長」

「我らは団長のように、本物の盗賊のように振舞うのが上手くないので」

「何度も言わせるな。私はもう騎士団の長ではない。それから……誰が生まれながらの極悪人面だ!?」


 誰もそこまで言ってないですって!!? と、一同から悲鳴が上がる。このやり取りをするのも何回目かわからない。慣れ親しんだような冗談を飛ばしあうような絆が彼らにはあった。


「……団長。ソレは」 


 目ざとく部下のひとりが見つけたのは、腕の小さな傷だ。


「ワッハッハ、此度の勇者は将来有望ではないか」


 団長が愉快そうに笑うと、あまり表情を変えない部下がその顔にありありと驚きを顕わにした。

 我らの国にその戦士ありと謳われた尊敬するべき御方に、たとえかすり傷だろうと跡を残したのは偉業以外の何物でもない。


「マジかよ!?」

「おいおい、あの子いくつだ?」

「……下手すりゃまだ十歳以下だろ」


 ざわめく部下たち。

 だが誰も彼もが嬉しそうですらある。

 その傷によってどれだけの希望が、今の彼らの胸に生まれているか。


 ――だが、穏やかさはそう長くは続かなかった。


「緊急伝令! 例のヤツです!!」


 伝令役の大声に緊張が走った。

 わざわざ国を去り、正体を偽ってまで彼らがこの森に留まっていた原因が現れたのだ。

 未来の勇者を災厄から守る役目を終えたいま、皆そちらに全力を注ぐことができるというものだった。


「全員、準備を整えろ!! ここが踏ん張りどころだぞ!」


「「「応ッッ!!!」」」


 団長の号令に各々が最善を尽くす準備を始める。

 慌ただしく状況が進む中、誰かが呟いた。


「……ちゃんと村まで帰れたかな?」


 誰のことかは言わずともわかる。


「帰れるさ。だってこの世界を救う勇者様だぜ?」

「そうそう、団長にぶっ飛ばされてもまったく折れてなかったし」

「いいなぁ。ウチの子も、ああなってくれないかなぁ」


「お前んとこの子、いくつになるんだっけ」

「五歳かな………ずっと会えてないけど」


「そりゃ、ちゃんとただいまって言ってやんねえとな」

「んだんだ」

「妻子持ちはうらやましいぜ。オレも帰ったらいっちょ嫁探しするか」

「バカ野郎。てめえみてえな男前なら、探さなくても向こうから来るってんだよ」

「ちがいねぇ」


 この先、何が待ち受けているのか。彼らは既に覚悟していた。

 だが悲壮感はない。


 あの幼き勇者が、いつか世界を救ってくれるのだから。

 何があったとしてもその身を賭け、後を託せる。

 

「団長。準備整いました」

「うむ」


 本来の姿へ戻った一団のなんと頼もしきことか。

 団長は心の中で戦友たちに感謝を述べた。



「では……我々も世界を救いに行くとしようか」


 






 その後――。


 成長した勇者が再び森を訪れた際、あの日の盗賊たちと出会うことは無かったという。

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