第45話 変わりゆくもの

「話、戻すか。で、皇帝とそいつらの間に溝があるからどうした?」

「仲違いさせることはできないものでしょうか」

「手があるか?」

「彼らが禁術を使っているのを、大々的に見せたらどうだろうか――と思っています」


 皇帝にはもちろん、皇宮の、特に位の低い者たちに広く知れ渡るように。


「公衆の前では、少なくとも禁術を容認する態度は取れないでしょう」


 皇帝はステア帝国を星の加護から切り離そうとはしていない。建国祭での儀式を邪魔するのは本意ではなく、己が懐に抱え込んだ者が別の意図で行動していると知れば、どうなるか。

 答えがどうなるかは分からない。だが間違いなく、妨害はできる。


「目的の相違を知って、離れてくれればなおよい」


 皇帝は星の導きを遮る術を失い、襲撃者たちは強固な後ろ盾と資金源を失う。


「要は、派手に騒げってことか」

「平たく言うとそうですね」


 無関係な人間が気付いてくれれば、成功は確実だ。


「だったら実行は、祭りの前日にしとくか。そこで失敗すりゃ次の手を打とうにも間に合わねえだろうし」

「それまでに禁術の行使が成されないようでしたら、最善かと」


 こちら側にも数日の猶予ができるので、工作しやすい。


「気付いてもらう『無関係な方』を、クトゥラの報告があった付近に配置することもできるかもしれません。リチェルにも話を通しておきましょう」


 王宮内にいるという星神殿の協力者は、きっと上手く大騒ぎをして耳目を集めてくれる。


「夜遅くにすみませんが、ユディアスとリチェルに今の話をしてもらえますか?」

「おー、任せろ」


 急いで伝えたいが、夜中に二人を呼んでは『何かがあった』と喧伝するようなものだ。ここは秘密裏に、アッシュに動いてもらうのが得策だろう。


「じゃ、早速――」

「ああ、少し待ってください」

「ん。どーした」


 言うが早いか、窓へ向けて足を踏み出したアッシュを引き止める。


「いえ、先程の話とは無関係なのですが……。星神殿の暮らしはどうですか?」

「お。心配してくれんのか?」

「勿論です」

「……だよなァ」

「?」


 気持ちに嘘偽りなく、また訪ねるのが恥ずかしいような内容でもないので、アネリナは堂々と応じた。それになぜか、アッシュは若干がっかりしたような声を出す。


「何でもねえ。ここでの暮らしは悪くねェよ。星の――先代皇帝までの政策を信じて従った連中の集まりだからな。外と違って、獣人族だからどうのとかもない」


 差別意識のある者は、星占殿に移っただろう。そういう意味では、皇帝自ら受け皿を作って、星神殿の安定を手助けする形になった、とも言える。

 それ以上の害を受けてきたアネリナなので、「それなら星占殿があってよかった」とは思わないが。


「そうですか。それならいいのです」

「姫さんは……。上手くやれてるみたいだよな」


 アネリナの表情にも態度にも、星告の塔にいた頃の影はない。それは誰より近くにいたアッシュが、明快に感じ取れることだろう。


「ええ、幸いにして。――引き止めてしまってすみません。では、連絡をお願いします」

「ああ。じゃあ、またな」


 窓から去っていくアッシュを見送ると、部屋には静寂が戻ってくる。

 アッシュが星神殿で居場所を作れている事。安心したはずなのに、なぜが少しだけ寂しさも感じている。

 自分の感情に首を傾げ、しかしややあってその気持ちもゆっくりと形を失って行ってしまったので、考えるのは止めておく。


(さて。今日はもう、休ませてもらうとしましょう)


 休める時に休むのは、きっとどんな立場にある人でも変わらない鉄則だろう。




 ――進退をかけた大勝負など、できればない方がいい。


 日々には平穏があれば充分なアネリナは、心の底からそう思っている。しかもそんな大事が二日間に渡って待っているとなれば、部屋で過ごしている間ですらも心労はかさんでいくというもの。

 そして時間感覚とは酷なもので、嬉しくない予定が待っている時ほど早く過ぎていくように感じられる。


「ユリア様。そろそろ参りましょう」

「分かりました」


 アネリナを誘うリチェルの声にも、やや緊張が滲んでいた。

 そんなリチェルを伴って部屋の外に出ると、護衛の神官兵二人がはっとしてアネリナを注視する。

 眼前のみを見据えた、感情の見えない透明な表情は浮世離れしていて、存在そのものさえ現実感に乏しい。


 滑らかな黒髪が歩く速度に合わせてサラリ、サラリと揺れるのを、吸い付けられるかのように視線が追う。

 神官兵二人が呼吸をすることを思い出したのは、アネリナの姿が角に消えて見えなくなってからだった。

 ゆっくり歩を進め、正門から外に出る。庭にはすでに馬車が待機済みだ。


「ご機嫌麗しく、ユリア様」

「ラーミ山林以来ですね。待たせました。では、行くとしましょう」


 向かう先は勿論皇宮。アネリナの護衛として、騎士団長であるエイディールとアッシュが同行する。

 別行動であるヴィトラウシスは、すでに皇宮に入城しているはずだ。


 禁術の使用を暴いたとき、皇帝や襲撃者がどのような反応をするか、正直なところ分からない。

 聖女の役を引き受けるまで、アネリナの人生は荒事とはほとんど無縁であったし、今だってほんの数回、経験しただけ。とても前線に立って役に立つ状態ではない。

 にもかかわらず、護衛に人手を割いてでも――アネリナが立ち会う意義はあった。


 誰が見ても、おそらく思ってくれる。

 聖女が再び政治に介入し、ステア帝国に星の導きを示し始めた、と。


(少し、乗せられているような気はしますけれど)


 何しろこの提案をしてきたのはヴィトラウシスだ。


(露出が増えるほど、本来その力のない、偽物のわたくしが聖女を演じるのが大変になるでしょうが……。そこはまだ良い)


 自分で決めたことだ。たとえこの先星の導きが必要な時にそれが果たせず、無能な聖女と謗られようとも、必要である限りは居座って全うするつもりはある。


(ただこれは……。皇帝への道を見据えてのことのような気がしてなりません)


 今の皇帝を支持しない者からは、血筋だけでも支持を得られるだろう。しかし後々のことを考えれば、長く沈黙してきた聖女には功績があった方が良い。

 禁術を暴く場に、役に立たないアネリナを立ち会わせるのには、そんな目算があるのでは――という気がしている。


「どうした、姫さん。難しい顔して」

「いえ。色々考えることがあって大変だなと。アッシュ、もし……」


 自分が帝冠を被ることになったら、どう思うか。

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