第13話 責任の所在

「……ええと。こちらは病人のための粥なので、食べやすさが重視で……。一般的な粥は、もう少し具も増えますし味も付きますし、見た目も豪華ですよ」

「何と!!」


 手まで止めて驚愕の声を上げたアネリナに、リチェルから労しそうな目が向けられる。


「貴女のいわれなき窮状は、我々星神殿が責務を果たせなかったせいです。申し訳ありません」

「いいえ、それは違います。わたくしを虐げているのは、すべて星占師と彼らを擁護する皇帝の責任」


 リチェルの謝罪を、きっぱりとアネリナは否定する。


「罪悪感で的違いに可哀想がるのはやめていただきたい」


 国の安寧を導くのが役目だというのなら、確かに今の星神殿はその務めを果たしていない。

 だがそうであったも、国の方針を決めて実行しているのは皇帝だ。取り違えてはならない。


「わたくしは、恨むべき敵を妥協するつもりはありません」


 報復を行うのならば、本人に。


「……」


 意外な主張を聞いたかのように、リチェルはしばし絶句して。


「貴女は、強い方なのですね」


 唖然とした様子でそう言った。


「そうだろう?」


 そしてなぜか、アネリナ自身よりもアッシュの方が得意気だ。

 アネリナはといえば、釈然としない様子で首を捻る。


「あまり、褒められている感じはしませんが」

「いえ、そのようなことは……。失礼しました。責められることに慣れ過ぎていたようです」


 戸惑いから覚めると、リチェルは少しだけ微笑みを浮かべた。


(なるほど。大いにありそうです)


 星神殿によって多くの災害から護られていたのは、もう十年以上も前の話。

 星占殿が主張するように、アネリナが身を慎めば加護が与えられるなどと信じている者は、最早いないだろう。


 不安の矛先が今までその役目を担っていた星神殿に向かうというのは、理解できた。

 そしてその力がすでに自分たちにないことを知っているリチェルが、自責の念に駆られるのも。


(塔の中にいたときは、考えてもいませんでしたが)


 改めて状況を鑑みれば、帝国は酷く危うい状態にあるのではないかと思った。

 ステア帝国を構成する中で、元ステア王国だった領地や国民よりも、『それ以外』の国々や人々の方が圧倒的に多いのである。

 己を虐げる国に、いつまでも従う理由はない。元々は、別の国だったのだから。

 繁栄を――現状に沿って言うなら数々の戦で勝利を導いてきた星神殿は、その力を失っている。少なくとも、外からはそう見えている。


「しかし、考えてみりゃ妙な話だよな。星の導きとやらは、どうして先帝を助けなかった? 今の皇帝が人の世のためになるとは思えないが」

「分かりません。星が全てを告げていたとしても、それを受け取る側の人間は万能ではありませんから」


 聞き取れなかったのか。それとも星が語らなかったのか。

 それを知る術は、もうないのだろう。

 聖女ユリアの身代わりをユディアスがしていたということは、当時の聖女も政変のときに命を落としたのに違いない。


「ですがわたしは、星の血族による治世が好きでした。ユディアス様が健在で在られる限り、希望はあります」


 星の血族の血を繋ぐ、という意味にも取れる。しかし少しばかり裏を読むと、もっと危うい内容である予感がした。

 ゆえに、アネリナもアッシュもあえて触れずにおく。


「ではその未来を得るために、努力せねばなりませんね。教師役、よろしくお願いします」

「お任せください。……確認しておきますが、問題はありませんか?」

「わたくしには何も。どのような問題が考えられるのですか?」


 アネリナが気になる点は、これまで誰も近付かなかったのだろう聖女の私室に、急に彼女が頻繁に出入りして大丈夫かどうか、というぐらいだ。

 とはいえ神殿内のすり合わせはユディアスたちでするだろうから、部外者であるアネリナが口を出す余地などない。


「わたしは、見ての通り精霊族です」

「エルフの方ですね」

「はい。貴女ぐらいの年齢であれば、生まれたときから帝国は今の形だったでしょう。人族以外の種は無条件に人族に従うべき者たちだと、そう教育されているのではありませんか?」


 民に施す教育とは、国が民をどのように使いたいかで決定される。

 帝国が人間種以外を労働力としたいのならば、幼い頃から思想教育を施してしまった方が楽だ。


「そうか。これからの帝国は、常識がそうなっていくのですよね……」


 放置をすれば、確実に。


「させません」


 しかしリチェルはきっぱりと否定する。確固たる意思を持って。


「そうでした。そのための足掻きでしたね」

「はい。それで……」

「問題ありません。我がニンスターは何分辺境中の辺境ですので、帝国の常識とやらは浸透していないのです。帝国になったのだって、わたくしが物心ついたあとですから」


 個人の思想や好悪はあれど、それまでの大陸では種に優劣など存在していなかった。そのような振る舞いをする方が、眉をしかめられたものだ。


「そうですか。……いえ、失礼しました。でなければ獣人族が側にいるはずもありませんでしたね」


 うなずき、リチェルはほっとした様子で微笑む。


「では、わたしはこれで失礼します。少ししたらワゴンを下げにもう一度伺いますので、そのおつもりで。もし可能なようでしたら、部屋に置いてある星伝などにお目通しください」

「分かりました」


 聖女であれば、星伝は熟知していてしかるべきだ。

 それは目的のために必要な手段であるし、一月で学ぶには大変な量かもしれない。

 だがそれでも、アネリナは嬉しかった。


(本に触れるのなど、どれ程振りでしょうか)


 幼い頃、アネリナは勉強があまり好きではなかった。触れられなくなってから凄く後悔したものだ。

 だから今のアネリナには、新しい知識を得られることへの喜びしかない。

 食事が美味しくて、ベッドが柔らかくて、本が読める。これだけでもう、聖女の身代わりを引き受けて良かったとさえ思えてしまう。


「そうだ、姫さん。分かってるかもしれねーけど、一応言っとく」

「何でしょう?」


 粥を食べ終え、アッシュに注いでもらった水を飲んで一息ついたとき。そんな不穏な切り出し方で話を振られる。


「もうちょいしたら、俺は聖女の姫さんには近付けなくなるから、そこんところ気ィ付けてな」

「えっ」


 思いがけないことを言われた反応そのままに、アネリナは硬直した。

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