広域通り魔集団

第14話 会合

 携帯のアラームで起きる。昨日、近所のスーパーで買った安い食パンの封を開け、コーヒーで口に流し込む。今は9時。バイトまでは1時間以上ある。


 椅子に座って、カーテンを開け、ぼおっとする。外はうんざりするほど晴れていて、夏らしい青い空が広がっている。この時間が大好きだ。


 空を眺めながら口の中でパンをもそもそと食べる。


 ………


 あの日から半年以上たった。奏さんは宣言通り俺の前に現れることはなかった。毎日通っていたあの家は元々少なかった家具も無くなり、最初から誰もそこにいなかったみたいにすっかり綺麗な廃屋になっていた。そこに行くとよくあの日々は実は長い夢で、最近になってそれから目覚めたんじゃないかって思っていた。


 つい最近、あの家は解体された。すっかり、夢は覚めてしまったんだろう。きっといつもみたいにちょっと印象深い夢なんて忘れるべきなんだ。そういう時が来たんだろう。


 ………


 今日まで処理してきた果たし状は大体7状。


 初心者も混ざっていた。しかし、茨木までとはいかないが今までそうそう当たらなかったような強者が4人以上いた。殺さないというのが難しくなってくる。


 たまに最近、俺の刀が人を刺しそうになる。余裕がなくなって来ると相手を生かす技なんて使ってられなくなってくる。もともと、刀の技っていうのは人を殺す動きだから当たり前か。


 ………


 それでも、俺は……俺の流儀を今更捨てるわけにはいかない。ここで捨てれば、俺は……奏さんに守ってもらっていた甘ちゃんに過ぎなかったっていうことの証明になっちまうじゃないか。


 あの人は……夢はもう覚めた。覚めたんだ。もう、あの人の手を借りることはできない。あの人なりの覚悟があって俺のもとを離れたんだ。そこに期待があったかどうかは分からないが……。


 俺が流儀を捨てれば、あの人は所詮弟子に現実も見せず、子供扱いしてただいたずらに剣の真似事をさせていただけだと更に馬鹿にされるだろう。


 ……それにこの流儀は既に命を吸っている。不殺がだ。人の命を吸っておいて世間知らずな子供のお遊びでしたで済むわけが無い。


 ……俺は、もうこの流儀を捨てることはできないだろう。ならば、貫き通す。そう決めたんだ。


 ……


 うん、時間だ。


 家を出て、駐輪所に向かい、自転車に乗る。バイト先の銭湯までは大体15分ぐらいだ。


 どこまでが夢だっただろうか。きっと、夢と現実が混じっていたんだろう。だから、この道を走るとあの長い夢を思い出す。


 ……


 ~


 「おつかれさまです」


 店主の新沢さんに挨拶する。


 「お、おはようさん」


 もう、だいぶ腰の曲がってしまっている彼女はゆっくりと番台から降り、こちらに銭湯の名前が刻まれたエプロンを手渡してくる。


 「はぁ~じゃあ、あたしはかえって寝るから……いつもどおりね~」


 「はい」


 よがよがと歩いていく背中を見送る。


 この新沢銭湯は今の店主の旦那さんが定年退職後に趣味で始めた銭湯だ。正直、何か目を見張るものがあるかと言われるととくにないが、死んでしまった旦那さんの人柄がよかったのか、毎日決まった人たちが来る。そのおかげでなんとか経営が成り立ってるって感じだ。


番台に立ち、レジをいじる。今日はいまのところ来客0...。


 「お!今日もやってるねぇ~~~~はいよ~~」


 おじいさんが300円を渡してくるのでそれをレジにいれる。毎度。


 「今日も元気だね!」


 北村さんがいつもどおりタオルセットの200円を含んだ、500円を渡してくる。


 どうも~、ごゆっくり~


 「よう、兄ちゃん、やってるかい?」


 のれんの向こうから、あまり聞くこともないような太い声。あれは腹のあたりだろうか。のれんがあるとはいえ、相当な大男。


 それがぬらりと入って来る。


 見たことのある顔。だが、どこで見たのかは思い出せない。後ろで1本にまとめた髪。長身で筋肉質。まるで強さそのものが服を着て歩いているかのような感じ。


 「よう、久しぶりだな、兄弟」


 口の端に笑顔を浮かべながら入って来たその男は背中に以上に長いリュックを背負っていた。あれは………。


 一瞬で中腰になり、腰に手を当てる。……、刀が無い。そうだ、今は真剣勝負じゃない、刀なんてあるわけが無い。


 まさか、奇襲!?


 思いっきり、右足で床を蹴り、番台を飛び越し、相手の横にすばやく回り込む。が、意外にもその体は素早い旋回でこちらの周りこみを回避し、それどころか足を払われる。


 っ………。


 床に衝突する衝撃に身を固めていると、体が重力に任せて落下することをやめる。いや、支えられたんだ。


 この大男に。


 「おいおい、大丈夫かよ、俺の事わすれたのか?響だよ、響、まじで忘れた?」


 響……響…。…………


 「すいません…どちらさまでしたっけ…?」


 「はぁ~……、許くん人のこと忘れちゃだめでしょ、しかも師匠の同期」


 ……


 あ!


 「会合で!!」


 「そうそう、俺だよ俺!」


 「許君!!大丈夫!?警察呼ぶかい!?」


 のれんの外から、声が聞こえる。腰の曲がったおばあちゃん。畠山さんだ。心配させちゃってるみたいだ。心配…?


 はっとして、目の前の大男から離れる。どうやら腹をずっと支えられたまま話してたみたいだ。今、やっと気づいた。


 「だいじょうぶです~」


 畠山さんがこちらをしげしげと見ながら、そう?と言いながら入って来る。響と名乗った大男を睨みつけながら…。


 「あの~、響さん、なんの用ですか?果たし状なら送ってくれれば……」


 いや、ちょっと待て、俺……こいつに勝てるか?明らかに強い。おそらく俺よりも圧倒的に強い。背中に背負ってるのは刀袋…ではあるが、圧倒的に他に比べて大きい。


 今までで一番強かった相手はたぶん茨木だ。


 奏さんがいなくなってからの暫くの期間、俺は割と今までと比べればぎりぎりの勝負をすることが多くなった。あの人が言っていたこと、いや言われていたことはある程度正しかったってことだったんだろう。


 その過程で、相手とこっちの力量を図る能力が圧倒的に伸びた。自分より強い相手はもともと分かったが、それ以上にどれぐらい強いか、どんな特徴がありそうかとか…より具体的に察知できるようになったけど……


 こいつは……適う未来が見えない。それが俺に果たし状を俺に…?


 「いや、違う違う、押しかけてごめん、でもどうしても兄弟に行っておかなきゃいけないことがあってな、いま時間は……良くないか、見た目よりここ繁盛してるな…」


 「そうよ!!」


 横に立っている畠山さんが激しく声をあげる。


 「何時ぐらいに仕事終わる…?その時、また改めてくるからさ、夕飯おごるぜ兄弟」


 

 

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