第6話

「正確には、今も。少しだけ」



 幼い頃から違和感はあった。周りから空気の読めないやつ、なんて言われることがしょっちゅうだったし、実際自分でも他人とは違うことを自覚していた。

 他人との距離を上手く測れないし、コミュニケーションも取り方が分からなかった。ただ周りにいるつもりで、僕だけ本当はその教室に、僕の居場所はなかった。

 それが如実に現れたのは小学校6年生の頃だろうか、運動会や文化祭、楽しい行事がある度に外に弾き出される。修学旅行の時には、先生とずっと一緒に回ったくらい。音楽会でもみんながリコーダーやら、オルガンを演奏する時でも、僕だけは簡単な打楽器をやらされた。


「先生、僕って病気なんだって。だからみんな僕と関わらないんだよ」


 今でも思い出すことがある。僕に向ける視線や言葉が、嘲笑と憐れみが入り交じったもので怖かったことを。小学生特有の物差しが、僕のだけみんなより小さい。

 僕のいないとこでの陰口と罵声は、しっかりと耳に入ってきて、周りとの違いが次第に怖くなっていった。


「そんなことないよ。みんな、知らないから、どう接していいか分からないだけ」


 そう先生は言うけど、だったら無視すればいいじゃないか。嫌味なんて言わずに、放っておいてほしい。

僕なんか最初からいないみたいに振舞って、関わらないでほしい。そしたら……それから僕は周りとは違う環境で、教室で、一人で授業を受けることが多くなっていった。



 中学に上がってからはさらに一人になった。小学生よりも考えることが増えて、友達を作ることだけに急ぐ人が少なくなった。だから話しかけにいかないと会話には混ざれず、意図せずに僕は孤立していった。

 これが僕が望んだ結果。誰からも構われず、惨めな思いはしなくていい。そう自己完結して必死に自分を取り持った。

 いや違う。一人でいたいわけじゃない。ただ、怖かっただけで、一人にはなりなくなかった。

 結局何を望んでも僕じゃ何も出来ない。そんな現実がただただ怖かった。

 そんな時に見たのは、一本の映画だったか。まだ高校生の少女が余命宣告を受けて限りある人生を生きていた。もちろんフィクションで、現実に存在するかはわからないけど僕には眩しく写った。同時に自分が惨めに見えた。

 越えられない障害を前に抗う彼女と、たった一つの障害からも逃げ続ける僕。心底自分が嫌になって、同時に何かしようと思った。不謹慎だけど、死ねば全て無くなるなら、いっそ後悔のない人生を、彼女よりも長いなら尚更。


それから高校に上がって、みんなと普通に接することを頑張った。行事ごとにも積極的に参加して、バイトも始めた。それで人生が一変することなんてなかったし、変わっていったなんてわからないけど、でも少なくとも前よりは変わった気がした。

 物差しのメモリが、徐々に広がっていってる感じがした。周りは誰も変えてくれない。だから自分で変えるしかない。


「あ、何言ってんだろ。ごめんなさ……」


講義には耳を傾けながら半ば自分に語るようにした独り言。耳の聞こえない彼女に聞こえるはずもなく、誰のためでもないはずだった。でも、彼女は目を見開いて、驚いたようにこっちを見ていた。


「私はあなたに、謝らないといけません」


 透き通るような綺麗な声で、彼女は初めて口を開いた。


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