第21話 告白の模範解答と異常反応の観察

 朝の動画の伸びを確認した俺は、新作動画をアップしたことを美空先輩に連絡した。そして一限目の授業をまたサボって早くから部室に向かった。


 ドアを開ける。やっぱり誰もいない。俺はいつもなら美空先輩が座っているドアの方を向いた席に座る。今日は来るだろうか。


「いや、絶対に来る」


 確信めいた語調で独り言を言い放つ。正直言ってあの動画を何本アップしたって部員候補なんて来るはずないと俺は思っている。でも、美空先輩はそうじゃない。


 もしかしたら、という1%にも満たない可能性に賭けて、ここで待つしかないのだ。


 手近な本をめくって数ページと時間が経たないうちに部室のドアが開かれる。そこには驚いた顔で動かなくなったまま立ち尽くしている美空先輩がいた。


「おはようございます」


 固まってしまった美空先輩にわざとらしいほど明るい挨拶をする。顔がにやけるのを必死でこらえながら美空先輩の答えを待つ。呆然として口を開けっぱなしのまま、美空先輩は部室に入ってドアを閉めた。いつもなら俺が座ってるイスに今日は美空先輩が座る。


 いつもと同じようで少し違う景色にドキドキする。ポカンと口を開けたままの美空先輩の顔のおかげで少しだけ冷静さを保っていられた。


「あのね、ごめんね」


 ようやく口を開いた美空先輩から最初に出てきたのは、悪い方の想像で聞いた言葉だった。


「そう、ですよね。俺のせいでいろいろ迷惑かけて、悩ませてしまって」


「ううん、私の方こそ! ごめんね、資料置いていっただけで全部やってもらっちゃって。動画制作は私が言い出した話だったのに」


「そっち? そっちは全然いいんですけど。前も一人でやりましたし」


「他にこーくんのこと困らせてた?」


「え、えっとそれは。むしろ俺が困らせてると思ってたんですけど」


 美空先輩は首をかしげて俺の顔をまじまじと見ている。もしかして、こないだのやつは告白だと思われてない? セーフか?


 だったらもうこの話は蒸し返さなくていい。このまま今回の動画の出来と次のテーマの話をしてごまかしてしまえば。


「ねぇ、こーくん。私ね、自分のこと、いつもやり過ぎだって思ってるんだ」

「え、自覚あったんですか?」


「ひどいなぁ。毎年毎年1ヶ月で部員が消えるんだから嫌でもわかるよ。こーくんは1ヶ月経っても残ってくれたでしょ。それでもきっとそのうちいなくなるんだろうなって思ったの。私はこーくんが来なくなってもしょうがないって思ってたから。

 でもこーくんは毎日部室ここに来てくれた。私がどんなに振り回してもこーくんは変わらずここに来て、私の話を聞いてくれた。それがね、私にはなによりも安心できる時間だったんだよ」


 美空先輩は頬杖をついて、机越しに俺に顔を近づけながらかすかに微笑んだ。1年以上ほとんど毎日顔を合わせていたのに、美空先輩のこんな表情は初めて見た。俺の目をまっすぐ見て、まばたきするのすら惜しいと言いたげに丸い瞳の奥に俺の顔がくっきりと映っている。


「だから、これからも変わらずにここに来てほしいの。こーくんは私にとっても大好きな人だから」


 あぁ、そうか。

 俺は今フラれているんだ。


 付き合えないけど、今までと変わらずにいてほしい。美空先輩はそれを遠まわしに伝えようとしているんだ。

 ぼんやりと視界がにじむ。それが涙のせいだと気付くのに数秒かかった。


「これからも、よろしくお願いします」


 そう言って美空先輩は深々と頭を下げた。つむじがはっきりと見えるくらいに下げた頭は机にくっつきそうな勢いだった。


「あの、顔を上げてください。俺は今までと何も変わったりしませんから」

「何も変わらないのは、それはそれでちょっと困るんだけど……」


「あぁ、やっぱり嫌ですよね。フッた相手と部室に二人きりなんて」

「え?」


 ガバっと効果音が聞こえそうなほど髪を振り乱しながら美空先輩が顔を上げる。頬が上気して真っ赤になっていた。


「なんでなんで? 私は今頑張って答えてるのに。こーくんは本当に私に告白してくれたの!?」

「しましたよ。したからちょっと傷ついてるんじゃないですか!」

「もうっ! 私だってこういうこと初めてだからよくわからないの」


 勢いよく立ち上がった美空先輩は部室の机に乗り上がって、俺の頬を両手でがっしりとつかんだ。美空先輩の大きな胸が眼前に迫る。いつも通り厚着なせいで谷間が見られないのは少し残念だった。


「ねぇ、こういうときってどうすればいいの?」

「と、とりあえず机に乗るのはやめた方がいいと思います」


「私とちゃんと付き合ってくれる?」

「付き合います。だから落ち着いてください」


 もはやどっちが告白してどっちが答えているのかわからなくなってくる。興奮している美空先輩をとりあえず机から下ろし、隣にイスを持ってきて並んで座ってみる。付き合う、と言われてもまったく実感がわかなかった。二人きりの部室には沈黙だけが流れていく。今までどんな話をしていたかも忘れてしまったみたいだった。


「とりあえず、帰りましょうか」

「なんで? 私と一緒にいるのが嫌になった?」


「そんなこと言ってないじゃないですか。今日はもういっぱいいっぱいなんですよ」

「じゃあ、一緒に帰ろうか」


 美空先輩が頭を俺の肩に乗せて上目遣いに見上げてくる。全身がこそばゆくなるのを感じながら、俺はそっと美空先輩の手を握って答えた。

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