第21話 括る

餓鬼憑きの男は顔を上げ、こちらを向く。

そしてフードに隠れた顔はあらわになり、こちらと対峙するような形になる。

男の顔をみた瞬間、僕は息を呑んだ。

僕らを見つめる瞳は太陽の光を反射して夜空に輝く月みたいな金色だった。

船穂はこう言っていた。

『死んだ人間の場合、瞳は真黄色に近く、金色にも見えるときもある。それが唯一の

見分け方だよ』と。

目の前の男は手に負えない状態で、僕と宮前はもうここでは退くことはできないらしい。 

 「どうする相棒? 戦うしか道はないみたいな感じだな」

隣の天野はニヤニヤしながら嫌味な感じで言った。

「そうみたいだ」

男は僕の隣にいる宮前を見て、口元を歪ませニタリと笑った。

「ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!」

普段の状態ならこのときにすぐにビビッて動けなくなるけれど、今は不思議と落ち着いていて、恐怖は感じているものの体が動くのがわかっていた。

「宮前、ここから離れて」

「私は大丈夫よ。あんな奴、私がすぐに…」

「今回は君の現実とは違う現実だ。目に見える物だけが全てじゃない、探偵さん」

「どういうことよ!」

「いいから離れて、僕に任せてってこと」

隣にいた宮前の前に立ち、男を見据えた。

「そんなことできないわよ。アンタ、私を舐めてるの?」

「いや、そういうことじゃなくて!」

宮前は怒ると僕の肩を強く握った。

「どきなさい! 私が捕まえてくるから」

「だから、君には対処できる相手じゃないんだって!」

「そんなのやってみなければわからないでしょ?」

「お前ら、何やってるんだ?」

天野があきれるほどのことをしていると男が一歩一歩近づいてきた。

「だから、離れてって!」

「アンタこそ、どきなさいよ!」

「だから……!」

その瞬間、男はこちらに向かって走ってきた。

「来た!」

男は体を前のめりにし、口をできるだけ開き、涎が垂れ、歯をむき出しにしていた。

獣じみたその行動はさらに気味の悪さを倍増していた。

気がつくと僕は男の前に立ちふさがった。

男は宮前を狙っていたが、僕の前で止まる。

そのとき腕に何か衝撃があった。

男は僕の腕に噛み付き、歯が深く食い込んでいた。腕からは刺すような痛みと圧迫感が感じられた。

「宮前、逃げろ!」

「嫌やよ!」

「このわからずや!」

思わず声をあらげてしまい、宮前はビクっと身をすくめた。

男は宮前から視線をはずそうとはしていなかったが僕をそのまま押し倒すとしていた。

必死で男が押すのに対し、踏ん張っていた。

首をひねりできるだけ宮前を横目で見ながら言った。

「いいから離れてくれ! 君の安全が大事なんだよ!」

「…………」

宮前は一度、うつむき、顔を上げた。

「わかった」

足音で宮前が離れるのがわかった。

僕はその確認が取れると噛み付いている男を噛み付かれている腕とは反対の腕で相手の肩を掴みそのまま身をひねる。

そして男の片足に自分の足をかけ、前にジャンプするように足を蹴った。

男は重身を失い浮き上がり、僕を噛み付いたまま宙に浮く。

僕も男と一緒に浮き上がり、地面へとダイブする。

男は後頭部から落ち地面に叩きつけられる。

背中に衝撃が伝わったが男がクッションの役割を果たし、僕は無傷ですむ。

鈍い音が聞こえたが気にしない。

叩きつけられた衝撃で噛み付いていた腕から男が離れた。

すぐさま状態を起こし男との距離を取る。

腕からは血が流れ、背側と手掌側に歯型がついていた。

服の上から噛み付かれたから骨までは届いていないが、何本か筋組織は傷ついただろう。

「格好いいね、相棒」

のんきに天野が言った。

「こんなときにのんきに言うな馬鹿」

僕は悪態をついた。

「へいへい、悪うござんすよ」

「僕に手を貸してくれ、天野」

「今回ばかしは俺の必要性は無いんじゃないか?」

「そんなこと無い。僕の力で男を再起不能にさせる。そしたら君の役目だ」

「めんどくさいな。アイツまずそうなんだよな」

「いいから、黙ってやれ」

「了解」

天野は僕に近づくと肩に手を置き、そのまま姿を消した。

気がつくと男は立ち上がりこちらを向いていた。

ダメージを追っていないかのように平然としており、ニヤついた表情のまま。

「肉、肉、肉、肉、肉、肉、肉、肉、肉、肉、肉、肉、肉、肉、肉、肉、肉」

男はブツブツとつぶやき、ゆらゆらと横に揺れていた。

「オイ、相棒」

頭の中で声が反響する。

「なんだ、天野?」

『アイツ、標的をあのうるさいお嬢ちゃんからお前に変更したぞ』

「別にかまわない。ただあの餓鬼憑きを滅すればいいんだろ」

『そうみたいだな。でも相棒、どうする気だ?』

「天野、君もわかっているだろ」

僕はこのとき、物凄く緊張し、足が震えていた。

宮前に格好つけた台詞を言ったけど内心はものすごくビビッていた。

天野は僕の体に完全に憑依した為、声が自分の内側から聞こえていた。

彼は僕の気持ちに気がつき、フッと笑う声が聞こえた。

『そうだな。相棒、オマエさんはやっぱりばかだな』

「そうかい? わかったならよろしく頼むよ」

『了解』男はゆっくりと顔を上げ僕を見る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る