第13話 船穂

数分後、目的の店の前につく。

「何、ここ……?」

宮前は僕の予想の上を行く、反応をしていた。

これから僕と宮前が会う人物が働いている店の前で立ち止まっていた。

「ニャンニャン・パラダイス?」

宮前は店の名前を初めて不思議なものを確認するように口にした。

このときの僕の心境はもう説明するまでもない。

「このお店、一体何なの?」

宮前は眉間に皴を寄せ、しかめっ面で聞いてきた。

彼女が本当に知らなくてそのことを聞いているのか、それとも知っていて何か咎めるように聞いてきたのかはわからない。

ただ僕は取調で自分の起こした犯罪に関する証拠を見せ付けられ、言い逃れができそうに無い犯人のように冷や汗をかいていた。

「いや、その…、僕は基本正直だけどなんて説明すればいいかな?」

 このお店がメイド喫茶でしかもただのメイド喫茶ではなく大人の人が楽しむような場所なんだよと、友達に対してフランクに別の友人を紹介するように、さすがに口に出すのはまずいと思った。

緑色であしらわれた西洋風のドアと洋館をイメージさせるレンガ造りははおしゃれに見えるが、反するように看板は眼が痛くなるほどのサイケデリックなピンク色に輝き、『ニャンニャンパラダイス』と書かれていた。そして店の料金などを説明するために書かれたポスターにはメイド服を着たお姉さんが写っていた。

「う、うーん…。上手く説明する方法を考えているんだけれど、思いつかないんだ」

僕はわざと苦笑いを浮かべて言った。

しかし、はっきりした物事でないと納得しないと気がすまない性格なのか、宮前はジトっとした眼になり口を開いた。

「説明しなくてもこの状況は雰囲気でわかるわよ。でもね、何でこんなところなのか説明してくれないかしら?」

宮前は店のほうを指差し、ルパンを捕まえて尋問する銭形警部のように叫んだ。

店の前に立っている案内係なのかのわからないけれど、厳ついお兄さんがこっちを睨んでいた。

「もう少し、声のトーン落とさない…? そうじゃないと周りの目が……」

「別に悪いことしてるわけじゃないんだからかまわないじゃない」

「いや、だから…」

僕は彼女に反論しようとしていたときだった。

「その質問には僕が答えようか?」

声なんて張り上げないとかき消されそうな街の喧騒のなか、凛と透き通った声が聞こえた。

僕は声のした方向に首を曲げる。

「本当にキミは正直者か嘘つきなのかよくわからないよ。僕はキミに店の裏で待っているとメールしたはずなんだけれど、確認してないかい?」

声の主は表情を変えずに不満を口に出した。

僕が向いた方向にはヒラヒラしたスカートのメイド服を身につけ、頭には猫耳がついたカチューシャ、ライトブルー色のフレームの眼鏡をかけていた。

一見すると少年のような顔立ちをしていて女なのか男なのかわからないが、ベリーショートの髪型がさらにそれを引き立てる。

声の主、メイド服の人物は僕の知り合いであり、相談をしようとしていた人物。

高坂船穂がそこにいた。

ちらりと宮前の方を見たが、彼女はなんだかしかめっ面をしていた。

「最近、眼鏡をつけるのが流行りなのか、高坂」

「これは伊達で仕事の為で流行ってなんかないさ。しかし、キミは礼儀を知らないのかい、まったく」

高坂はやれやれと首を横に振る。

「そこはキミに免じるけど一つだけ許すことができないのが、僕のことを苗字で呼んでいることだ。前に僕のことは船穂と呼べと言ったはずだけれど」

「あぁ、そうか…。悪かった、船穂」

僕はため息をつくように言った。

船穂は、眼鏡をはずすと満足そうに笑う。

「とりあえず時間は大丈夫か?」

「大丈夫。だが、手短に頼むよ」

「了解」

「それでいい。ところで隣にいる子は誰かな?」

「あぁ、そうだ。紹介するのを忘れてた。彼女は宮前此方。僕のクラスメイトだ」

「へぇ、クラスメイトかい……」

船穂は宮前の方に向き直る。

「初めまして、僕の名前は高坂船穂だ。よろしく、宮前此方さん」

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