間章 恋はだれでも、ふらてから。

(1)

 ――――ピピピッピピピッピピピッ

 ガチャッ‼


「……ん、うぅ……んー……うるさいー」


 翌日の朝、俺はそんな腑抜けた一声とともに目を覚ました。

 もう月曜日か。こないだやっと週末になったばっかじゃないか。なんでこうもまた長い長い一週間が始まってしまうのか……一番最初にカレンダー作ったやつ出て来いよおら。

 そんな感じで変に意識がもうろうとしながらも、ゆっくりとベットから立ち上がってリビングへと向かう。親は既に仕事に行ったらしく、テーブルの上には用意された朝ごはんが並べられている。


「ふわあー……いただきまーす」


 ボリボリと未だ放心状態で食パンを食べていると、ふと昨日の出来事が頭によぎった。


「そういえば……昨日は……大変だったなー」


 今になって思い出してみても、なかなかに昨日は濃い一日だった。

 まあ今更多く語ってももう過去のことだから、もう特には言わないが……


「ほんとに俺、あの場所にいたんだなー……」


 良くも悪くもあの場所に実際に立ち会えたことは、俺にとっても楓にとっても「良い」経験となった。

 ただそれ故に、あんな悲しい結果になってしまいなんだか自分自身に対する不甲斐なさ、どうしようもなさ、そんな気持ちが心から沸々と湧いてきてしまうのもまあ無理はないだろうと思っている。

 ちなみに今日は放課後に楓と部室に集合して昨日までの反省会をすることになっている。

 昨日のうちにやっても良かったのだが、あの後楓は力が抜けすぎて一人で歩くのも難しくなってしまいそれどころじゃなかったのだ。

 やはりどんな結果であれ、反省というものは必要だ。そこで得たものが次の布石となるのだから、甘く見てはいけないものだと少なくとも俺は認識している。

 そう。

 俺たちの「恋」への道はまだ始まったばかりなのだから。



 今日もまた一人で黙々と川高へと続く一本道を歩いていく。

 天気は生憎の曇り。

 確か今日の深夜から早朝にかけて局地的な雨が降ったらしく、朝には止んだのだがまだ地面は湿っていて、所々に水たまりが出来ている。


 ――ぴちゃぴたっぴたっ


 歩くたびに足元でそんな音が踊り、他の人の足音と重なり合う。

 俺の周りを歩くのは友達と話してる人、英単語帳を見てる人、カップルの人。

 いつもとなんら変わりのない風景なのに、今日だけは少し違って見える。

 こんな感傷的な気持ちになるのは、やはり昨日のことをまだ引きずっているからなのか。

 それとも単にこんな憂鬱な天気だからなのか。

「はあー……」

 人の声と、ため息と、足音とが空気に溶けながら、川高へと向かう。


 耳のイヤホンからはEveの『群青賛歌』が清らかに流れている。


 繋がっていたいって 信じられる言葉

 だってもう昨日の僕らにおさらば

 青い春を過ごした 遠い稲妻


 さっと泣いて 前だけを向けたら

 きっとどんなに楽になれていたろうな

 この心を揺らした 一縷の望みは


 ないものねだりは辞めた 未完成人間

 素晴らしき世界だけが 答えを握ってる


 諦めてしまうほど この先沢山の

 後悔が君を待ってるけど

 もうない 迷いはしないよ

 この傷も愛しく 思えてしまうほど

 重ねてしまうよ 不格好なまんまでいいから

 走れ その歩幅で 走れ 声 轟かせてくれ

 期待と不安を同じくらい抱きしめて

 君と今を紡ぐ未来照らして



 ひゅうーっと、アスファルトの湿った匂いが俺の脇を通り過ぎていった。

 月島は、葉月は。

 今どんな気持ちでいるんだろう。



 ※



 ――キーンコーンカーンコーン


「きりーつ、気を付けー、礼」

「「ありがとうございました」」


 いつも以上に長く感じた授業がすべて終わり、やっと放課後になった。

 うむ、やはり昼休み後の五時間目体育はテロリズムすぎる。疲労と満腹感で授業後半の意識無いんだが? 俺はあくび製造機かなにかか?

 快眠したことでなんだか現だった気持ちも、少しながら落ち着いてきた気がする。

 いつまでもこんなにめそめそしてたらダメだな……それじゃあまるで俺が楓にふられた後と一緒だ。前向きに考えていくんだ自分。


 パンッパンッ!


「さっ、部室の鍵取り入って先に行ってますか」


 気持ちを新たにするためにも、俺は頬を軽く叩いて席を立つ。

 ふと楓も部室まで誘っていこうとしたが、彼女はまだ友達と話ししていたので、俺は静かに教室を後にした。

 今の彼女の顔色を見ても……まだ上手く立ち直れていないような気がした。

 ちなみに月島は今日欠席していた。葉月はいつも通りに来ていたけど……うん。

 そっとしておくのが正解だ。



「……えっ、また部室の鍵が無い……」


 放課後のにぎやかな喧騒に包まれながら、階段を下って職員室にたどり着いた俺はいつの日かと同じく、職員室を訪れた。

 が、どういうわけか今日もまた部室の鍵は無い。


「誰かが部室にいる……」


 と言いつつも、まだ先生が持ち出した可能性も残っているので、面倒くさいが一応先生に声をかけてみる。


「すみませーん。ここにあった鍵、誰か持ってませんかー?」


 不特定多数の先生に伝わるように少し声を張って聞いてみるが、虚しくも誰からも返事が来ない。いじめられてる……悲しい。

 すると少し間が開いてから、奥から女性の先生が出てきた。

 あっ、またこの先生じゃん……

 確か名前は……


「そこの鍵は確か……あー、悩み部のね。それなら少し前に誰かは分からないけどまた女子の生徒が取りに来てたわよ」

「……そ、そうですか。わざわざありがとうございます。失礼しましたー」

「はーい」


 思い出そうとしている途中で声をかけられたので、またすっかり忘れてしまった。

 まいっか。どうせここだけのこと。

 未来でも現在進行形でも関わりはどうせないので、思い出すのは止めにしてさっさと彼女のもとへ向かおうとしよう。




(歌詞引用)Eve様『群青賛歌』

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