2-11 続く平和な日々

 が終わり宿に帰って来た。

 もう夜もいい時間だ。いつものようにアランの魔法でさっぱりとする。

 そう、いつもの事だ。そのはずなのだが、今日は少々、いつもとは違った。

 

 ――めっちゃ見られてる……

 

 さっぱりする、つまりは着衣シャワー状態になるため、一度びしょびしょになるのだ。

 そうなれば、多少なりとも服が透ける。

 昨日まではチラチラと見られることはあっても、ここまでしっかり見つめられることは無かった。

 

 ――これは……付き合いだした影響か?

 あれ、ちょっと待て。意識したら急に恥ずかしいな、これ。

 

 トワの方も今までは特に気にしていなかった。

 まだまだ成長途中の可愛い乳房や、毛も生え揃っていないツルツルな下を見られようと特に……いや嘘、後者は流石に気にする。

 まあそんなズボラな訳だったのだが、アランのことを意識するようになり、たがたが透けシャツ如き?で羞恥心が生まれたようだ。

 

 ――次からはもうちょっと厚手の服を着よう。

 

 こうして、アランにとって嬉しい時間は唐突に終わりを迎えてしまうのだ。

 微妙な空気が流れ、いたたまれなくなったトワは小走りで自室へと戻る。

 そこでは、ベルテが書類を作成していた。

 彼女は生まれて直ぐ奴隷になっているので、どこで字を覚えたのかとても気になる。

 もしかしたら学校的なものもあるかもしれない。

 これは聞いてみるべきだろう。


「あのー、どこで字を覚えたんですか?

さも当たり前のように書類仕事をしてますけど」

「あー、えっと……私は女としての価値が乏しいので、少しでも価値を高めるために、奴隷商の方に頼み込んで仕事を手伝わさせてもらっていたんです」


 相変わらず自分の容姿に自信が無いようだが、そんな綺麗な顔して価値がないなんて言っていたら本当に刺されると思う。

 とまぁ、そんなことは置いといて。


 ――本当に有能すぎるでしょ。他の人に買われなくてよかったと思っていいものか。

 

  有能すぎるベルテの仕事を覗き見ると、ダンジョン都市国家アウロ・プラーラへと運ぶ商材のリストを作っているようだ。

 

「武器、防具、ポーションに携帯食糧は分かるんですけど、これは?」

 

 トワが指さすところには、〈赤炭方石〉とか言う、石炭なのか宝石なのかよく分からないものが載っていた。

 

「それは、ダンジョンの入口に設置された液体につけることで、中で迷った時の道標になる消耗品ですよ」

 

 詳しく聞くと、何とも冒険者の必須品なようで、使い方は、

 液体につけた部分で、チョークのように線を引く。

 すると、付けた液体が置かれた方角、つまりダンジョンの入口の方向の線が、赤く光るのだ。

 要は、N極の自由に設定できる方位磁石みたいなものと考えれば分かりやすい。

 消耗品であることを除けば、びっくりするくらい便利なものだ。

 方向音痴さんには是非とも欲しい一品だろう。

 

「ところでお嬢様。なぜこの部屋にいるのですか?」

「……なぜと言われても、ここが私の部屋だからですが?」

 

 ごく当たり前なことをとても不思議そうに聞くので、一瞬フリーズしてしまった。

 

「今日はその、お嬢様とご主人様の初夜なのでは?」

 

 ――初夜。初夜というのは、男女が初めて致す夜のこと……?

「いやいやいや、何処に付き合って一日で致すカップルがいるんですか!」

「そうなんですか?人族は年中発情期だと聞きましたが」

「いや、そんなの誰が……あれ?意外と間違ってない?」


 ――ん?そういえば。

 元の体は健全な男子高校生だろ……

 それが、いきなりこんな美少女に生まれ変わったってのに、なんで自分の体に欲情しない?十日近く経つのに。

 ベルテさんにもだし、アランやネジャロさんにも全く……

「と、とにかく!私とアランは、まだそんなことするつもりはありません!」

 

 ―― 一体どうなってるんだ?この体は。

 女性の方が性欲が強いとか、どっかで聞いたことがあるような、無いような……

 あ!それに、20人ぐらい一気に殺したってのに、罪悪感が一切ないのもおかしいよね。

 この体、というより心の方かな?ちょっとおかしくない?

 

 この日、トワは自分に対して初めての違和感を覚えた。

 だが、それはすぐにどうでもいい事として心の奥底へポイされてしまう。


 翌朝、領主邸の大広間が血の海になっていることや、地下牢の大量の死体の件で大騒ぎになっているかと思いきや、いつも通り、静かな朝に出迎えられた。

 アテル伯爵の使用人や私兵は、衛兵の詰所で獄中生活をしているようだし、無視された訳ではなさそうだ。

 

 ――これは……住民に不安を広げないようにしてくれたって事かな?

 だとすると、一晩でここまでしっかり仕事をこなしてくれたのか。やるな衛兵たち。

 自由に使えるお金が出来たら、あの悪魔の姿でお礼と、なんか差し入れにでも行こうかな。

 

 なかなか胸糞悪い思いもしたグレイス王国での生活だが、その後は特に何か事件が起きるでも無く、とっても平和だった。

 

 アランにオーダーメイドの髪留めをプレゼントしてもらって、デート兼商材の買い付けをしたり。

 ネジャロが戦いたいと言い出したので、近くの山に連れて行って一緒に暴れ回ったり。

 ベルテに料理を教えて貰って、少し難しいものでも作れるようになったり。

 

 こんな感じで異世界ライフを満喫していたら、ブルーノ車両工房から馬車が完成したと報告があった。 

 

「おぉー!でかいし豪華ー!」

 

 完成した馬車は、もはや上級貴族か王族でも乗っているのかと思えるほどのものだった。

 黒を基調として、ところどころ金色の装飾が施された外観。

 広々として、ふわっふわのソファのような椅子が取り付けられた荷台。

 そして何より驚くべきことに、車軸にサスペンションらしきものが搭載されているのだ。

 確かに要望はした……おしりが痛かったから。

 でも原理とか全く、これっぽっちも知らないし、かなりボヤボヤな説明しかしてない。

 

 ――ブルーノ車両工房恐るべし。白金貨三枚どころの仕事じゃないでしょこれ。

 

 後に、値が張る馬車にはほとんどこのサスペンションが付けられたそうだ。

 開発元のブルーノ車両工房は莫大な額を儲け、アイデアをくれたトワの事を神だと信奉していると風の噂で聞いたが、それはまた別のお話。

 

「さぁ、行きましょうか!アウロ・プラーラへ!」

 

 お世話になった女将さんとアズーラ夫妻に別れを告げて、グレイス王国を発つ。

 もちろん街中は馬車を見せびらかすように移動したのでとてもとても目立った。

 でも後悔はしていない!

 

 

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