2-9 悪魔が生まれた日 前編

視点変更有り。

グロ表現注意。

――――――――――


「まったく!一体何が起きたんだ!」

 

 アテル伯爵は怒り狂っていた。

 

「あと数時間、あと数時間でアズーラの技術をワシのものにできたというのに!

 それに、ワシのコレクションがほとんどゴミに……クソッ!」

 

 トワに企みを暴かれ、奪ったブローチを盗まれただけでなく、嫌がらせとばかりに、大切にしていたコレクションをゴミの山に変えられてしまったのだ。

 八つ当たりするのも無理は無い。

 

「旦那様、やはり、侵入者の痕跡は何一つ……」

「黙れ黙れぇ!さっさと見つけてこい!出来なきゃお前たち全員、ぶっ殺してやる!」

 

 ブローチが盗まれてから、使用人は誰一人として屋敷の外に出ていない。

 にも関わらず、アズーラ夫妻はしっかりと依頼書と一緒に、件のブローチを納品しに来たのである。

 アテル伯爵は何者かが侵入し、コレクションを破壊した後、ブローチを持ち去ったのだと結論づけていた。

 

「旦那様、少し落ち着かれましょう。

 今、使用人総出で痕跡を探しておりますので」

「はぁ……ああそうだな。攫ってきた娘はまだ残っているか?」

「いえ、先日最後のが死亡しましたので。

 ですが、もう数刻で新しい者たちが到着する予定です」

 

 人攫いをしているという噂は本当だった。

 さらに酷いのは、その攫われた娘たちはろくな食事も与えられず、死ぬまで使続けているのだ。

 

「それと、街中には白い髪をしたとびきりの美女がいるとの噂があるのですが、いかが致しましょう」

「ほう……良いでは無いか。

 そいつを連れてこい。今日はそいつを使うことに決めた」

 

 下衆な提案をした使用人はアテル伯爵の決定に嫌な顔一つせず、キビキビと私兵を集め街へと放つ。

 図らずも、屋敷への侵入者と白い髪の美女というのは同一人物だった。

 このようにして一人、また一人と、街や周辺の村から娘が消えてゆくのである。

 


 同時刻、宿屋シングレイでは甘々とした空気が流れていた。

 

「へぇ、そうかい!やったじゃないか、お兄さん。

 てっきり男として見られてないと思ってたよ」

 

 夕飯を頼むために女将さんを呼んだ結果、イチャイチャする二人をバッチリ見られ、根掘り葉掘り聞かれたのである。

 

「よし!そうと決まればお祝いだね!

 虎人族の間ではこういう時は〈スタッフドボア〉って決まってるのさ!楽しみにしとき!」

 

 あたしん時もこうだったのさ!と、女将さんは豪快に笑う。

 

 スタッフドボアとは、クリスマスなんかでよく見るローストチキンの中に、ご飯やら野菜やらを詰め込んだ物のイノシシバージョンである。

 体が大きく、豪快な性格の虎人族にピッタリな料理という訳だ。

 お腹をグーグー鳴らすこと一時間。

 調理場からヨダレが溢れる匂いが漂ってくる。

 そんな匂いに釣られ、ネジャロたちが部屋から出てきた。

 

「この匂いはスタッフドボアか?

 なんか祝い事が、ん!?」

 

 一緒に行動する四人の中で唯一事情を知らないネジャロは、椅子に座りイチャイチャするトワとアランを指さし、ベルテに詰め寄る。

 

「おい、なんだあれ?ご主人とお嬢の周りがピンク色なんだが!」

「実は、カクカクシカジカあってね」

「なるほど、そりゃめでてぇな。

 だからコレが出てくると。いいタイミングで買われたもんだ!」

 

 トワとアランが付き合いだしたことが全員に知れ渡ったところで、女将さんが特大の包丁、というよりもはや剣を持ってくる。

 切り分ける際に、普通の包丁では小さすぎて大変だから、との事らしい。

 

「フンッ!一丁上がりよ。さあ召し上がれ!」


 切り分けられたスタッフドボアの中には、大量の野菜と魚介類がぎっしり詰まっている。

 

「いただきます!」

 

 味付けは塩とハーブのみで、豪快な見た目に反してさっぱりとしていた。

 しかし、そのハーブのおかげで肉の臭みが消え、中に詰まった野菜と魚介類が旨味を引き立てている。

 

 ――これも美味しい!

 グレイス王国に来てから美味しいものばっかりだ!

 

 せっかくだからと、女将さんも混じえた五人で食卓を囲み、スタッフドボアの残りも僅かになってきた頃、

 

 ――ん?アテル伯爵の私兵だ。随分多いな。

 

 トワは得意の空間魔法で、街の中にアテル伯爵の私兵が、たくさんうろついていることを感じ取った。

 それと同時に、街の入口の門では、

 

 ――この馬車の積荷……状態が睡眠に、気絶の女性!?

 御者の胸のバッチは……アテル伯爵のものか。

 なるほどね、噂は本当だったわけだ。

 

「おい、そっちは白い髪の女、見つけたか?」

「いや、まだだ。本当にいるのか?ただの噂なんだろ?」

 

 ――白い髪の女ねぇー……わざわざ白髪のおばあちゃんを攫う訳でもないだろうし。

 これは、私が狙われてる?

 屋敷に侵入したことはバレてないと思うけど、どっかからこの美貌の話でも上がったのかね?

 

 罪な女だなーなどと思いながらも、どうやって攫われた女性たちを助けようかと考える。

 

 ――んー……あ、そうだ!

 

「アラン、食べすぎて苦しいので、ちょっと散歩してきます」

「もう暗いし、ついて行こうか?」

「いえ、大丈夫ですよ。明るいところしか行きませんし、数分で戻ってくるので」

 ――嘘は言ってないよ。

 明るいところってのは領主の屋敷だし、御者の私兵だけ捨てて、馬車ごと衛兵の前に転移テレポートすれば数分で終わるでしょ。

 

 アランから了承を得たトワはお馴染みのブラックウルフのお面をつけ、いつもの灰色ではなく真っ黒な外套を被って路地裏から領主邸に転移テレポートする。

 目的地は領主邸のコレクション部屋だ。

 

「いやー、減った減った!断捨離できたようで何より!」

 

 その原因を作った本人が言うのは如何なものか。

 

 トワがここを選んだのはただの気まぐれで、今回は屋敷ごとめちゃくちゃにしてやるつもりだ。

 そのつもりだったのだが……

 


 いいことを思いついてしまったらしい。

 年相応か、見てくれだけは可愛らしい少女がそこに居る。

 トワは部屋を物色し、ドラゴンの髭と書かれた長くて太い紐と剣を、三本づつ奪い取った。

 

 剣をドラゴンの髭に結びつけ、それを腰に巻く。

 するとどうだろう。

 誰がどう見ても尻尾のように見えるではないか。

 そして、垂らしたベルトを空間魔法で操ると、

 

「おっけー、できたできた!」

 

 傍から見たらもう人では無い。悪魔かなにかが現れたと思うだろう。

 

 ――よし、変装はバッチリ! 

 あとは屋敷全体を把握して、人に当たらないようにポルターガイストを起こしまくれば、バチが当たったとでも思うかな?

 

 そう考え、屋敷を隅々まで把握してゆく。

 

 ――ふむふむ。大広間にたくさん人が集まってるね。

 ひとまずここを驚かせる事は決定と、あとは……地下もあるのか。

「ウッ!?」

 

 地下の把握を始めた途端、強烈な吐き気と共に耐え難い悪寒を感じた。

 

「最悪……」

 

 そこは、地下牢と思しき場所であった。

 そこには、ネズミや虫に食われて穴だらけになった死体や、人骨と思われるものまで大量に転がっている。

 まだ比較的新しい死体を確認すると、女性のものであることが分かる。

 

 ――まさか、これ全部攫われた人たちの?

 

 地下牢に誰一人として生き残りがいないことを確認したトワの表情は、怒りに満ちていた。

 

「……殺す」

 

 そう呟き、大広間へと転移テレポートした。

 

 

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