第5話 いわゆる運命の出逢い

疑問に思っていると、夏芽さんがまた少し答えずらそうに口を開いた。


「人々に祀られ崇められた私は、だんだんとそして着実に力をつけていってね。するといつの間にか、隣にいた百合の怨念が消えていたんだ。おそらく、怨念自体が年々弱まっていっていたのと、強まる私の力に触れ浄化されたからだろうね」

「なるほど……」


つまり、ちょうど怨念が弱まるタイミングと、夏芽さんの神秘たる力が強まるタイミングが合致し、数年続いた怨念はようやく浄化されたということだ。きっと涙ながらに頼み込んできた村長は大喜びしたことだろう。

しかし――なぜかそれをあまり喜ばしく思っていなさそうな夏芽さんの表情に、私は小首を傾げた。怨念を払うことが出来て、嬉しくはないのだろうか。


「うーん……人の喜ぶ顔を見れたのは嬉しかったのだけれど……。何と言うか、私が最終的に百合を消してしまった気がしてならないんだ」

「ええ……そんなことないと思いますけど」

「そう、かな」


私が考えすぎではと声をかけても、夏芽さんの沈んだ暗い表情は変わらなかった。どころか、ため息は増して夏芽さんの周りだけどんよりした空気が流れている気さえしてくる。

そして、彼女はその表情を崩すことなく話を続け始めた。


「まあ、後は話すことはあまりないのだけれど……、厄災の後にこの神社は建てられて、力を持った私はこの姿になり、人間以外にもなぜか妖怪が訪れる神社になったわけだよ」

「で、また私たちは出会って友達となった、ってわけですね」

「そういうこと」


私がそう言うと、ビッと自慢げに親指を上に突き出す夏芽さん。私もそれにならって親指を出し、夏芽さんのとコツンとぶつけた。


夏芽さんの話を聞いた後によくよく考えてみると、私たちがこうしてもう一度出逢えたことに奇跡に近い何かを感じる。決して偶然ではなく、必然的な何か。

それを人は運命と呼ぶのだと私は知っている。


「いやあ、今でこそ百合ちゃんは礼儀正しい女の子だけれど、昔はとにかく気が強くて何にでも反発するような花だったなぁ」

「げ、そんなやつだったんですか、私。めちゃくちゃショックなんですけど……」

「ふふ、でも百合の花言葉よろしく、純粋で無垢なところもちゃんとあったんだよ。懐かしいなあ」

「なんか、おばあちゃんみたいですね」

「なっ……!?」


小さく声をもらした夏芽さんは、心外だという表情で次第にワナワナと震え始めた。それがおかしくておかしくて、私は腹を抱えて笑い出す。やはり神様のかの字もないその行動が面白くて、そして彼女らしくて自然と腹の底から笑いが込み上げてきたのだ。夏芽さんは笑いすぎだと不貞腐れているけれど、私の笑いは一向に収まらない。きっとそのうち彼女も諦め、つられてあのおっさんみたいな笑い方をするのだろう。想像して、私の笑う声がまた大きくなり、辺りが赤く染まり始めた神社内によく響いた。



あの後、すぐに走って家に帰ったけれど、玄関前で待ち伏せていた母に見つかり怒られて心配されたのは言うまでもない。ちなみに帰った時の時刻は七時を指していた。


「どこ行ってたらこんな時間になるの」


と、さすがに母にもツッコまれてしまった。慌てて友達と遊んでたら時間を忘れていた、と誤魔化したが、果たして信じて貰えているのかどうか。

そうしてなんとかあの場を切り抜けた私は、現在母より一週間遊びに行くの禁止令が出されており、神社には行けていない。しかし、あの三十分くらいで話された怒涛の衝撃の事実を整理するにはちょうどいい期間だった。あの日は頭がパンク寸前で逆に平然さが保たれていたが、家に帰った瞬間恥ずかしながら情報過多で糸が切れるようにどっと熱が出た。それほど衝撃的で、信じられないような話をされたのだ。

けれど、同時に舞い上がるほど嬉しい話だった。まさか、大好きな友達と前世でも友達だったなんて信じられるだろうか。私だって今でも信じられない。だが、熱で寝込んでいる際に落ち着いて話を理解したおかげで、その喜びもちょうど良いくらいになり、次会うときは普通に話せるようになるだろう。

そして、別に神社に行けないからと放課後暇をしている訳でもない。なぜなら。


「やあ、百合ちゃん。熱は引いたかい?」

「天狗さん。はい、おかげさまで良くなりました」

「それは良かった……って猫又、あんまり頭の上で暴れないで……」

「百合、今日も真剣衰弱やろうじゃないか!」

「はいはい」


どうやらどっぷり真剣衰弱にハマったらしい猫又さんと、その付き添いで天狗さんが遊びに来てくれるからである。遊ぶと言っても、トランプや彼女らがやったことのないNGワードゲーム、人生ゲームなど、母にバレないように静かにできるゲームしか出来なかった。普段外を走り回っているであろう彼らからしたら、あまり楽しくはなかったかもしれない。


「はっはーん。なるほど、天狗の横にあるのがこの札と同じ印のやつだね」

「え、違うよ。こっちだって」

「天狗さん……教えたらダメですって」

「あっ」


……まあ、この様子を見たら充分楽しんでくれているように見えるのだが。相変わらず猫又さんが好きすぎて、ついついカードのありかを教えてしまう天狗さんに笑っていると、ふと猫又さんがカードを取りながら思い出したように訊いてきた。


「そういや、なんで百合は一週間遊びに行けなくなったんだい? ……あ、さてはまた夏芽と喧嘩したね?」

「違いますよ。実はうち門限あるんですけど、それを破るまで話してたからです」

「へえ、珍しい。百合ちゃん約束事は守りそうな感じなのに」

「そうですか?」

「うん」


よし揃った、と喜ぶ天狗さんがカードを取りながら私に言う。そんなイメージが私にあったなんて。まぁたしかに、約束というか期限はなるべく守ろうと努力はする性格だ。もちろん怒られたくないというのもあるが、特にそれを破るような理由がないから、というのが一番の理由。

そして、さらに鈍いのか鋭いのか分からない天狗さんが踏み込んだ質問をしてきた。


「それを破るほど夏芽と大切な話をしてたの?」

「え……まあ」


これは……言っていいのだろうか。私は何となく夏芽さんに許可なく話すのはどうだろうと迷いカードを取る手が止まる。

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