第4話 最悪の事実

夏芽さんは話を逸らした私をじとっと覗いてくるが、すぐにまた姿勢を整えて話す体制になった。私も口角を元通りに直し背筋をしゃんと伸ばす。彼女は暗い表情のまま話し始めた。


「……実は、悪夢はこれで終わりじゃないんだ。もっと更に、最悪なことが起きてしまった」


ゴクリと固唾を呑んで次の夏芽さんの言葉を待つ。


「ある日、唐突に災害や飢餓が百合を折った子供らの村を襲った。本当になんの前触れもなく、突然。災難としか言いようがないほど荒れ果てた村が、私のいるところからでもはっきり見えた。――けれど問題はそこじゃない。問題なのは…………おそらく厄災を起こしたであろう黒い呪いのような渦が、百合が咲いていた場所に寸分違わず巻いていたことなんだ」

「……村の子供に対する私の怨念が、厄災を引き起こしたということですか」


夏芽さんは一筋の汗を垂らしながら、頷くかどうかを迷っているような素振りを見せる。どうやら、私のことを気遣ってくれているみたいだ。

災害と飢餓。どちらも悪いイメージや不吉なものだと、あまり経験した事の無い私でも理解できる。苦しくて悲しいなんて言葉では済まされないほど、嫌な存在だと。

しかし、その呼び寄せてはならない不幸を誘いたのが当時の私であり、魂としては事の重大さを理解している今の私でもある。

つまり、夏芽さんは私に「怨念で過去にたくさんの人々を殺した」という後悔の念を抱かせないよう、頷かずにいてくれるのだと分かってしまった。

夏芽さんが最初に言っていた、聞いて後悔しないかとはこういうことだったのか。なるほど、たしかにこれは少々堪える。夏芽さんが話しにくそうにしていたのにも納得だ。前世では、私はたくさんの人を殺していたという事実が、指の腹で押える私の心にグサグサ刺さって抜けなくなる。貫通しているのではないかと思うほど、深く深く刺さってしまった。

正直、頭を鈍器で殴られたような気がしてくるほどかなりショックを受けた。私は罪のない人たちまで呪って殺してしまったのか、と。私の怨念に、関係の無い人まで巻き込んでしまったのか、と。

しかし、夏芽さんの話を全て受け止め、受け入れると決めたのは紛れもない私だ。ふう、と息を吸って吐いて落ち着かせ、心に深く刺さった事実の刃を、ゆっくりとズブズブ沈めていく。

受け入れて受け止めて、と囁きながら。


やっと静まった胸に手を当て、夏芽さんに話を続けてくださいと言葉を発する。もちろんすぐに完全復活とまではいかないが、ゆっくりじわじわと受け止め受け入れたおかげで、なんとか平然さを保つことが出来た。私がそう言ってもまだ彼女は心配そうに見つめてきたが、大丈夫だというふうにコクリと頷くと少しだけ眉を下げて話し始めた。


「百合の怨念が村を包んで数年した頃、この村の村長と思われる人物が、数人の村人を引き連れて私の所へやってきた。私たちは村からは少し離れていた場所に咲いていたのだけれど、当時はそんなところへわざわざ何をしに、と思ったよ。だって村はそれどころではなかったからね。こんな場所へ来る前に、対策を考えた方が良いと私は思っていた。そして痩せこけた体と、フラついた足取りで私の前まで来ると、突然彼らは跪いたんだ。神様でもなんでもない、花の私に向かって、だよ。……多分、この村長の代では初めての厄災だったのだろうね。気が動転して、とにかく何かに頼るしかないといった様子だった。つまり、厄災に対する策を考えてあの場所へ村人は来たんだ。ただあてもなく歩いている訳では無かった。私に、ただの花の私に頼ろうと来たんだよ。村長は、私がこの苦しい状況の中でも明るく太陽に向かって咲く様子を目に入れた途端、涙を流しながらお助け下さいと哀願してきた。痩せこけた体なりに大きく声を張って、他の人が止める中涙を流して……」


一気に話を進めた夏芽さんは、当時の状況を思い出しているのか顔を歪ませていた。

すうっと自身を落ち着かせるように少し温い空気を肺に取り込むと、彼女はまた口を開いて話し始める。


「そこからはあっという間だった。飢餓で力が出ない村人は、質素で簡略化した本殿に私を――向日葵の花の精霊を祀りあげ、この厄災からお守りくださいますよう……なんて毎日言っては、お供え物を置いていった。それを自分たちで分けて食べれば良いものをと置かれる度に思ったよ。正直、私は簡素な本殿の中から村人のことを呆れたように見ていた。……それでも、当時の人たちは自然にまつわるものには全て神が宿っていると考えていたらしくてね。私も毎日崇め称えられていくうちに、だんだんなんの力も持たないただの向日葵から、強い力を持つ何かになっていた」

「そうして、今の夏芽さんが生まれたということですか?」

「半分そうだね。元の形はおそらくこの時にできていた。……では、何が私をさらに飛躍させたのかというと。百合ちゃん、君の怨念だよ」

「えっ?」


急に名指しされた私は、ドギマギと肩を跳ねさせた。私の怨念が何をどうすれば夏芽さんの飛躍に繋がるのだろうか。

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