第31話 疑惑

場所はコルネリアの居室に戻る。


「……これで、近況報告は終わり。本題になるけど」


コルネリアの言葉に、冷めた紅茶を一気飲みしたクラウディアが顔を上げた。


「前のお父様……アメルン伯爵の話ね」


アンネマリーは細い息をつくと、話し出した。


「わざわざ助けてやったのに、この恩知らずが。令嬢の鑑だなんだと、まわりにちやほやされて、鼻にかけて。こんな女だと知っていれば、僕は、お前など助けなかった」

「……何それ」

「アメルン伯爵が来世でそう言っていたことを、思い出しました」


クラウディアが額を抑え、コルネリアが眉を吊り上げた。


「『助けてやった』って、まさか、お母様をアメルン家のお嫁にもらってあげたってことかしら。そもそもがアメルン家にも益のある政略結婚でしょう、助けたって何」

「『こんな女だと知っていれば、お前など助けなかった』だって? 何、お母様を自領に入れたことを、魔物から救ってやった扱い? 信じられないほど図々しい」


二人は口々に言う。


「そこなんです」


アンネマリーが言いながら、顔を蒼白にした。


「ちょっと、図々しすぎやしませんか」

「はぁ?」

「私も、最初は政略結婚としてお母様をお嫁にもらったことを『安全な自領に入れてあげて、魔物から助けた』って意味だと思いました。でも、お母様がアメルン伯爵に嫁いだのは、あくまでも他貴族とアメルン家のつながりを作るための政略結婚。アメルン伯爵はあくまでも利益があったから、受け入れただけの話のはずです。そこに能動的に彼女を『詳しく知らなかったから、助けた』という余地、ありますか――何だか妙に、気にかかる」


コルネリアは話が読めずに首をかしげていたが、「そういえば」と呟いた。


「『恩知らず』って何だろう。お母様から持参金を全部奪って、古い別邸に押し込めて、でもお母様はおとなしく従ってたよね。なのに、『恩知らず』って何だろう。わざわざお母様を蹴って罵るために、愛人を置いて別邸まで訪ねて来たんだよね。お母様が、何かしていたの?」


クラウディアが、こめかみに指を当てながら唸った。


「……妙なことなら、ほかにもあるわよ。私が魔物大量発生について調べようとした時、お母様にひどく怒られたの。私たちがどんな本を読んでも褒めてくれたのに。でも、別邸に引きこもっていた私が調べようとできたってことは、つまり別邸にその本があったのよ。何故読ませたくない本を、お母様は手に持ってたの……そもそもなぜ、お母様はそんな本を集めてたの」


三人の肌が背筋に水を浴びせられたようにぞわりと泡立った。


「そういえば、アメルン伯爵は火竜が出た現場である騎士団合同演習会にいて、しかもことが起こる直前に帰ったわ。なぜあのタイミングだったの?」とクラウディア。


「私を連れて行こうとして、『助けようとしたのに、恩知らずが』と言いました。……何から助けようとしたんです?」とアンネマリー。


「お母様は? 『令嬢の鑑』だからって理由で、お母様を『何から』助けたの?」とコルネリア。



「何で災厄のこと知ってるの。――何で、知ってるうえで、黙ってるの」


三人が同時に言い、思わず肩を震わせた。


「ねえ、私今、すごく縁起の悪いこと考えてます」


アンネマリーの言葉に、クラウディアが「奇遇ね、わたくしもよ」と答え、コルネリアが沈痛な顔でうなずく。


「――アメルン伯爵が、魔物を召還した可能性が高い」


「助けたっていうのは、アメルン伯爵が自分が召還した魔物に、アポロニアお母様を殺させなかったということ」

「アポロニアお母様は、アメルン伯爵の所業に気づいていたのよ」

「それで暴力を受けて、最終的には殺された……」


「……なんてねー。ただの憶測よ憶測」


言いながらクラウディアはぐびぐびと紅茶を飲む。


「そうだね、あくまでもこじつけた推測でしかない」


言いながらコルネリアは乾いた笑いを上げる。


さすがに大嫌いであっても、しかも今世では全く関りのない人物であったとしても、実の父がそんな大悪党だとは思いたくない。


「……でも、それだけというには、つじつまが合いすぎていますよね」


アンネマリーの言葉に、二人は深くため息をついた。


「とにかくギルに報告するわ。なんでもすぐに報告するよう言われてるもの」


紅茶から口を離して、クラウディアは静かに言った。


***


ギルベルトの通信機がけたたましい受信音を立てた。


「もしもし……? 義姉さんですね。どうしたんですか」


通信機の向こうの義姉の声は、やたらと焦っている。


「もしもし、ギル。突飛な話だけれど、怒らないで聞いてね。今アンネマリーとコルネリアと来世の記憶について話していたんだけれど、これから起こる災厄の元凶がアメルン伯爵である可能性があるわ」

「……やはりですか」

「やはり? って、まさか、本当に」


フェリクスの家の紫陽花の庭の丸テーブルには、王国中の詳細な地図や魔物の生息地の記録などが所狭しと積み上げられていた。

フェリクスによる「保護者のための殿方同士ラブ説明会」は、終わった後は自然に自分たちが調査した結果を説明するための茶会になっていた。


ギルベルトは言った。


「魔物の不規則的な移動によって、例の災害が起こったと俺は義姉さんから聞きました。しかし、奇妙です。騎士団合同演習会で集まった騎士たちから、魔物についての聞き取りを行いました。結果は誰に聞いてもこのようでした。『今のところ一切の異常は見られない。また万が一そんなことがあったとしても、対応する準備は完全に整っている』。単純な自然災害では、このようなことは起こりにくい……人為的災害である可能性が高いです」


隣からフェリクスが口を挟んだ。


「俺もあの後調べてみました。奇妙なことに、学校に出た火竜の目撃証言が、王都では一つもみられないのです。まるで、学校にいきなりぽっかりと火竜が、それも自爆型のものが現れたように。念のため魔物の生息地に関しても調べましたが、すべて遠方。この辺りに火竜が移動してくる余地なんてなかった。人が介在していないと考える方が不自然ですね。では、この事態を起こして得をするのは誰でしょう。三人のお嬢さんの話を聞く限り、それは一人に絞られる」


ヒルデベルトが静かに言った。


「魔物召還にかかわる宮廷魔術師や、宮廷学校の授業を調べてみたけど、今のところすべて不穏な動きはなし。魔物をむやみに召還して、反乱を起こすことができるレベルのものなんてないね。じゃあ、国中の魔法技術をつかさどる宮廷魔術師や宮廷学校から漏れて、独自で魔術研究をしている、優秀なものが怪しい。僕は教師をしていて、そんな人物は一人しか知らない」


ギルベルトが力強く言った。


「すぐにエアハルト王太子に事態を報告して、アメルン伯爵を『任意同行』します。彼を探さないと」

「そうね、私達も何か手伝えることがあれば――」


そこで、クラウディアの言葉が途切れた。

ギルベルトが耳を澄ますと、通信機からわずかに聞いたことのない女性の声が漏れる。

どうやら、部屋にメイドが訪ねて来たらしい。


やがて、女性の声は途切れた。


「……ごめんなさい、お話してる最中に。ちょっと、メイドが来て――」

「いえ、大したことがないならいいんです」

「……ごめんなさい」


クラウディアが静かな声で言った。

通信機越しでも、クラウディアが浮かべる疲れたような微笑みが見えるように思えた。


「『今ここに』いるらしいわよ、アメルン伯爵」

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