第25話 騎士団合同演習会(10)

燃え上がる廊下から抜け出しながら、クラウディアは叫んだ。


「ぎゃああ無理無理」


フェリクスも叫びながら走る。


「何で王都のど真ん中に火竜が出るんだよ、おかしいおかしいぜったいおかしい」


火竜は廊下の壁に巨体をぶつけながら、なお二人の獲物を追って走る。

フェリクスはハイヒールを投げ捨てるクラウディアに向かって叫んだ。


「あんた、魔術語使えるんだろ。結界とか張れないの」

「無理よ、私が使えるのは魔術語そのものだけ。魔法に関してはからっきしよ。あんたこそ、紳士でしょ。淑女を守って戦いなさいよ」

「無理無理、俺は頭脳労働しかできないの」

「きぃっ、使えないやつね」

「お互い様だろ。誰だ、こんなやつをお仲間だとか言ったのは」

「あんたもよ」

「俺もだ」


ぎゃんぎゃん喚きながら走る間にも、火竜は雄たけびを上げながら迫ってくる。

階段を駆け下りながらクラウディアはうなる。


「豆知識よ、金色の瞳の竜は古代竜! 古代竜はその名の通り古代から生きている竜で、ただの竜より魔力がずいぶん強いから、ますます厄介よ。逃げるのはあきらめて、お祈りでもした方がいいかもしれないわ」

「そんな悲観的な豆知識はいらない! あんた、もっと使えそうな知識を出せ」

「私は豆知識しか頭に入れない人間なのよ」

「誰だこいつのこと図書館の君とか言い出したの」

「使えるもの……そうよ、ギルに助けを求めるのよ」


クラウディアはポケットから通信機を取り出した。

しかし、走りながらうめき声を漏らす。


「駄目駄目、どう動かせばいいのか全っ然思い出せない。頭真っ白。行き詰った原稿より真っ白」

「ああもう、貸せ!」


フェリクスが通信機をひったくると、素早く操作して怒鳴る。


「ギル、聞こえるか!」

「……フェリクスさん? なんであなたが義姉さんの通信機を持っている」


すぐに少し苛立ったような声が聞こえた。


「言ってる場合か! 火竜が出た、しかも古代竜! 全員に警戒態勢を取らせて見物客を非難させろ!」


フェリクスの叫びに、ギルベルトが一瞬黙った後、言った。


「運動場に向かいます。そこで、騎士たちに事情を説明――」

「いや待て、お前今どこにいる」

「魔術科棟の三階です」


フェリクスは言った。


「でかした。いいか、よく聞け。緑の何も書いていないプレートのついた部屋がある」

「すぐ目の前です」

「鍵はかかってないから入れ。中にいくつかスイッチがあるから、俺の指示通りに押せ」

「何ですか、この部屋は」

「魔法使い達が実験的に通信機を開発している部屋だ。『放送室』と呼ばれているらしい。一般人にも操作できるよう簡略化されてる。どこを押せばいいかは俺の頭に入ってるから、そこから指示出せ」


ギルベルトは一瞬黙ると、すぐに言った。


「分かりました。義姉さんは無事ですね」


クラウディアが横から叫んだ。


「全然無事よ。私のことは気にしないで頑張って。ちがう、無理しないで。命大事に」


「――わかりました。義姉さんも」


その時、二人は階段を降り切って、屋外に飛び出した。

青い空が目にやたらと痛々しい。


フェリクスはギルベルトに指示を出しながら、クラウディアの腕をつかんで庭を駆け抜ける。


「クラウディアさん、ひとまず一般棟に逃げ込むよ。あそこは警備もあるし、校門への近道だ」


フェリクスが叫んだ時、生垣の影にアンネマリーが見えた。

まだアメルン伯爵を探しているのか、あたりを焦ったように見まわしている。

火竜が立てる物音にも気づいていないらしい。


フェリクスは一気に顔色を失い、ひゅっと息をのんだ。


「アン、逃げなさい馬鹿――」


クラウディアの叫びにきょとんとしたアンネマリーが、建物から壁を壊しながら現れた火竜を見て、盛大に顔をひきつらせた。


「何事ですか……え、夢……?」


その時火竜は、アンネマリーに向かって火を撒き散らした。


とっさに何事か叫んだフェリクスとクラウディアだったが、アンネマリーに到達する前に、アンネマリーの姿が掻き消えた。


体格の良い騎士がアンネマリーをひょいっと抱えて避難したのである。同時に、一般棟の屋上から放たれた大量の矢が火竜の背中に刺さる。

すぐに、火竜は運動場から駆け付けた騎士たちに囲まれた。


「何故現れたのかは知りませんが、その竜は愚か者でしょう」


通信機から、ギルベルトのつぶやきが漏れ聞こえた。


「国中から、精鋭の騎士たちが集まっているこの場所に出てくるなんて」


すぐに戦いが始まった。


***


大広間の舞踏会会場は、阿鼻叫喚となった。


ギルベルトは混乱を避けるためにあえて竜であることには触れずに、魔物の出現とだけ伝えたが、一般棟のすぐそばに魔物がいるという事実は、それでもハイソな紳士淑女の皆様には刺激が強すぎた。


あちこちで悲鳴や泣き声が飛び交い、大広間はごった返しの大騒ぎである。

走る人々に押されて軽食の机は倒れ、美しいチョコレートケーキは床の上で無残に崩れ、さらに踏みつぶされた。


「皆さま、大広間の西門から出てくださいまし―! 一度に廊下に押し寄せては、通れるものも通れませんわ。距離としては校門からさほど違いはございません。殿方は、けが人や子供を運ぶのに、協力してくださいまし―!」


アポロニアは侍従に混ざって避難誘導をしている。

それでも、舞踏会場の混乱は収まらない。


「ねー、コルネリア。魔物が出たんだってー。ここも危ないよ」

「ふーん、ふんふん、ふーん」


ヒルデベルトが内容の割にはのんびりとした口調で言う。

コルネリアはやはり鼻歌交じりに魔法陣を描いている。


ヒルデベルトはそっと、自分とコルネリアの周囲に結界を張る詠唱を始める。


その時、勝手口を通って大広間にフェリクスと、二人の少女が突入してきた。

フェリクスはヒルデベルトを見つけると、全速力で走ってきた。


「ヒルデさん、何しているんですか。魔物退治、手伝ってくださいよ」

「えー、こんなに騎士がうろうろしているなら、退治もすぐでしょ」

「まぁ、俺たちがここに来る頃には満身創痍になっていましたが――それでも火竜ですよ」

「火竜?」


ヒルデベルトは一瞬ぽかんとすると、やがて眼を見開いた。

先日読んだ、膨大な魔物の資料が脳内を駆け巡る。


「待って、何色?」

「色って……鱗は紫で、瞳は金色です」

「鱗が、紫……」


ヒルデベルトは次第に口元を引きつらせる。

最近になって魔物の生態をさらえておいて良かったと、心から思った。


「ヒルデさん、どうしたんです。確かに一応、もう倒す寸前ではありますよ」

「それがまずい」


ヒルデベルトがゆっくりと首を振る。


「紫の火竜は、自爆する」

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