第17話 騎士団合同演習会(2)

「……それで、クラウディアさんは何を勉強するために、騎士団合同演習会へいらっしゃったの」


咳ばらいをしながらアポロニアが問う。


「勉強? わたくしはただ……」


クラウディアは一瞬黙ると、何事もなかったかのようにすらすらと語りだした。


「こちらのアンネマリーが騎士様にあこがれているけれど、内気なもので、一人で行くのを恥ずかしがるのです。頼まれたので、仕方なくついてきましたの」

「何だ。そういうことでしたのね」


アンネマリーは察した。

アポロニアはクラウディアが勉強のために騎士団合同演習会に来たと思っているらしい。

ここで本当のことを言っても、信じてもらえるわけがない。

とはいえ、適当に何かの勉強のためと言えば、負けず嫌いのアポロニアはついて来てしまうだろう。


というわけで、クラウディアは軽やかにアンネマリーを言い訳に使ったのだ。


「それより、アポロニアさんは普段、こんなところにいらっしゃらないでしょう。どこへ行くのですか」


クラウディアの言葉に、アポロニアが頬に手を当てる。


「舞踏会場にでも、少し顔を出そうかしら」

「ああ、そこならお菓子ありますものね。演習会の舞踏会は大量の食事を用意しているから、遠慮せずにたくさん食べていいんですよ」

「やっぱり馬鹿にしていますのね!」

「まぁまぁ、アポロニア様。ディアお姉さまはちょっと黙りなさい」


アンネマリーがたしなめると、その言葉にアポロニアが目を丸くする。


「普段『お姉さま』って呼んでますの? ずいぶん仲がよろしいのね」


二人はそろって微妙な顔をした。


「……舞踏会、始まっちゃいますよ。早く行った方がいいのでは」

「そうですよ。みんなアポロニア様を待っています。お菓子もなくなっちゃいます」

「さっきから何なんですの!」


アポロニアはしばらくきぃきぃと言っていたが、やがて大広間の方向に消えていった。


***


《じゃあ、手分けしてネリを探すわよ》

《ディア姉さま、それより何ですか、さっきの言い訳は》

《仕方ないじゃない。ギルが……弟が毎年出てるのに、一度も顔を出さなかった合同演習会に、わたくしがいきなり来るとなれば、変に思われない言い訳が必要だわ》

《それでも、何ですか、あの「やれやれ仕方ないナー」みたいな雰囲気》

《違和感消したかっただけよ》

《嘘つけ。絶対自分の保身しか頭にないのよ、このお姉さまは》

《違うってもう》


クラウディアは咳払いをしてから言った。


《そんなことより、ネリ探しよ》


クラウディアはおもむろに髪をまとめて、クラッチバッグを開ける。

そして中から白の小さなボンネット、同じく襟元やネックレスが全部隠れるほどの大きな白の付け襟を取り出して装着した。


アンネマリーは察した。

シンプルな紺のドレスに、白い大きな襟、白の被り物、さらには白のクラッチバッグ。

一見したところでは、エプロンを脱いで丸めて持っているメイドに……見えなくもない。


《ちょっとお姉さま、ずるいです。何一人で変装しているんですか》

《変装ってほどじゃないわ。これ、けっこうぎりぎりなのよ。わたくしメイドの経験なんてないから、すぐにばれるだろうし》


クラウディアは頬に手を当てて嘆息した。


《わたくし、自分で言うのもなんだけれど、ここの優等生でしょ。変な動きをして、妙な噂が立ったら困るのよ。これなら何の意図もない、たまたまメイドに見える令嬢と言い張れる範囲だわ》

《私もやりたかった――! 誰より人の目を気にする私に、教えてくれてもよかったじゃないですか》

《今朝、準備しているときに思い付いたのよ》

《嘘だ嘘。今日からお姉さまは、『図書室の君』ではなく『図書室の保身』です》

《ええいうるさい。こんなこと話してる場合じゃないの。ネリを探すわよ》


クラウディアはまた咳払いをしてから言った。


《一週間、騎士団合同演習会の記録をあさってみた。だけれど、変態行為で出禁になった人間はいない。奴は巧妙に手口を隠している》


アンネマリーもハンドバックから地図を取り出して確かめる。


《ネリ姉さまは馬受けが大好き。大方、目立たない格好で馬舎を拠点にしながら、騎士たちの武闘を覗き見ているというところでしょう。となると、馬当番の丁稚である線が濃厚です》

《予定通り、馬舎を定期的に巡回。演習会場は見物人が多すぎて人に紛れてしまうから、騎士科棟の最上階から目視。他の棟も、騎士たちの更衣室として利用されている。念のために確認》


そして二人は頷き合うと、馬舎に駆け出していった。


***


結論から言えば、コルネリアが馬舎に出向くことはなかった。


無論コルネリアは大好きな馬を卑猥な目で見るために、馬舎も目的地の一つに入れていた。

だが、コルネリアは道中で、もっと素晴らしいものを見つけてしまったのである。


それは、ある廊下で騎士が引きずっている見世物用の魔物だった。

その騎士は、鼻歌を歌いながら、暴れる魔物を車輪付きの檻に入れて引きずっていた。


コルネリアがその様子を凝視していると、騎士は不思議そうな顔をして会釈すると、その場から離れた。

後に残ったのは、壁に掛けられた荘厳な火竜の絵であった。

そう、筋骨隆々の――


そのとき、コルネリアの脳天を激しく直撃する妄想、つまり萌えがあった――!





「コルネリア―」

「ふっふーん、るんるーん」


ヒルデベルトが囁くが、コルネリアの鼻歌は止まらない。


コルネリアは絵筆を忙しく床の上に走らせる。

染料はいつもの、その道三十年の掃除婦ですら匙を投げる「絶対落ちない染料」である。


「コルネリア、うんまぁ、僕も、この大広間のの装飾はつまんないと思う。もっと魔法的輝きがあるべきだよね。だから、君が描いた魔法陣を見れば、きっとみんな喜ぶよ」

「らんらんらー」


コルネリアは大広間で、床に座り込んで魔法陣を描く。

せっかく男爵が整えてくれた肌や衣装も、黒い染料がこびりついてしまっている。


ヒルデベルトはコルネリアの隣にしゃがみこんで、そっと囁く。


「でもね、コルネリア。ここ――舞踏会のど真ん中だよ」


流れる静かなワルツは、ぎこちなさを帯びている。


ヒルデベルトとコルネリアを遠巻きに取り囲むドレスの壁が、ひそひそ、ひそひそとささやく。

だが、あまりの異様さに誰も近寄れない。


飲み物を持った侍従たちが「お前が行け」と小突きあう。

だが、相手はファーナー家の掌中の珠と、アードルング侯爵家の次男。

報復があったら怖すぎる。


宮廷学校には、まず校門の前に一般棟がある。

その奥に騎士団が演習会を行っている運動場があり、隣から連なる形で、騎士科棟、魔法科棟などが並んでいる。


一般棟には豪奢な大広間があって、この演習会においては、騎士や淑女たちの交流のための舞踏会も同時進行で行われる。


コルネリアは、その大広間の中央に陣取って、床に魔法陣を描いていた――

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