第9話 災い

「災いに関する本を読んだのですよね。どんな内容だったの」


アンネマリーの言葉に、クラウディアは語りだした。


「大まかにしか覚えていないけれど。王都周辺に突然、強力な魔物が大量に出現したらしいわ。それに蹂躙されて、宮廷学校は崩壊。同時期に王都で大規模な暴動が起こって、王宮の機能はほとんど停止。そのせいでまた、各地の被害が増大。対処できたのが、今のアメルン伯爵――私たちの来世のお父様。その功績で、アメルン伯爵は侯爵に陞爵し、他貴族とアメルン家を取り持つために、お母様が――アポロニア様が嫁に出されたってことみたい」

「何ですか、それ。ほかに人はいなかったんですか」

「いなかったの。他の高位貴族の令嬢は、その災いでほとんど亡くなったということよ」

「なんてこと……」


重苦しい沈黙がしばらく続いた後、アンネマリーが口を開いた。


「私たち、小さなずれでも起こればお母様が助かると思っていたけれど、この場合本当にずれが起これば、最悪お母様が死にませんか」

「死ぬわね、なんであの時気づかなかったのかしら……」

「というか、このままだと、少なくとも私たちは死にますよね」

「死ぬわね、転生した時期から見て……」


また、全員で押し黙る。ようやくフェリクスが口を開いた。


「もしそれが本当なら、かなり、尋常じゃなく、まずい」

「そうですね……」

「そんな危険があるなら、まず国王に奏上したいところだけれど、こんなにも不確かな情報じゃ無理だ」

「まぁ、女二人が頭おかしくなったと言われれば、終わりですしね……」

「とりあえず、俺は信用のおける奴らに情報を共有して、対策を練るよ。いいですね」


フェリクスの言葉に、クラウディアが頭を下げた。


「お願いいたします。私達では、出来ることは限られていますから」


フェリクスはほっと息をついた。


「信用してくれて、ありがとう。また何か思いだしたら、すぐ教えてね」


そういうと、フェリクスは急ぎ足で応接室を出ていった。


アンネマリーとクラウディアはぼんやりとお互いを見る。


「アン、くやしいわ。殿方ならまだしも、女にできることなんて、茶会で情報交換することくらいだもの」

「せめて、戦闘に参加できないでしょうか。私たちは、古代魔術語が使えます」

「自己流の付け焼刃だけれどね。むしろ他の魔術師たちと連携が取れずに、お荷物になるわ」

「そうですね……」


二人は額を両手で覆って沈黙した。クラウディアがぽつりとつぶやいた。


「……せめて、わたくしがもっとあの本のことを思い出せたなら……」


アンネマリーが、口を開いた。


「……それです」

「え?」

「女にできることなんて、茶会で情報交換することくらいだって、お姉さまが言ったんですよ」


アンネマリーが、がばっと顔を上げる。


「ネリ姉さまに会いましょう。ネリ姉さまなら、ひょっとしたら他に何か知っているかもしれない。知らなくても、会話するうちにディア姉さまの記憶がはっきりするかも」

「……記憶がはっきりすれば、災厄に関する情報が増える。対策だってしやすくなる」


アンネマリーの言葉に呼応するように、クラウディアの目が輝きだす。


「そもそも、私達がそろえば黒魔術だってできたんですよ。きっと何か好機があります。言うじゃないですか、三人寄れば文殊の知恵って」


アンネマリーが力強くうなずいてみせる。

クラウディアはしばらく考えていたが、やがて首を振った。


「あの子、新聞なんて読む子じゃないわ」

「ネリ姉さまに、私たちを見つけてもらうのは無理、と。じゃあ、こちらから探すしかありません」

「国中の民を、一人一人当たるっていうの?」

「じゃあ、ネリ姉さまが引っ掛かるような罠を貼りましょう」

「あんな行動パターンが予測できない子に、どうやって罠を貼るのよ」


クラウディアが頭を抱えた。


「わたくしは殿方殿方ラブにほいほいつられたけれど、あの子が好きなのって殿方殿方ラブかどうかすら微妙じゃない」


アンネマリーはしばらく考えると、はっと頭を上げた。


「いいえ、ネリ姉さまが好きになるものには共通点があります」

「……え、何よそれ」


アンネマリーがびしっと指を立てた。


「ずばり、筋肉受けです! ネリお姉さまは、筋骨隆々のガタイの好い方が、女役に回るのが大好き。最終的に馬に走ったのも、馬の筋肉美にほれ込んだからこそ」

「……なるほど、筋肉受け」

「だから、筋骨隆々の騎士と馬を大量に集めて、まとめて一か所に置きましょう。ネリ姉さまならほいほいつられて来るはずです」

「一令嬢がどうやってそんなもの集めるのよ! 仮に集めたとしても、ネリがそれに気づくとは限らない……」


はっとしてクラウディアが考えに耽った。


「ディア姉さま?」

「集められないなら、誰かに集めさせればいい。気づかれないかもしれないなら、圧倒的に有名なものにして対抗すればいい」


クラウディアが手を打った。


「騎士団合同演習会があるじゃないの!」


騎士団合同演習会とは、全国の騎士団の精鋭が集って武術を競い合う大会である。

舞台は春休みで人のいない、宮廷学校の校舎だ。


宮廷学校はその日は特別に市民にも門戸を開くため、各地から騎士や見物人が集まり、王都はお祭り騒ぎになる。


「あれなら遠方の騎士も来るから馬も大量に集まるし、身分を問わず騎士好きな人間が来れるわ」

「ネリ姉さまがそんなもの逃すはずがない」

「おまけにね、騎士団合同演習会が開かれるのは一週間後よ」

「おあつらえ向きじゃないですか!」

「あとは、どうやって大量の観衆の中からネリを見つけ出すかよね……」


顎に指を当てたクラウディアに向かって、アンネマリーがにまりと顔いっぱいに笑う。


「ディア姉さま、さっきご自分で言ったじゃないですか。『行動パターンが予測できない子』だって」


――ネリは、ド変人だった。


「……推しているカップルを表現するために、ドレスを作ったこともあったわね。私たちが住む別邸中のカーテンを引きはいで、材料にして」

「とても着れる代物ではなかったけれど、昂る感情は伝わってきました。本邸のキッチンに忍び込んで、料理で表現したこともありましたね」

「凄絶にまずかったけれど、萌えだけは伝わってきたわ」


アンネマリーとクラウディアは勢いよく立ち上がった。


「つまり、一番の奇行をしている奴がネリお姉さまです!」


しばらく押し黙った後、クラウディアは呟いた。


「もし騎士用更衣室で覗きをした奴がいれば、それはネリ」


アンネマリーも力強くうなずいた。


「馬の肛門を見つめて顔を赤らめている奴がいれば、それはネリ姉さま」


アンネマリーとクラウディアは固く手を握り合った。


「勝てますよこの戦!」


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