第29話 ゼロから始まる共同生活の『決まりゴト』

「さては何? 貴方たち踊れないの?」


「ボースワドゥムに来る前に少し習って以来踊ってないです」


 もう2年もなる。お上りさんと言われないために、両親と師匠に一通り叩きこまれた。


 まぁ残念ながら披露する機会はなかったけど。もちろん意図的に避けていたというのもある。


「私も留学より潜入が目的だったから、一般人に溶け込めるようにって」


 悲しいかな。同じことを教わった筈なのに僕とアルナとでこんなにも違うなんて。


「じゃあ全く踊れないってわけじゃないのね。いいじゃない別に。気心を知れない仲じゃないんだし、練習だと思ってやってみなさい、ほら、二人とも向かい合って」


 グディーラさんに急かされ、俯いているアルナの手を取った。そして細い腰に腕を回し、身体を少し近づけて――ああ、もう! スッゴイ恥ずかしいなぁっ!


「二人とも恥ずかしがっているんじゃない! ミナト、もっとアルナを引き寄せて! アルナもミナトに身を預けて! もっと体を寄せなさいっ!」


「「そんなこといったって……」」


 既に息ぴったり。もう必要ないんじゃないか? これ……。


 お互い息遣いが聞こえるほどくっつくと、アルナからいい香りが漂ってきて……。


 やば……心臓が今にも破裂しそうだ。鼻血出そう。


「二人ともダンスに最も重要なのは、相手への思いやりと感謝の気持ちよ。それじゃあ始めるわよ!」


「あ、足を踏んじゃったらごめんね」


「べ、別に稽古なんだから、き、気にすること無いよ」


 心の準備もできないままだったので手拍子をされたところで、僕達のステップはがちがち。結局ダンスは散々。


 後方確認を忘れて壁にぶつかったり、アルナのスカートに引っ掛かったりして、危うく転ばせそうになる始末。僕もアルナからも足を砕かれそうになって。


 それでも何とかダンスを続けること1時間後――。


「アナタたちってほんと初々しいって言うか。全然駄目ね。技術面テクニックはしょうがないけど。もっと感情を曝け出して、情熱的パッショナブル優雅エレガントに踊れないの?」


 そんな滅茶苦茶な。情熱パッショナブルさも優雅エレガントさも技術テクニックがあってこそのものじゃないか?


「ごめんね。ミナト……何度も貴方の足を」


「僕こそゴメン。下手くそでアルナをちゃんとリードできなくて」


 限界だ。2時間足らずだというのに、もう指一本動かせない。


 二人して疲れ切ってその場にへたり込んでいる。幸い足の指骨は無事だ。


「もう、しょうがない子達ね」


 僕等は床に張り付いたように動けずにいるとグディーラさんが額に手を当て重い溜息をついた。


「あなた達。これから5日間、同じ部屋に住みなさい」


「「えぇっ!?」」


 グディーラさんはさらりととんでもないことを口にした。この前と話が全然違う。マズイマズイマスイ! それはマズイって!!


「ちょっと待ってくださいっ! だってグディーラさん、この前は私達に一緒の部屋にいちゃいけないって言ったじゃないですかっ!?」


 うん、アルナの言う通りだ。


「流石に私も荒療治だって自覚はあるわ。でも今回ばかりは時間がないの。作戦には二人の信頼関係が重要になってくる。それは理解できるわよね?」


 う~ん、でもそれズルくないか? あぁもう真面にアルナの顔見れないよ……。


「場所はアルナの部屋でいいわね。アルナの部屋の方が広いし、家事は二人で協力してやるのよ」


「「はぁ……」」


「あなた達って傍にいたり、離れたりだったみたいだから。きっとお互いの嫌な部分が見えてきて、多分喧嘩すると思うわ。せめてそのくらいは絆を深めて貰わないとね」


 喧嘩しろと言ったり絆を深めろと言ったり、どっちだよ。


「今日はこれくらいにしましょうか? ミナトの荷物運ばないといけないしね。じゃあ二人とも仲良くね」


 ふとアルナと目が合った。駄目だっ! やっぱり恥ずかしすぎて直視できない!


「あぁそれとミナト。一応忠告しておくけど」


「は、はいっ!」


「もしアルナに手を出したら……分かっているわね?」


「……はい」


 う、わぁ……ぉ。



 鍛錬初日を終了したその日。


 僕等は修行についていけるのかというモヤモヤ。


 それと一緒に暮らすというもんもんとした気持ちを抱えて帰ることになった。


 だけど、まさかグディーラさんが話していたことが、現実になるなんて……。


 それは必要なものをアルナの部屋へと運びを終え、食材を買いに市場へ一緒に出かけた時のこと。


 最初こそ身悶えそうだったし不安もあったよ。けど少しの時間だけどアルナとの共同生活に、自分は正直浮かれていたんだ。


 アルナも「食べたいものある?」なんて聴いてきたりして、手を繋いだりなんかして……は、鼻の下なんて伸ばしてないって。


 も、もちろんこれも修練だって分かっているよ!?


 だけど至福の一時は文字通り束の間。教会の傍を通り過ぎようとすると突如終わりを告げた。


「あっ! ミナトさん。こんばん――はぁ!?」


 僕達はばったりと門扉を占めるセイネさんと鉢合わせた。


「あ、セイネさん。こんばんはっぅ!!」


 アルナは不意に折れるんじゃないかってぐらい握ってくる。なに? どうしたの? イタタ……。


「あら? そちらの方はもしかして?」


「え、ええ、しょ、紹介します。この子が以前話していたアルナ。アルナ、この人がセイネさん。一度話したことがあったよね? ほら、教会の」


「……うん」


 いつもの人見知りかな。すごい警戒している。


アルナさん。ミナトさんのの修道女セイネと言います。よろしくお願いしますね」


 多分セイネさんは穏やかに? 微笑んで握手を求めているんだけど、アルナはなぜかもの凄く不機嫌そう。


 本能的な衝動というか。もうなんだか僕は一刻も早く逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。


 でもアルナは腕にしがみついて離そうとしてくれない――というか痛い。それに何だか締め付ける力が強くなる度に空気が重くなっていくような。


 とりあえずアルナも笑顔で応えてくれた。でも二人とも顔引きつっていない?


「こちらこそよろしく、ミナトののアルナです。かねがね、ミナトと仲良くしてくださってありがとう」


「そうですね、させて頂いていますよ。ミナトさんがどういう話をしているのかは聴かないでおきますけど?」


「私もどういう風にしているのかは聞かないでおくね?」


 彼女達の背後にまるで羽蛇神ケェツァルコアトル大鵬鳥ロックちょうにらみ合う姿が見える。ってどんな光景だ? それ?


 でもとにかく今は怪獣大戦争の如き雰囲気に押しつぶされそう……帰りたい。




 アルナとセイネさんの初対面を終え帰宅。それからお互い無言のまま食事を作り、美味しそうな料理を円卓に並べ、さぁ食べよう――としたんだけど。


「ねぇ、アルナ、何で怒っているの?」


「……怒ってなんかいない」


 声を荒らげて、口を結んで、そっぽを向いて、いやもう絶対怒っているでしょ?


 泣いているよりかはよっぽど良いけど……どうしてかな? 修行の後で疲れているせいかな? 少し息が詰まりそう。


「ミナトって女の人の知り合い多かったんだね」

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