第22話 『乙女心』が分からなくて、他にお困りの方はいませんか?

 一度は安堵したものの、レオンボさんが露骨に顔をひそめるのが見えて不安がよぎった。


「おい! どうしたっ! なんかあったのかっ!?」


「こりゃぁ参った。すまん。取り逃がした」


 聴いてみると、地下水路は迷路のように入り組んでいるらしい。なので降りたら最後、図面でもないと脱出は困難とのことだった。


「じゃあ、どうすんだよ。おっさん」


「そう急くな。役所に行って地図を貰ってくるからよ。あと、少し引っ掛かることがある」


「なんだよ? それ」


「……んいや、こっちの話だ。とにかく今日のところは一度戻るか。あと嬢ちゃんにもちょいと尋ねてぇこともある。付いてきてくれるか?」




 ともあれ、今後の対策と報告を兼ね、僕等は協会へ――。


 着いた頃には既に深夜を回っていた。


 けど協会は煌々と明かりが灯っていて、まだ中では【霊気ラジオ】から流れるジャズに包まれ、グディーラさんが待っていてくれた。


「みなさんお帰りなさい。ご苦労様でした。ずいぶんと大変だったみたいですね」


「おうっ! まぁな、結局ホシには逃げられちまったよ」


「そうですか。予想の範疇ではありましたけど……ミナトもおつかれ。あら? 貴女……ひょっとしてアルナ?」


 グディーラさんが僕の後ろにいたアルナの存在に気付く。


 なんだか心なしか憂いている? いまいち読み取れないけど。


「お疲れ様ですグディーラさん。えっとアルナ、覚えている? こちらはお世話になっている支部長のグディーラさんだよ」


「久しぶりね。元気していた?」


「……はい」


 何故かアルナはグディーラさんへ露骨に怪訝そうな顔をしている。


「あぁこれ……まだ気になる?」


「……いえ、別に」


 という割にアルナは表情を崩さない。


 ただ不信感を抱いているわけじゃないみたいだ。


「ただ理由が分かっていても、素顔を見せない人を何も疑わないなんて、すぐには無理です」


「それもそうよね。警戒されても仕方がないか」


 グディーラさんの仮面は傷を隠すためのものだけど、知らない人からしたら不信に思うのが普通。少し配慮が足りなかったかも。


「でもアルナ、グディーラさんは悪い人じゃないよ?」


 本当にグディーラさんは良い人。みんなに親切だし。町のみんなからも慕われている。


「……ごめんなさいミナト。私、今までずっとそういう人達に囲まれていたから。すぐに信じるなんて……」


 視線を逸らし、アルナは哀しげな顔色を浮かべる。


 油断したら即刻死に繋がる世界にいたから多分、彼女は怖いのかもしれない。


 きっと裏社会ってそういうものなんだ。


 不意にパンッとグディーラさんが手を打ったことで、場の沈んだ空気が掻き消される。


「二人とも話はそれくらいにしましょ? それよりも二人ともずぶ濡れじゃない? そのままだと風邪を引いてしまうわ。着替えを用意するから、シャワーを浴びてきなさい」


「えっ!? いいんですかっ!?」


 シャワーという単語を聞いた途端、アルナは怪訝な表情から一転。無邪気に目を輝かせた。


 女の子ってわっかんないなぁ。



 シャワーを浴びて戻ると、グディーラさんがココアを淹れてくれた。


 でもレオンボさんとハウアさんの姿は無い、なんでも仮眠室で睡眠をとっているとのこと。


 じゃあ話は二人が起きた後ってことか。


「さぁ、冷めないうちに召し上がれ」


「ありがとうございます。グディーラさん」


 一口に含むと、程よい甘さと苦さが口いっぱいに広がり、喉へ流し込む度に温かさが全身に染み渡るぅ~。


 戦いに昼食を抜いていたから余計だ。


 ふと隣に座っていたアルナが気になってちらっと見たら、俯いたままで、カップに一口も付けてない。一体どうしたんだ?


 それにしたって目のやり場に困る。


 アルナはナイトガウンを羽織って、生乾きの髪が妙に色っぽい。


 おまけにガウン越しに煌くあれだ。彼女の太ももに《心臓喰らい》を細切れにした鞭のような薄刃が巻きついているのが妖しすぎる。


 でも、なるほどスカートの中へと消えた理由はそういうことだったんだ。


「あら、ココアはお気に召さなかったかしら?」


「アルナ、美味しいよ? 早くの飲まないと冷めちゃうよ?」


「……ミナトは素顔を見せない人の得体の知れないものをよく飲めるね」


「そんなぁ……さっきも話したけどグディーラさんは良い人だよ?」


「ミナトは知らないんだよ。親切にする人ほど、計算高かったり、必ず裏があったりするんだから、注意を払っていないと駄目なんだから」


「う、うん……」


 う~ん、やっぱりアルナは猜疑心が強いように思うけど、どうなんだろう?


  多分まだ何だかんだ覆面のグディーラさんを警戒しているんだ。


 僕には想像することしか出来ないけど、アルナはずっと暗殺という血生臭い世界で生きてきた。


 そのことを考えれば、なかなか他人へ心を許せないのも仕方がないのかもしれない。


「そうね。アルナの言う通りかもしれないわね。けど表の社会では他人の好意は素直に受け取った方が身の為よ。お嬢様」


 グディーラさんの言葉が、アルナには癇に障ったみたい。不愉快そうにムッとして――。


「……そうですか。分かりました!」


 煽るようにココアを飲み干し、テーブルに空のカップを叩きつける。


「これでいいですかっ!」


 熱くなかったのかな……?


「はい、お粗末様。二人から大体話を聴いたけど、大変だったみたいね」


「ええ、《心臓喰らい》の大軍を相手にしてましたからね」


「本当にご苦労さま。あら? ミナト、貴方の右手怪我しているじゃない。ちょっとこっちに来なさい、手当てしてあげるわ」


 ふとグディーラさんに手を握られ、心臓が跳ね上がった。


「い、いえ、大丈夫です。もう傷口は塞がりましたからっ!」


 もちろんそんなことはない。シャワーの時沁みて結構痛かった。


 家族や知人以外の大人の女性に触られるなんて、初めてだから正直照れくさい。


 まして義姉ねえさんぐらいの歳の人になんて……。


「嘘いいなさい! 消毒しないと化膿してしまうわ! いいからこっちへ来なさい!」


 流石に見え透いていた。あっさりと見破られて腕を掴まれた途端、激痛が全身を襲う。


「痛っ!」


「ほらみなさい! やっぱり……医療道具を持ってくるから大人しく――」


 アルナは突然、テーブルをばんっと手を叩きつけ床を蹴った。


「ミナトの治療は私がしますっ! 私が怪我をさせてしまったんですからっ!」


 尻尾の周りに、稲妻が迸るほど感情を露にするアルナ。どうして?


「あらそう? わかったわ。じゃあ用意するから、アルナ、頼めるかしら?」


 お願いね、と言い残してグディーラさんは部屋を後にする。


 口元は笑ってはいたけど……機嫌悪くしてないかなぁ。むしろ腹を立てているのは――。


「アルナ。なんか怒っている?」


「……別に怒っていない」


 そうかなぁ。貧乏ゆすりして苛ついているようだけど……。


 多分、僕が何か癇に障るようなことをしたんだ。でも思い当たる節が無い。


 ようやくアルナと仲直りできたのに、一難去ってまた一難。


「ミナト、手……見せて」


「え! あ、う、うん」

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