第21話 全てが終わったあと、君が『泣』いた理由

 瞳から溢れる涙が証拠だ。


 友達を手に掛けなければならないという一族の掟。


 そしてもう人殺しをしたくないという感情との狭間で苛まれているんだ。


「ずるい。ずるいよ……そんな言い方されたら、もう私はこうするしか……」


 突然、彼女は自らの首元に飛刀を突き立て、そして……。


「だめだっ! アルナっ!」


 手が血で染まる――。


 痛――っ! 鋭利な飛刀の剥き出し刃が互いの肉を斬り裂いて、激痛が脳天を抜ける。


 危なかった。


 僅かに首を掠めたけど、飛刀を掴んで逆に押し倒し、間一髪止めることが出来た。


「言ったよね。もう君に誰も殺させないって、それは君自身でさえも」


 まさか自殺しようとするなんて。我を通す余り、追い詰めてしまった僕の責任だ。


 有角種特有のアルナの蒼血と、僕から流れだす紅血とが絡み合い彼女の腕を伝っていく。


 次第に混じり融けあった血は手から零れ落ち、彼女の頬を紫に染めていった。


「……じゃあ、私どうすればいいの……どうすれば……」


 もうアルナが限界だ。このままだとアルナの心は壊れてしまう。


 そうなってしまう前にどうにかしないと。


 いったい何のために守護契約士になったんだ!


「――大丈夫」


 顔をくしゃくしゃにして咽び泣くアルナをそっと抱き寄せる。


「君を護るよ。君を悲しませる、苦しませる全てのものから。僕は君の……友達なんだから」


 一つ気付いたことがある。


 もちろん少し自覚はあったけど、自分が思っている以上に僕はヘタレみたいだ。


 好きだって伝えるべきところを、土壇場で友達という言葉で濁してしまった。


「アルナ。もう喧嘩は終わりにしよう」


「喧嘩?」


「あぁ、そうだよ。友達同士なら誰もがする普通のね。ただ頭に『大』が付く大喧嘩だけど……だから最後は仲直りをしよう」


 ちょっと壮絶だったけど、争っていたのは間違いない。


「私……ごめんなさい。友達が出来たの、ミナトが初めてで、どうすればいいのか分からないの……」


 師匠せんせいが言っていた。


 ひたすら謝り倒すのはやめろって。浮気を言い訳するみたいだから、ぶっ殺したくなるとか。


 仲直りしたいなら己の責を認めて、そこを今後どう変えていくのかを言えって。


「簡単だよ。お互いに『ごめんなさい』をするんだ。そして自身の悪かったところ認めて、どんなことを想っていて、これからどうしたいのか話すんだ」


 アルナに対して抱いている感情。そして考えていることを、ありのまま言葉にする。


「ごめんね。アルナ。君のことを何も知らなかった。そのくせ適当なことばかり言って、ずっと苦しめていたんだね。そのことに気付いたとき、胸が痛かった」


「……私も同じ。ほんとうに今までずっと張り裂けそうだった。騙していて、黙っていてごめんなさい」


 血だらけの僕の手を握りしめ、アルナの瞳から素直で切実な願いが零れ落ちた。


「貴方を消そうと……こんなに傷つけて……本当にごめんなさい……お願い、嫌いにならないで……」


 伝ってきた涙が傷口と心に染みる。


「嫌いになんてならなよ。むしろ感謝しているんだ」


 吸血種への復讐と、守護契約士への憧れに支配されていた人生。


「君と出会ったことで、絶望感しかなかった人生で、こんな日々がいつまでも続いて欲しいって思うことが出来たん」


 口にすると恥ずかしいものだけど、その中で彼女の存在は安らぎなんだ。


「だから……決めたんだ。君の為に、君を縛る一族の掟と戦うって」


「そんなの駄目だよ……今度こそ殺されちゃう……」


「たとえ……どんなに相手が強くても、暗殺の一族だとしても諦めない。それでも僕は君を護りたい」


「おうっ! 俺様もいることだしなっ!」


 ん? 聞き覚えがある声? 


 なんだか背中がぞわっとして僕等はおずおずと振り返る。


「よっ! お疲れさん!」


「は、ハウアさん!? いいいいいったいいつからそこにっ!?」


「そうだなぁ……お前が嬢ちゃんに押し倒されている辺りからか?」


「結構最初の方からじゃないかっ!」


「それにしても……いいねぇ思春期ってのは、ずぶ濡れの身体で迫られて羨ましいぜ」


 ハウアさんの指先に吸い寄せられるように視線が落ちる。


 雨露の滴るおくれ毛の隙間から覗かせるうなじ


 それに湿った服の上からコルセットが透けて、アルナの白くてきれいな肌が――思わず生唾を呑む。


 己の耳で聴き取れるぐらいの凄い音。


 喉を鳴った矢先アルナにばっと手で覆い隠されてしまい――一言。


「ミナトのえっち」


 アルナに罵られた。


「そ、そんなつもりじゃ!」


 ほんとにいやらしい目で見るつもりは無かったんだ。


 本当だよ? まぁ、自分でも分かるくらい顔が赤くなってれば弁解の言葉なんてないよね。


 ただ、怪訝な眼差しで離れていくアルナに釈明の余地もないのも確かだけど。


「くくくっ……おまえら最高っ!」


「何が可笑しいんだよっ!」


「まぁそう興奮すんなって、これでも俺様は心配してたんだぞ? ガリ勉で評判のミナトが、ちゃんと『オス』なんだって安心したぜ」


 そっち? 心配って? 僕の身ではなくて?


 せめて〈雄〉じゃなくて〈男〉って言ってよ。


 まるで性欲の権化みたいに聞こえるじゃないか。


「とにかくだ。ヴェンツェルの野郎逃げやがったぞ」


「はぁっ!?」「えぇっ!?」


 アルナと揃って思わず声を上げた。


「無駄だ! 嬢ちゃん。少し落ち着け」


 即座に飛び起きたアルナをハウアさんが引き留める。


「屋敷には地下道があったみてぇでよ。そこから逃亡したらしい」


 ハウアさんの忠告を無視して、追おうとするアルナの手を掴む。


「駄目だアルナ。行かせない。もう君に誰も殺させないって言ったじゃないか」


「……ごめんなさい。やっぱりそういう訳にはいかないよ。だって《屍鬼シィグヮイ》――ミナト達の言う《心臓喰らい》は、近くにいた通行人の心臓を奪っていったから」


 あまりの数に10体ほど取り逃がしてしまったと、俯きながらアルナは語る。


 彼女の話によれば、もう既に13個以上の心臓がヴェンツェルの手中に収まっているという。


 大量の《心臓喰らい》は、暗殺者である自分の足止めと、心臓の回収が目的。


 あわよくば、こそこそ嗅ぎまわっていた僕達を一掃できるという算段だったはずだと。


 もしかしたら程度には予想していたけど、願わくば外れて欲しかった。


「分かったアルナ。だけど一人で抱え込まないで。君には僕がいる。口は悪いけどハウアさんだって、レオンボさんだっているよ」


 ヴェンツェルの計画を阻止するためにはアルナ自身が秘めている〈何か〉がいる。ハウアさんが物言いたげにしていたけど無視した。


「君の力になりたいんだ。みんなでヴェンツェルを捕まえよう。だから君が知っていることを教えてくれないか」

「ごめんなさい。私、また……」


「お前等乳繰り合うのは後にしろ。ちょっと今はおっさんの様子が気になる」


 レオンボさんはヴェンツェルを追い、地下の水路へと潜ったらしい。


 気まずくされた空気の中、ふと屋敷から出て来るレオンボさんの健在な姿が見えた。


「よ、良かった。無事で……でもなんか様子が変」


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