第7話「わたし、勝ったわ!」
それから、どういう話になったのか、今度はトランプゲームをすることになった。
今度は運で勝負するゲームにしようと、ポーカーをすることになった。
ライリーの副官であるベンに親役をやってもらい、手札を配ってもらう。
さすがに金銭を賭けるのはよくないので、買った方が負けた方のお願いを聞く、ということになった。
揃ったカードを見つめ、カードを交換する。
そしてお互いにカードを見せ合う。
「ツーペアです」
「こちらはワンペアだ」
ライリーの手札を見て、キャロルは思わず傍に控えていたエフィを見た。
「エフィ、見た? わたし、勝ったわ!」
「ええ、確かに拝見いたしました。おめでとうございます、姫様!」
「ええ! ツーペアが揃ったのなんて初めてよ!」
はしゃぐキャロルたちをよそに、ライリーたちは微妙な雰囲気だった。
「……本当にワンペアですか?」
「ああ……なにも細工はしていない。正直、私も驚いている……」
「あの殿下がワンペア……こんなこと、あるんですね……」
キャロルはライリーとベンの会話を聞いて首を傾げた。
「どうかされました?」
「いや……私もワンペアになるのは初めてで、少し驚いただけだ。これもキャロルと一緒にいる効果かな」
「ワンペアが初めて?」
きょとんとするキャロルに、ベンが控えめに答えた。
「殿下はフルハウス以下の役をとったことがないんです」
「フルハウス以下をとったことがない……?」
呆然とライリーを見ると、彼は苦笑しながら頷いた。
さすがは強運の持ち主、といったところだろうか。それにしても強すぎなような気もするが。
ちなみに、キャロルは今までワンペア以上をとったことがない。だいたいはハイカードで、役が揃うこと自体があまりない。
あまりの衝撃的な事実に放心していたせいか、ベンの言ったことを信じていないと勘違いしたライリーが言う。
「証拠を見せようか? ベン、相手を頼む」
「わかりました」
「エフィ、ベンの代わりに親を」
「かしこまりました」
キャロルを置いて次の対戦が始まり、再び手札が配られ、ライリーとベンがそれぞれカードを交換し、手札を見せ合うと、信じられないことが起こった。
「えっ……? スペードのロイヤルストレートフラッシュ……?」
ライリーの手札は最強の役が揃っていたのだ。
対するベンはダイヤのフラッシュだった。
「やっぱり殿下には敵いませんねぇ」
「キャロルが相手ではないとやはりこうなるか」
ため息混じりに言ったベンに対し、ライリーは腕を組んで難しい顔をした。最強の役が揃ったことに対してなにも感慨はないようだ。
「……ライリーはいつもこんな役が揃うのですか?」
「まあ、大抵は。悪くてフルハウス、多いのはストレートフラッシュだな」
ここまで来ると、ライリーの強運が末恐ろしく感じる。ツーペアで喜んだキャロルとはまったく違う。
「……不気味か?」
「え?」
突然の質問にキャロルは首を傾げる。
いったいどういう意味だろう。
「まるでイカサマをしているみたいだろう? こんなに強い役が出続けるのだから、そう思われても仕方ない」
自嘲するように言ったライリーに、キャロルは近づき、思わずその手を重ねた。
「不気味なんてそんなこと……それをおっしゃるのなら、わたしだって十分に不気味な存在です。こんな毎日不運続きな娘なんて呪われていると言われても仕方ないでしょう」
「キャロル、それは……」
否定しようとしたライリーにキャロルは首を振る。
「同じことです。わたしもあなたも、人とは少し違うだけ。わたしは卑屈ですけれど、自己否定だけはしないように心がけております。他人に否定され、自分まで否定したら心が休まるときがありませんもの。ですから、ライリーも自分を否定しないであげてください」
一気にそう言ったあと、偉そうなことを言ってしまったと反省し、小さな声で「偉そうなことを言って申し訳ありません……」と謝った。
「キャロルが謝る必要はない。……確かにあなたの言う通りだ。自己否定はよくないな」
うん、とライリーは頷いたあと、もう片方の手をキャロルの手に重ねる。
「ありがとう」
優しく微笑んだライリーの顔がまともに見られなくて、キャロルはそっと視線を逸らして頷いた。
……まただ。またあの感覚がする。
顔が熱くてたまらない。
「殿下、そろそろお時間では?」
助け舟のようにベンがライリーにそう声をかけ、ライリーの手が離れる。
そのことにほっとしたのと、少し残念なような気持ちが一緒に湧き起こり、戸惑った。
「もうそんな時間か。すまない、キャロル。このあとアルフィ殿との約束があるんだ」
申し訳なさそうに言ったライリーにキャロルは首を横に振り、にこりと微笑む。
「わたしのことはどうかお気にせず。今までお付き合いいただき、ありがとうございました」
「うん、こちらこそありがとう。またチェスをしよう」
はい、と頷くのを見てライリーは部屋から出ていく。それをキャロルは笑顔で見送り、ふと気づく。
いつもライリーと行動を共にしているベンがなぜか部屋に残っているのだ。
「あの……ベン様は……」
「ベンとお呼びください、キャロル姫。私はそんなたいした身分ではありませんので」
「では、ベン。わたしになにかご用ですか?」
「用というほどではないのですが……キャロル姫にはお礼を言わねばと思いまして」
「お礼……ですか?」
ベンにお礼を言われるようなことをしただろうかと、キャロルは首を傾げる。
そんなキャロルに、ベンは生真面目に答えた。
「はい。ライリー殿下のことです」
「ライリーの?」
なおさら理由がわからない。
戸惑うキャロルにベンはにこりと笑う。
「殿下に対するあなたの言動で、殿下はずいぶんと救われていると思います。ですので、お礼を。殿下に優しくしてくださり、ありがとうございます。あなたのような方が殿下の婚約者であることに、心から嬉しく思います」
なんのことだろうかとキャロルは困惑したが、一つだけわかったことがある。
「あなたはライリーのことをとても慕っていらっしゃるのね」
「ええ、まあ。殿下には振り回されてばかりですが、それ以上の恩があります。それに殿下は……」
ベンはなにかを言いかけ、口を噤んだ。
どうしたのかとキャロルが声をかける前にベンは敬礼をする。
「──いえ、なんでもありません。そろそろ殿下のあとを追いますので、私はこれで失礼いたします」
そう言ってベンは足早に部屋を去っていく。
(彼……なにを言いかけたのかしら)
ベンの言おうとしたことがなんなのか、とても気になる。ライリーに関することなのは間違いないのだろう。
なにげなく窓の外を見ると、快晴だった。
そういえば、ライリーが来てから雨になったことがない。
偶然なのだろうか、それとも……。
(……いいえ。ただの偶然だわ。運で天候まで操れるわけがないもの……)
しかし、もしもそれが可能だとしたら、それはきっととても〝悲しい〟ことだ。少なくとも、キャロルはそう思う。
もしかしたら、不意に見せるライリーの危うい表情は、ライリーの持つ強運が由来するものなのかもしれない。
キャロルは不運ではあるが、幸せだ。同じように、ライリーは強運だけれど幸せではないのかもしれない。
もしキャロルのこの考えが合っているのなら、似た境遇であるキャロルになにかできないだろうか。
そんなふうに考えた自分に笑ってしまう。
ほんの少し前のキャロルなら、そんなこと考えもしなかっただろう。仮に考えたとしても、不運な自分になにかできるはずがないと早々に諦めたはずだ。
キャロルの考え方を変えてくれたのはライリーだ。だからこそ、彼のためにできることがあるのならなにかしたいと、心から思った。
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