最後の花火3 カフェシーサイド

帆尊歩

第1話 最後の花火3 カフェシーサイド

店の後ろにある柵が、ほぼ砂に埋もれている。

柵は二メートルくらいあるから、砂の波は二メートルあると言うことか。

昔、砂の女という話があった。

砂を掻かないと、家が砂で埋もれてしまう。

だから毎日砂を掻き、それだけで生きている人達を描いている。

まあそこまではいかないけれど、三メートルの高床のお店も砂に埋もれてしまうかもしれない。

砂掻き専用に、このカフェシーサイド「柊」に雇われているのも仕方がないのか。

とは言え。

あーもうヤダ。

僕はスコップを放りだし、万感力尽きて砂の上に寝転んだ。

季節は完全にシーズンオフ、綺麗な砂浜だけれど誰もいない。

なのになぜこのカフェは開けてる。

十人中九人はここを海の家と思って疑わない。

「こんにちは」と僕は声を掛けられて起き上がった。

そこには儚い笑顔で、香澄さんが立っていた。

「ああ、こんにちは」

「この間は、ありがとう」

「いえ。僕はお役に立てなくて」

「とんでもない、あんなに素敵な花火初めてよ。今日は、遙さんは」

「ああ、上にいますよ。でも今行くとコーヒーの試飲させられますよ。なんかよく分からないけれど、ブレンドの研究中らしいので。おなかがぶがぶになって良いなら、どうぞ」

「ありがとう」と言って。香澄さんは。素敵な笑顔と言いたいところだが、幸薄そうに笑った。

香澄さんはこの間の花火大会の日、もう少しで男の人と行き違いになりそうになった人だ。

遙さんの機転と、僕の努力で花火大会の花火が最後にならずに済んだ。


香澄さんが階段を上がって店に入った。

そしてまた僕は砂と悪戦苦闘をして、もう心が折れかかったとき、高校生くらいの女の子が一人で店に上がっていった。

程なくして心が折れた僕はスコップを放り投げて、店に上がっていった。

すると香澄さんと、さっきの女の子が窓際で向き合っている。

ああ、知り合いだったのかと思って店に入ろうとしたら、遙さんが物凄い形相で僕をにらみつけて顎でしゃくった。

裏から入って来いという事みたいだ。

僕は裏から入って、カウンターにいる遙さんの横にきた。

遙さんは僕などいないかのように、窓際の二人を見ている。


「単刀直入に言います。父と別れてください」女の子は頭を下げた。

香澄さんは引きつったというより、全身硬直したように微動だにしない。

「香澄さんに非がないことは承知の上です。これは母もそう思っています」

「あの」やっとの事で香澄さんの口から出た言葉だった。

「この間の花火大会の日、香澄さんは父から離れようとしてくれた。それを無理矢理引き留めたのが父だと言うことも分かっているんです。でも父と別れてください。お願いします」

遙さんがカウンターの下で二人を指さした。

そしてカウンターの上にコーヒーが出来ていた。

僕ですか?と言う意味で、自分を指差した。

遙さんは頷いて、顎で二人を指した。

仕方なく僕はコーヒーを二人のところに持って行く。

「母は病弱で、父なしでは生きていかれないんです。父に負担を掛けている事は母も分かっているので。あなたの事に対して、母は何も言わない、いえ言えないんです」

「私も・・・」香澄さん、そこその続きは言わなきゃだめだ、と僕は思った。

でも香澄さんはその先が言えない。

「そもそもあんな人のどこが良いんですか、髪の毛は少ないし、身長低いし」

「でも優しいですよね。私、あんな優しい人に出会ったことがない」幸薄そうな香澄さんが言うと説得力がありすぎだ。

「でも、足はくさいし、口も臭い。休みの日は家でゴロゴロしているし、加齢臭はするし、歯ぎしりするし、脱いだ物はそのままだし、親父ギャグしか言わないし、テレビの前に座ったら動かないし、テレビ見てすぐ泣くし、テレビに突っ込んで、犯人に本気で怒るし」

女の子は言いながら泣き声になり、たまにしゃくり上げながら、涙をポロポロこぼしながら、必死になってお父さんの悪いとこを言っていく。


「トイレの便座は閉めないし、鼻毛を出しているし、寝癖のまま会社に行くし、酔って帰って来ると玄関で寝ちゃうし、お風呂は入らないし、汚いったらありゃしない」もうその頃は泣くのがこらえられなくて、聞き取れない位だった。

香澄さんは、黙って立ち上がると、女の子の後ろに回って、女の子を後ろから抱きしめた。そして後ろから小さく、

「ごめんね」と言った。

そして一粒涙をこぼした。


女の子がいなくなっても、香澄さんはその場を動かず、じっと窓の外を見ていた。

海には段々日が沈み、外は暗くなっていった。

それでも香澄さんはじっとそんな海を見つめていた。

遙さんは。遙特性、ロイヤルミルクティーを香澄さんに持っていった。

「お店から、サービスです」

「ありがとうございます」小さく香澄さんは言うと、

香澄さんは一言つぶやいた。


「やっぱり、あれが最後の花火だったのね」


カフェシーサイド「柊」にはそれからも静かな時間が過ぎていった。

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最後の花火3 カフェシーサイド 帆尊歩 @hosonayumu

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