第二十三話 レックス宝石店(1)
レックス宝石店は教会のような厳かな雰囲気だった。
広々とした空間は煌びやかでありながら落ち着きがあり、気品と優雅さを感じさせるまさに高級店と言った様子だ。
「品の並びが違うぞ」
そんな店内には鋭い声が飛んでいた。
「新作を店の後ろに置いてどうする? 入り口から目立つ場所に並べるんだ……ああ、例の発注の件はどうなっている?」
店の中心で、キビキビと指示を出す一人の男性。しかし怒号のような騒がしさはなく、優雅で余裕すらある落ち着きの貫禄は仕事の出来るオーラが見えてきそう。まさにこの店の店主の風格だ。
「おや、いらっしゃいませ。当店へようこそ」
この店の店主、レックスさん。
彼は店内に足を踏み入れた私達に気づき、丁寧なお辞儀で迎え入れてくれた。
「騎士団のお方ですね。どういったご用件でしょうか?」
レックスさんが、ウィルへと話を伺う。
騎士団の外套を纏った人間が、わざわざ宝石を買いに来るとは考えにくく、なんらかの調査だろうと、予想をつけたのだろう。
「いえ、要件があるのは私ではなく……彼女です」
ウィルに促され、私は一歩前へ踏み出す。
「貴方は……たしか先日、弟のラステルといた」
「マリーと申します。突然お邪魔してしまい申し訳ございません」
私もレックスさんに習って、丁寧に頭を下げる。
「お伺い致しましょう。ただあいにくと忙しい身で、あまりお時間はとれませんが……」
彼は決して、嫌な顔をせず、対応は変わらず丁寧だ。でも、遠回しに用が終わったらさっさと帰れ、と言っているようにも聞こえる。
もし私一人で来ていたら、突然の訪問など受け付けてはくれなかっただろう。ウィルの騎士団という立場があったからこそ面会できたようなものだ。
とはいえ、ウィルを利用するような形になってしまったのは申し訳ないと思う。
「それでは、遠慮無く……弟さんのラステルさんのお店で起こっている怪奇現象のこと、レックスさんはご存じでしょうか?」
レックスさんは粛々とした態度で答えてくれた。
「ええ。耳にはしています」
「そのことを、妹のヴィヴィオさんにも話しましたか?」
「はい、先日会う用事がありましたので、その時雑談がてら」
なるほど、ヴィヴィオさんが言っていたことは間違いではない、裏付けになるな。
「では今朝方、ラステルさんのお店の前に謎の像が置かれていて、それが妹さんのしたことというのも?」
「部下から聞きました。妹にも困ったものです」
いくつかの問いかけに、レックスさんはちゃんと答えてくれた。
しかし――
「一体何を聞きたいのでしょう? 時には腹の探り合いをするのも悪くはないですが、残念なことに今は時間も暇もないものでして」
「そうでした。では単刀直入にお伺い致します」
私はレックスさんの目をマジマジと見つめる。まるで真実を問いただすような視線を送っても、レックスさんの様子は変わらない。
それでも、私は尋ねてみた。
「レックスさん、ラステルさんのお店になにかしていますよね?」
視線の先にいるレックスさん。その表情が――僅かに変わった。
フッと、優雅に鼻で笑ったのだ。
「何を言い出すかと思えば……探偵ごっこですかな。それにしては些か雑な尋ね方だと思いますが」
「ですが、昨日私達が見たように、人を雇ってラステルさんのお店に向かわせていたことは事実ですよね?」
「君には関係の無いことだ」
「インプレッス商会の伝統で、互いに後継者争いをしていると聞きます」
「関係の無いことだと言っている!」
レックスさんの声が初めて荒れた。
僅かに苛立ちを伴った一言は、店内にいる他の従業員達にも届き、私達を注目してくる。
「失礼、もういいでしょうか? 君の推理ごっこは少々品に欠ける。今回はその失礼な物言いと態度には目を瞑るが、さすがに付き合いきれません」
「…………そうですか、残念です」
「さ、どうぞお帰」
「では、最後に一つだけ」
私は懐のホルダーからカードを取り出す。常に持ち歩いている私のタロットカード。それを手の平に載せ、レックスさんに突きつけた。
「一枚、引いてください」
「?」
「私は占い師です。この一枚で全てを見通します」
「おい、マリー……」
これにはウィルも止めに入ろうとする。
私はウィルの騎士団の名前を借りるような形でレックスさんと面会している以上、こんな強引なことをすれば、下手したら騎士団に迷惑をかけかねない。ウィルが止めようとするのも当然だ。
まして相手が求めてもいないのに占おうなどと、傲慢にも等しい。
でも、この場はこれしかなかった。
「フッ、面白いお嬢さんだ……そんな怪しい占いでなにが」
「怖いんですか?」
私が言い放った一言に、店内の空気は一気に冷え切った。物々しい雰囲気が全員を包み、一気に緊張感が増す。
それでも――私はあえて、冷ややかな笑顔をつくり淡々と続けた。
「当然です、占いなんていうあやふやなものでなにかを言い渡されるなんて、誰だって怖いですよ、当たり前です」
「………………」
「ですから大丈夫ですよ、誰もなにも言いませんとも……ここで逃げたとしても」
「ッ!」
「後ろ指指されることも、影でヒソヒソ笑われることも……ええ、誰もするわけがありません。だってみんな怖いんですから」
レックスさんの表情が、僅かに苛立ちを見せている。
これが私達だけしかいない場所だったらなにも問題は無かった。
だがここは店内。しかも周囲にはお店の従業員達がいる。彼らが見ている前で、たかが占い一つに臆したとあれば、レックスさんも示しがつかないだろう。
「…………いいだろう」
予想通りだ、誘いに乗ってきてくれた。
幸いだったのは、この場にいたのは従業員だけだったことだ。もし他にお客がいたら、さすがのレックスさんも怒り、私達を排除したに違いないし、私だってこんなことはできなかっただろう。
レックスさんが、私の手の平に乗った山札から雑に一枚引く。そして、中身を確認することなく私に返す。
些か乱暴な扱いのようで、それでいて粗雑には見えない振る舞いは、さすがだ。
私は、引かれたカードを確認する。
「これで満足か? 用がないのなら、もう」
「やはり、そうでしたか……」
ため息交じりに私は告げる。
「レックスさん、このカードを見てください」
手にしたカードをよく見えるように、私は掲げる。
そのカードの絵柄に、注目を集めていた従業員達も驚きを見せた。
真っ暗な闇の中、逆五芒星の下に佇む、背中に羽を生やした巨大な怪物。緩い鎖に繋がれた僅かに微笑む小悪魔の男女を配下に、燃えさかる松明を下に持つそのカード。
「これは、悪魔のカードです」
カードナンバー15――《悪魔》のカード。
悪魔、という響きに従業員達からもざわめきが起きる。禍々しい絵柄に、悪魔という名前怯えるのは当然だ。たとえ、カードの意味を知らずとも、
「このカードが指し示すのは、欲望や執着心。レックスさんは今、それらにとらわれています」
しかし当のレックスさんは冷静だった。
「……今までの中で、最もくだらないな」
従業員達の前だから、というのはもちろんそうだが、それ以上に伝えられたカードの意味になんの驚きもなかったようだ。
「欲望や執着心にとらわれている? 当たり前であろう、そんなもの商人であれば誰だってそうだ。ましてそれはただのカード。ただ偶然そのカードを引いただけ」
「………………」
「馬鹿馬鹿しい。たかが占いで、なにが分かると」
「分かります」
私は再び告げる。
「分かりますよ、貴方の考えが」
淡々と、でも堂々と。
臆することなく。
「タロットカードは偶然引かれるものではありません。そのカードが引かれるのは必然であり、そこには必ず意味があります」
「ああそうだろう。そうなんだろうさ、君の中では」
それがなんだというのか。レックスさんも堂々とした態度で、動揺すらしない。
「まさか私が後継者の座を手にするため、ラステルを陥れようとしているとでも言いたいのかな」
口にはしないが、態度では馬鹿馬鹿しいと言いたげなレックスさん。
ここまでの流れを考えたら、そう考えてもおかしくはないだろう。
でも――
「いいえ、違います」
私の思っていることは、もう少し違ったものだった。
ここまできたら、もう引くわけにはいかない。
「言ったはずです。この《悪魔》のカードは、欲望や執着心を示すと」
お店の怪奇現象から始まった、ラステルさんのお店のこと、そしてインプレッス商会を取り巻く兄弟三人の関係。
ハッキリ言ってしまえば、私には関係のない事なのかもしれない。お店や三人のことに口を出す権利も義務だってないし、首を突っ込もうとするのも余計なお世話なのだろう。
それでも、私にもラステルさんを占った責任がある。私の占いで道を示した以上、少なくとも見守る義務はあると思っている。
だからこそだ。強引な形になったとはいえ、同じようにレックスさんを占った。それなら、その結果を正直に伝えなければならない
「レックスさん、貴方――」
「……………」
「後継者争いに興味がないのではありませんか?」
――占いに、ウラはないから。
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