第二十二話 ラステルさんのお姉さん

 やってきた理由を説明しようとするも、マイペースな喋り方と内容が微妙にズレたりするので、その都度修正する度なかなか話が進まない。

 それでもウィルが根気よく話を進め、なんとか事情を聞くことができた。


「……では、あの像を送ったことは間違いないと?」

「はい~」


 終始ぽわぽわした感じの返事とゆったりしたペースで、ウィルも対応に疲れ果てているようだった。


「あー……どうして、あんな朝早く、それも店の前に置いたのですか?」

「お店が開いてからだと、運び込むのが大変ですし~お昼だと~ランチに間に合わなくなってしまうじゃないですか~」

「…………」

 

 ウィルがこっちを見てくる。

 分かる、言いたいことは私にも分かるよ。


「だからといって、朝早くにお店の前に運び込み、そのまま置いてくるのは……」

「でも~朝お店に来た時に、一緒に運び込んでしまえば~時間を短縮できると思うんですよ~」


 

 私もウィル同様に、この人本気で言ってるんだろうか? と問いたくなるけど……うん、多分この人本気なんだよな。

 でも、ぶりっ子感も媚びる感じもない。それでほんわかしていて日向のように優しそうな感じがかわいらしい。

 これはあれだ、本物だ。本物の天然ってやつだ。

 

「そもそも、どうしてあんな像を送りつけたのです?」 

「んー……ラステルちゃんには必要かな~と思って」


 必要って……。

 人知れず置かれて、しかも恐ろしい悪魔のような見た目となれば、受取手も不気味に思うでしょうに。

 でもこの人、多分本気でそう思っているんだよなぁ……。


「ラステルちゃんのお店、まだ行ったことがないんですけど、開店したことは私もよく知っているんです~」

「はあ……」

「ですから、あの魔除けの像を差し上げたんです~」


 魔除け? 魔除けなの、あの像?

 妙に禍々しくて一目見ただけでも不気味に思えたけど。


「ラステルちゃんのお店、最近変な事が起こるって言うじゃないですか~。そういうふしぎなことから守ってあげられればな~と思ったんですよ~」

「そ、そうですか……」


 話を聞く限り、嫌がらせ等の目的ではないようだ。あくまでも、本人はではあるが。

 ウィルが、なんとも疲れ切っている。

 代わりにというわけではないが、私も彼女に質問してみた。


「あの、私からもお聞きしていいですか?」

「はい~何でしょう、可愛らしいお嬢さん~」

「……えと、お嬢さんではなく、私はマリーと言います」

「まあまあ。これは失礼致しました。可愛らしいマリーさん。きっとこちらの服が似合いますよ~」


 ほんとマイペースだな。


「あの服はとりあえず置いておいて……」

「まあ、残念ですね~」

「……ヴィヴィオさんはラステルさんのお店で起こる怪奇現象のことを知っていたんですよね」

「はい~」

「それはいつ、どこでお聞きになったんですか?」


 そこがどうにも不思議に思えていた。

 お店に行き、事情を知っている私ではともかく、昨日の時点でそういった噂を聞いた覚えがなかった。

 一緒にいたキリエちゃんも同じで、酒場で働くキリエちゃんが聞いたことがないとなると、そこまで噂は浸透していないはずだ。

 それが昨日の今日で浸透したとも考えられるけど……だからといって所詮は噂だ。ヴィヴィオさんの耳に入ったとしても、信憑性は限りなく薄いんじゃないだろうか。

 仮にもし信じたとしても……いくら心配だからといって、このゆったりマイペースな人が、昨日の今日で突然動けるとは、ちょっとなあ……。


「どなたかから、その話を聞いたりしたか覚えていませんか……?」


 店に行ったことがないのなら、なおさら誰かから話を聞いた可能性が高いはずだ。

 

「誰から聞いたか、ですか? う~ん……」


 ヴィヴィオさんが顎に手をつけ考え込んでいる。

 覚えていないのか、それとも名前を出していいのか悩んでいるのか。


「話を聞いたのは、五日ほど前のことで~」

「五日ほど前?」

「ええっと、六日でしたでしょうか~それとも、七日~?」

「あーつまり、ここ数日って事ですね……」


 つまり、私達がお店に来た前後、ってことか。


「それで、どなたからそのお話を?」


 はい~。と間延びした返事の後に、彼女はゆっくり告げた。


「レックスお兄様から聞きました~」


 その一言に、私とウィルは思わず顔を見合わせてしまった。






 店を後にした私達は、並んで通りを歩く。

 朝早く来たはずなのに、ヴィヴィオさんとの話で、随分と時間を取られた気がする。それでもまだお昼はまわっていなかった。


「レックスさんに、ヴィヴィオさんか……」


 隣を歩くウィルが呟く。

 怪奇現象の話を聞いた相手が、他の人ならまだよかった。だが相手が長兄のレックスさんとなると話が少し厄介になってくる。


「今回の銅像を無断で置いてきた件に関してはほぼ事件性がない、と判断されるだろう。厳重注意というところで収まりそうだが……」


 ウィルにしては珍しく、歯切れが悪かった。

 それもそうだろう。


「どう考えても後継者争いの一旦だな……」


 レックスさんは昨日、雇った人をラステルさんのお店に送っていた。それがなんらかの工作をしていたのは明かだ。そこへ、そのレックスさんから怪奇現象の話を聞いたヴィヴィオさんが、まるで不気味な像を送りつける。

 彼女が嘘をつくことなく本心を話していたとは思うけれど……そうだとしてもやっていることはお店への嫌がらせに近い。

 三人の関係、そして実際に起こったこと。

 それらを組み合わせていくと、後継者争いという単語がどうしてもちらついてしまう。


「インプレックス商会の伝統は俺も知ってはいる」


 ウィルが呟く。


「実際、お兄さんのレックスさんの宝飾店は業績も良く、事業をかなり拡大しているらしく、王都や他の国々にも手を伸ばしているらしい」

「………………」

「それにヴィヴィオさんも……ああいう人だが、取り扱っている服の人気は貴族の女性達にすごくてな」

「そうなんですね……」

「お互いが切磋琢磨することで、彼らの商会が大きくなり、そしてこの街も発展してきた。それは分かる……」

 

 でもなぁ、とため息を混じらせウィルは嘆く。


「兄姉が争い合うのは、やっぱり悲しいな……」


 そう語るウィルの目はとても寂しそうだった。

 貴族の間でも、跡目争いというのは存在する。一度それが起これば肉親や兄弟が互いに醜い争いをする羽目になって、最悪謀殺されることだってある。


「………………」


 私の身近にはたまたまそういうことが無かった。

 でも、もしかしたら……私の知らないウィルにもそういう経験があったのかもしれない。だから普段見せないような、こんな寂しそうな顔をしているのかもしれない。


「ねえウィル……聞いて欲しいことがあるの」

「彼ら兄姉のことか?」

 

 そう返され、私は思わず言葉に詰まった。

 私は今、自分の出自を話しそうとしていた。

 寂しそうにしているウィルを慰めたかったのだ。だから私も元は貴族、そういう争いがあることも知っている、同じ気持ちだよ。そう言って、せめて気持ちを共有してあげたかったのだ。

 

「………………」

「俺が言うのもなんだが、これ以上首を出すのはあまりよくないと思う……」


 ウィルはそうとは気づいた様子はなかった。

 普段の私ならあるいは、気づいて欲しいとすら思ったかもしれない。それくらい、彼にはもう十分な信頼があった。

 でも……ウィルの指摘するように、彼ら兄弟に対して、思うこともあったのは、この時だけは幸いだったかもしれない。


「……実はね、不思議に思っていることがあるの」


 私は気持ちを切り替え、改めて話をする。


「今回のこと……どうも、スッキリしない点がいくつかあるの」

「スッキリしない点?」

 

 話の端々を見れば、インプレッス商会の後継者争い、その一端のようにも見えてくるのかもしれない。

 末の子が店を開き、本格的に始まった戦い。

 三人の兄姉が血で血を洗う泥沼の後継者争い。そう聞けば大衆が好きそうな話にもなるだろう。

 事実そうなのかもしれない。でも……それにしては妙なのだ。

 お客が大勢いるのに下がるラステルさんのお店の売り上げ。

 レックスさんに雇われたお客さん。

 噂になっていない怪奇現象の話を聞かされたヴィヴィオさん。


「ねえ、ウィルちょっと付き合ってくれない? この事件に関わることなの」

「えっ」

 

 今回の銅像の件で、噂が広がりつつある。

 このままでは、ラステルさんのお店の評判に関わりかねない。

 今は、少しでも早く行動すべきだ。


「お願い、ウィル!」

「あ、ああ……分かった」


 困惑を残してはいたが、同意をしてくれたウィルと共に、私達は急いで駆け出した。

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