第二話 王子君に助けられて

「マスター、奥空いているか?」


 店に入って開口一番、屋根から飛び降りてきた王子様が、カウンターにいた酒場の店主らしき男性に尋ねていた。


「おう。昼間っから女連れとは、いい身分だな」

「閑古鳥鳴かせてる店に救いの手を差しのばしに来たんだよ」


 悪態と共にいつものを頼む、と告げると店主も小さく返事を返す。随分と親しげで慣れた感じだ。この店の常連なのかもしれない。

 彼に伴われ、客もほとんどいない昼間の酒場を進み、奥にある席へ。

 そこは隠れ家的居酒屋によくありそうな、個室風の席で真新しくはないが趣きあるテーブルを挟んで、私達は向かい合うように座る。

 路地で襲われそうになったところを助けてもらった後、とりあえず落ち着ける場所へ、と彼に案内されこの店を訪れたのだが――


「それにしても、助けてやって子供っぽいと言われるとはな」

「ご、ごめんなさい……」


 つい本音が漏れてしまった。

 昔からこうなのだ。思っていることを思わず口にしてしまって、子供の頃から毒舌家よく言われたものだ。悪気があって言っているわけじゃないんだけど、それだけに相手にも結構ダメージを与えることが多い。

 それもあって、大人になってからはなるべく思っても口には出さないよう、令嬢らしく静かに、大人しく過ごしてきたんだけど……。

 なんだろう、この人相手だと、また失礼なことを言っちゃいそうな気がする。

 それになぁ……助けてもらったのは嬉しいんだけど、これってやっぱり、アレだよね?

 うん。ここはお礼を告げてさっさと退散しよう。


「あ、あのさっきはありが――」

「はい、お待たせ」

 

 礼を告げようとしたまさにその時、若い女性のウェイターが注文の品を持って現れた。

 運ばれてきたのは、場所が場所だけに最初はお酒かと思っていたけれど、テーブルに丁寧にゆっくりと置かれたそれは、酒場には似つかわしくない真っ白な陶器。そこに注がれていたのは赤茶色をした、いわゆる紅茶である。

 湯気と共に僅かな花の香りを運んでくるそれは、一見しただけでも分かるとても丁寧で上品な作りで、普段から淹れ慣れていなければ、これほどのものはそう作れない。

 この酒場、明るいうちはこういうのも出しているお店なのだろう。 


「アナタ、この辺じゃ見ない子よね」


 紅茶の出来映えに見とれていたら、ウェイターの女性がこちらを覗き込んでいたことに気づいた。同年代か少ししたくらいの彼女は、若さ故なのか、キラキラとした目で私に随分と興味を示していた。


「え、あ、はい。さっき馬車でこの街に来たばかりで……」

「へーそうなんだ……変なことされそうになったら、すぐ言ってね」

「おいやめろって!」

 

 対面の王子君が、声を上げる。 


「変なことするどころか、されそうになったところを助けたんだよ」

「へー」

「な、なんだよ、その意味ありげな視線は……」

「それで『助けてやったお礼にお茶でも一杯付き合って?』 フフッ、それこそナンパの常套句じゃない?」

「なっ!?」

 

 王子君の顔が突然真っ赤になる。

 そう。実のところ私も少し警戒していた。見知らぬ街に見知らぬ人々。いくら自分を助けてくれたと言っても、その人が必ずしもいい人とは限らない。まして、落ち着いてもらうためという名目はあれど、突然見知らぬお店に連れ込めば、一人の女性としては警戒せざるを得ない。

 まあ、ほいほい付いていく私も私だけれど……。

 でも、なぜか屋根の上にいて、しかもそこから飛び降りてくるような人よ。おかしな人だって思わない方がおかしいじゃない。

 でも――どうやらそれも杞憂だったようだ。

 

「す、すまない……」


 対面に座る彼は、小さな声で謝ってくる。

 自分のしていたことが、相手にどのように映っていたのか、今まで気づいていなかったらしい。


「そういうつもりでは、なかったんだ……」


 申し訳なさそうに恥ずかしがる姿は……なんだか幼い子供みたい。

 きっと、彼は本心で私を気遣ってくれていたのだろう。


「信じては、もらえないかもしれないが……」

「いえ、大丈夫ですよ」


 ここまでのやりとりで、この人がどんな人なのかなんとなく分かった。

 見た目から、きっと貴族の出であろうということは間違いない。でも貴族らしい偉ぶった感じはなく、酒場の人達にも気さくに話す。

 きっと純粋な人なのだろう。


「ふふっ」


 何だろう、無鉄砲というか無邪気というか、ちっちゃな男の子を見ているみたい。ちょっと可愛らしくて思わず笑っちゃった。


「失礼しました。こちらこそ、ずっとお礼も言えず申し訳ありません。改めて、お礼を。本当に助かりました、騎士様」


 そういえば、彼のことなんとお呼びしたらいいのだろう。

 身なりからすれば、この街の騎士団の人だと思うけど。


「騎士様、なんて呼び方しないでくれ」

「では、なんとお呼びしましょう?」

「知り合いからは、ウィルと呼ばれている」


 ウィル、か。

 人柄に違わず、呼びやすい名前だな。


「同じ質問で申し訳ないが、君の名前はなんていうんだ?」


 そうだ、名前を教えてくれたんだし、私も教えないと。

 でも、名前を教えるのはいいけれど、家から絶縁を言い渡された以上、アリアンロッドの名を出すのはよくないよね。

 

「私は、マリアベルです、ウィル様」

「マリアベルか。でもその敬語もよしてくれ、堅苦しい呼ばれ方は好きではないんだ」


 ウィルが照れくさそうに笑う


「それでしたら、私もマリーと呼んでください」

「分かった、マリー」


 私達はお互いに小さく笑い、ようやく運ばれてきた紅茶へと手を伸ばしたのだ。


「しかし驚いたよ。屋根の上から周囲を見ていたら、見慣れぬ女性がフラフラと路地裏に入っていくんだから。気になって追いかけてみれば……まあ案の状だ」

「ホントに助かりました。でも、ウィルは、あんなところでなにを?」

「なにって、見回りだよ」

「え?」

「これでも騎士団の一人だからな。高いところから見渡した方が、よく見えるだろ」


 物腰とか喋り方とか、すごく落ち着き合って大人っぽいのに……やっぱり、発想だけは子供だ。


「私も気になったんだが……」


 そう言って、ウィルは紅茶のカップをゆっくりとテーブルに置いた。


「君はあの時なにをしてたんだ? なにかカードのようなものを引いたのは見えたんだが……もしかして、腰のそれがさっきのカードかい?」


 ウィルが視線を向けてきた先にあったのは、席の腋に外して置いていたカードの入ったホルダーだ。

 せっかくなので、私は中からカードを取り出し彼に見せることにした。


「これは、タロットカード。占いの道具です」


 占いか、とウィルは随分興味ありげに眺めている。


「仕事柄魔術師の知り合いはいるが、占い師は初めて見たな」

「あー、いえ……」

「ん?」

「私は、占い師というわけではなくて…」


 占い師か。

 その職業の名前には少しだけ思い入れがある。

 それは、私が本当になりた――


「なあ、マリー」

「はい……?」

「よければ、私も占ってくれないか?」

「え? ウィルを、ですか?」

「ああ。私のことも占うことはできるだろ?」

「それは、その……」


 イエスともノーとも、ハッキリと答えることが出来なかった。

 思い返すのは屋敷でのこと。

 私が占ったせいで、酷い結末をもたらしてしまったのは記憶に新しい。


「…………」

「あーいや、ゴメン。別に『助けたお礼に~』とかそういうつもりではなくてだな」


 私の表情が暗くなったのに気づいてか、さっきの失敗を取り戻すように、ウィルがあたふたと慌てはじめる。


「占いなんて、初めて見たからちょっと興味があっただけなんだ……すまない、嫌な思いをさせた」

「いえ、そんな……」


 あぁ。

 きっとこの人は、本当に純粋な人なんだ。

 ただ純粋に興味があるから声を上げ、それでも私のことに気づいて気遣って。


「……分かりました。占いましょう」

「いいのかい?」

 

 確かに、占いでまた嫌な思いをされないか、すごく不安ではある。

 でも助けたお礼もしたいし、なにより――彼の純粋な気持ちに応えたいとも思う。

 まあもし、よくないことになったとしても……うん。どう転んだって、その時はもう一度新しく踏み出せばいい。


「ええ、ウィルのこと占います」


 そうして私はこの街で、この世界で、二人目の占いを始めた。


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