第46話 メリー・メアーの花迷宮 7
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迷宮と迷宮は脳髄で繋がっている場合もあれば、物理的に地続きになっているところもあった。
住宅街を抜けると、広大なトウモロコシ畑に出たり、千本取鳥居を潜った先が広大な地下水道になっていたりする。迷宮と化した夜の学校を上へ上へ抜けると、夜空に絵本の平面迷宮が広がっていたこともあった。
「十年前の僕が二年前のスラム街に迷って生まれた迷宮に二十年前の僕が迷って生まれた迷宮に五歳の僕が迷って生まれた迷宮に五時間前の僕が迷って生まれた迷宮に押し入れの中の僕が出会って生まれた迷宮の第五層、階段U4から扉9、7,12へ。二股を左。
B《ブレイン》44を通って、十年前の太秦迷宮を逃げていく僕がシャルル大聖堂の床絵の迷宮に迷って生まれた迷宮に成人式の僕が裸足で迷いこんで生まれた晴れ着模様の迷宮、第二層西部フロアにワープ。四方の扉を――」
あなたはマッピングを続ける。
これまではひとつの迷宮のマップを憶えればよかった。
だが、ここからは迷宮Aから迷宮B、Cへ、また迷宮Aへ戻るといった規模の動きになる。地下迷宮では、上の階層としたの階層を行き来したが、今度はそれに加えて複数の迷宮を行ったり来たりしなくてはならない。その演算量は桁違いである。
「ヒヒッ。B102。扉10、12、1→。右。3。扉11,20,2→、31,32。U12。右。右。左。右。スイッチ3。D←。D1→。D45。B42→。扉4。B444。扉33←。U2。U9。扉33、32、40、22。水門12。U31。右。右。U32。水門1。右。D2↑。D24。B67↑。扉42。右。右。穴4。扉22。U4。扉→、12、13。穴1↓。穴30。中央。扉5↓。U21。U1→。U→。U102。U32。B↓1。扉5、12、21、30、45、50、51、5↑、↓←、←←、↑→、穴↑。NO迷宮NOライフ! U→。U5。U1。扉3。右。右。右。D→。左。扉→。スイッチ→。一通15。扉22。左。中央。スイッチ5。一通15。左。扉1→。U51。B32。右。B1→4。左。B505。B302。B←←↓。脳迷宮脳ライフ! 脳迷宮脳ライフ!」
「おぎゃあっ。おぎゃああああ!」
詞浪さんが白目を剥いた。
それでも迷宮に終わりは来ない。
「迷宮! 11↑←14↓1↑↓→→24↓31↑→↓13↑←↓↓→↓→↓→→35→↑↑↑↑↑22←↓35↑→1←↓5↑↑↑↑↑→9↓5↑10↓35↑→1↓35↑→1↓35↑←↓→→↓→→↓→→↑↑↑穴51↓4↑←1↓↓→→03→←51↓51↓45↑U1↓50↑→19↓50→10↓4→B10↑1↓↑→5←↓61↑←3↓5←↑1↓4↑←↓→→↓1↑←↓3→↑1↓5→↑50→41←↓51←↓B34→5↑↓1→D4↑↓50→1↑↓45↑←スイッチ5
D3↓9→13↓↓↓→→21→↓↓7穴9→↓U7↓→B89B375↓→→918↓→↓→↓→↓→→35↑↑↑↑↑↑09↑↑↑→18↑→↑U7U4U16→7スイッチ→↓3穴46B109→9↑↑↓→→↓→→↓→→↑U9U8U3U1↓↓↓←←←↓←←↓↓↓←←↑↑↑↑↑↑D9穴8→↓→→35↑B567D16↓→↓→↓→↓→→↑↑35←↑↑↑↑B81←↑↑↑←←7U78↓→↓→↓→↓→326↓→→↓→→↓→→58↑↑↑22←B715↓↓←←←U7U31U64!!!!」
数限りない脳迷宮。
そして、そこに無数の〈あなた〉たち。
迷宮は宇宙のように膨張して果てが無い。
その膨張に、あなたの演算だけがどうにかしがみついて、その状態で驚喜していた。
「迷宮! 迷宮ってすごいよ!
僕の記憶の脳迷宮と、
脳迷宮が交雑して生まれる、
狂った脳迷宮と、
狂った脳迷宮が交雑して生まれる、
狂い狂った脳迷と、
狂い狂った脳迷宮が交雑して生まれる、
狂い狂い狂った脳迷宮と、
狂い狂い狂った脳迷宮が交雑して生まれる、
狂い狂い狂い狂った脳迷宮と、
狂い狂い狂い狂った脳迷宮が交雑して生まれる、
狂い狂い狂い狂い狂った脳迷宮と、
狂い狂い狂い狂い狂った脳迷宮が交雑して生まれる、
狂い狂い狂い狂い狂い狂った脳迷宮と、
狂い狂い狂い狂い狂い狂った脳迷宮が交雑して生まれる、
狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂った脳迷宮と、
狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂った脳迷宮が交雑して生まれる、
狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂った脳迷宮と、
狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂った脳迷宮が交雑して生まれる、
狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂った脳迷宮と、
狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂った脳迷宮が交雑して生まれる、
狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂った脳迷宮と、
狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂った脳迷宮が交雑して生まれる、
狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂った脳迷宮と、
狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂った脳迷宮が交雑して生まれる、
狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂った脳迷宮と、
狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂った脳迷宮が交雑して生まれる、
狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂った脳迷宮と、
狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂い狂った脳迷宮が交雑して生まれるくるくるくるくるくるくるくるくる!――。んんんんん! 脳迷宮脳ライフ! 脳迷宮脳ライフ!」
■■■
我々は何度も追いつかれかけた。
迷宮の拡大に比例するかのように、ミノタウロスの速度、その勢力は増すばかりだった。もっとも、悪夢とはそうしたものだ。
いずれ我々は追いつかれることになるだろう。その前に〈扉〉を見つけるしかない。
脳迷宮の各所に存在する〈あなた〉が〈恐ろしいもの〉と出会う以上、迷宮は膨張続けるし、その中を追ってくる〈恐ろしいもの〉もまた膨張し続ける。果ては無いのだ。
「迷宮だ! 迷宮がある限り僕らは逃げ続ける、生きている! NO迷宮NOライフ! 脳迷宮脳ライフ!」
「おぎゃ……おぎゃ」
詞浪さんはすでに脳がパンクしている。
素敵に可愛い赤ちゃんになってしまった。泡を吹いているところが特に可愛い。
迷宮はすでに彼女や私の処理の力を越えていた。
どれほどのあいだ迷宮を歩き続けているのか、もはや時間の感覚も狂って、迷宮のほうが凄まじい速度で変化しているかのように感じられた。
もはや混沌の渦と化した迷宮のなかに、無限の脳髄が散りばめられているばかりだ。
我々は脳から脳へ逃げ続ける。
無数の〈あなた〉を追い抜いた。
遅れた〈あなた〉たちが、我々の背後で、〈恐ろしいもの〉に次々と食われている。
我々も、もうすぐそうなるだろう。
脳から脳へ飛び回り続ければ、いずれ〈扉〉は見つかる。
けれど、〈恐ろしいもの〉の方が速かった。
「NO迷宮NOライフ!」
追いつかれる寸前、あなたは目の前を走る〈一分前の記憶のあなた〉を殴りつける。それから凄まじい力で頭蓋骨をこじ開け、脳髄を取り出す。
我々は、その脳髄のなかへ、最後のワープを試みる。
■■■
新たな迷宮へ突入して、わずかな猶予ができた。
「僕は逃げ切って見せますよ。脳迷宮の中の脳迷宮の中の脳迷宮の中の脳迷宮の中の脳迷宮の中の脳迷宮からも、脳迷宮の外の現実からも」
あなたはそういうが、この迷宮をクリアする前に〈恐ろしいもの〉には追いつかれてしまうだろう。
周囲に脱出路は見当たらない。
最後の手段を講じるしかないでしょう。詞浪さんを負ぶったまま私はいった。
「というと」とあなた。
人は脳髄から出て〈ホール〉へ来るのです。
そう私がいった時点で、高速回転するあなたの脳髄は意図を察したようである。
「成る程! 成る程! 〈ホール〉へ向かうと! ここが僕の脳内の記憶の中の脳迷宮の中の脳迷宮の中の脳迷宮の中の脳迷宮の中の脳迷宮の中の脳迷宮の中の脳迷宮脳ライフだということは、逆に、逆に、逆に、と三度いって元の逆に戻りますけれども、この脳の中から出て〈ホール〉へ行くこともまた可能だということ、でしたね?」
あなたはいい私は頷く。
これまで、私は出会う客人すべてに『我々は脳髄から出て〈ホール〉へ来ている』と繰り返し説明してきたけれど、その法則が、この脳迷宮そのものへ適応可能なのではないか? ということだ。これはエスケープであって攻略ではないが、もう他に仕様がない。
ひとことでいうとこうなる。
ベッドの中の脳髄を出て〈ホール〉へ来たのなら、
脳迷宮の中の脳髄を出て〈ホール〉へ戻ることもできるのではないか?
ということだ。
我々は〈脳〉のなかにいるのだから。
つまり、今取るべき行動は『睡眠』だ。
詞浪さんはすでにそうしている。
私たちは迷宮に横になった。
あなた方の中に、もし不眠で困っているあなたがいたら、ぜひ私の入眠法を試してみてほしい。あなたに穏やかな眠りと、素敵に爽やかな朝の目覚めを約束しよう。
いいですか?
キーワードは光です。
まず、言葉が頭に渦巻いていると睡れないようです。
言葉ではなく風景で頭を満たすのです。
それは明るい風景の方がいいようです。
例えば子供の頃のプールの記憶などは便利です。
太陽に目が眩む感覚が、眠りに落ちるときのそれと似ているからでしょう。
休憩時間を知らせる鐘の音。
熱い照り返しに揺れる地面。
肌にふれる風と、熱の匂い。
ギラギラ輝く水の反射。
騒ぐ子供の声。
あなたは熱い地面にあおむけになる。
白く輝く太陽が、あなたの目の奥を真っ直ぐに射る。
くらりとめまいを感じたときには、あなたはもう眠りに落ちている――。
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