第33話 メリー・メアーの長い首 2

2


 良縁。奇縁。腐れ縁。

 世の中には色々な関係性がある。

 では、縦親たてした世古田よこだ。この二人はどうだろう?


「で、帰るための〈扉〉って、これかい?」

「ええ……これ……?」

 二人の客人は黒光りするゴミ車の回転板を眺めながら、途方に暮れている。

 これは私の〈扉〉であってお二人にはおそらく使えません、といってやると安心したようだった。


「じゃあ俺らの出口は?」

 二人の〈扉〉が何なのかは、まだ分からない。彼らがどうにかして見つけるしかない。

 最初はそういうものなのだ。

 自分の持ち物を点検した結果、二人はポケットの中から、身に覚えのないバスの切符を発見した。

世古田よこだ、お前こんなんいつ買った? つうかどこで買うの」

「買わねえよ。小学校の時以来だろバスなんか。おい、これが〈扉〉ってやつじゃないのか」

「キップがぁ~? バッカどうやって入るんだよこれにぃ~」

「バスがだよ馬鹿」


 我々は近場の停留所へ行ってみた。

 砂浜の前に小さな小屋とバス停が佇んでいる。

 そこだけ祭りの屋台が途切れて暗く、急に潮風が香った。バスはいない。

「バスいね~じゃね~か、世古田よこだおい」

「待ってみるか」

「そもそも屋台掻き分けてバスが来るのかぁ?」

「小型のバスなら通れない幅じゃないだろ」


 世古田よこだのいうとおり、バスが〈扉〉になっているのは間違いないことのように私にも思われた。

「時間が問題なんじゃないの」

 詞浪さんが時刻表を指さしていった。

 それはコピー用紙を差し込む形式の時刻表だったが、紫外線と潮風でボロボロに浸食されていて、肝心の文字はかすれて読めなくなっていた。

「もう夜中だぞ。もしかして朝の運行時刻まで待たなきゃ駄目ってことか?」

 世古田よこだは眼鏡をかけ直しながらそう推測した。


 そうだとしたらタイミングはシビアになる。

 あまり長く〈ホール〉に滞在したものは、人間性を失い、現実へ帰還できなくなってしまうからだ。

「帰れなくなるぅ? 具体的にどうなるんだよ?」

 縦親たてしたがいった。

 実のところ、それは私にも分からない。

 存在自体が消えてしまうという人もいるし、睡ったまま目覚めなくなると主張した人もいた。その両方かもしれなかった。かといって〈ホール〉に留まれるわけでもない。

 私は浮世のことには興味がないので、ちゃんと確かめたことはない。

 とにかく、いなくなる、としかいいようがありませんねと私はこたえた。あらゆる場所からいなくなる。

「そう」

「あそう……」

 まず歪んだ眼鏡の世古田よこだが友人を見、縦親たてしたが彼を見返した。泣き笑いのような顔だった。


 私たちは〈ホール〉の法則についてなお詳しく説明した。金髪の男は取り乱して、何度も会話へ割こんだり、訊き返したりした。

「いやいやいや。何とかしろよ世古田よこだおい、利子上げるぞオメエ」

「俺に当たるなよ。半日くらいは問題ないって、この子らもいったろ。ビビるな」

「クソ。わかってんだよ、馬鹿お前、うんち」


「仲悪いなあ」

 詞浪さんは呆れている。私にはよくわからない。

「ともかく世古田よこだ! お前、世古田よこださんよ。何か視たらちゃんと報告しろよな。俺を悪夢に差し出してお前……俺を置き去りにしようとか考えてねえよな? おい?」

「落ち着けよ。お前がどうなろうと借金はなくならねえだろ。お前のおやじさんがいるんだからな」

「うるせえ。わかってんだよ~お前……くそ」


 縦親たてしたはそっぽを向いて爪を噛み始めた。

 酔いがましになったのか、今は世古田よこだから離れて自分で立ち、辺りを不安げに見回している。どうやら酒が抜けると臆病な性格が顔を出すらしかった。

 じっとしてても何だし、せっかくのお祭りを楽しんではどうですか?

 私が提案すると、詞浪さんは快諾し、二人の男も従った。

 悪夢に抵抗するには、悪夢を楽しんでしまうに限る。


○○○


 バス停の位置は覚えておくことにして、我々は夜祭りの灯りのなかへ戻った。他に遣りようのない二人が私と詞浪さんに着いてくる格好だった。

 屋台は時に密集し、時に櫓のように高くなった。

 紐で吊された綿菓子の下を通った。


 そのとき、世古田よこだが一瞬、立ち止まった。

 我々とは別の方を向いて、口をぽかんと開けている。一度眼鏡を外してまたかけ直した。

 明らかに何かを発見した様子で、縦親たてしたはそれにめざとく気づいた。

「おい。なんか見たのか?」

「――ビビるなよ。今は待つしかないんだろ? まあ祭りでも楽しみながら、始発をまとうや」

 歪んだメガネの男はそういうと、屋台から缶ビールをとって、わざわざ蓋を上げてやってから縦親たてしたへ渡した。

 縦親たてしたは恐怖心を洗い流そうとするかのように、ビールを一気に飲み干した。


「あれって、酔い潰れたのを置いていく気じゃないの?」

 詞浪さんが近づいて来て私へ耳打ちした。

 そう見えなくもない。縦親たてしたが死んだところで借金は消えないという話だったが、彼の態度からして世古田よこだから殺意を持たれても仕方がないように思えた。

 けれど、どうでしょうか、と私は曖昧な返事をした。

 それから詞浪さんへ、センセイとは仲直りしましたかと聞いた。彼女は夏に部活の顧問教師と一悶着あったのだ。

「何? 急だなあ。キショいからずっと口きいてないけど?」

 彼女はそういうが、実際は練習の後に先生の車でケガの検査へ行ったりしているというのだ。


 このように、浮世の義理は複雑怪奇である。

 この金貸しと債務者も見ただけからはわからない何かを持っているかもしれない。


 それに、無人の〈ホール〉には限りない自由がある。すべてが許された環境では、人間同士の関係も簡単に変化する。彼らの関係はどうなるだろうか?

 例えば、ここでは人を殺しても咎める者はいないのだ。

 

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