第25話 メリー・メアーと虹の架け橋 3


「夢モブ」

 夢の登場人物ですよと私。

 あなたたちの連れてきた夢の一部。

 〈ホール〉では、自分の悪夢と、こうして対面できるのです。

 実際に夢モブたちの手を取って踊ったりしながら、私はそう説明した。

 詞浪しろうさんか、センセイか、多分その両方の夢モブであろうかと思われた。

 〈ホール〉には近しい夢を持った者を呼び込むような性質がある


 やがて絞り出すようにハンサムセンセイがいった。

「け……きょく。どうなんだ? 危険なんですか」

 今のところ危険という程ではない。

 明晰夢の中にでもいると思えば良いですよ。そう保証してやると彼は安心したようだった。

 とはいえ、適応するにはまだ時間がかかるようで、間近によってくる生徒達から、顔を背けがちではあった。


 夢モブたちの行動は、普通の子供たちと変わりない。詞浪さんへ色々話しかけて来る。たぶん普段からこういう会話をしているのだろう。

〈顔色悪いよ大丈夫?〉

〈詞浪さんは?怪我が痛む?〉

〈体を大事にしないと〉

〈大丈夫、皆で支えるよ〉

〈先生。みんなで寄せ書きとかしたらどうかな〉

〈ねえ? 心配してるんだけど? こっちへおいでよ〉

〈ね? おいでよ〉

〈こっちへ〉

 やがて、夢モブたちが移動しはじめた。

 ホテルの周りをぐるりとまわって、砂浜の方、私の畑のなかへ入っていった。そのあいだも、ずっとお喋りし続けていた。


 彼らは西瓜の前でとまった。

 西瓜たちが夏の夜の耳鳴りみたいに囁き合っており、それが夢モブたちの声と混じった。

 〈ホール〉の植物と、客人の夢とで交信している風情でもあった。

「何をやってるんだ……様子を見てくる。見てきた方が良いよな?」

 私は別に止めない。


 センセイは恐る恐る、遠回りに近づいていった。

 独り言ともつかない呟きを続けるモブたちを見、それから西瓜のひとつの前で立ち止まった。

 そうして、なかからの囁きにひどく興味を引かれたらしい。

 彼はおっかなびっくり耳を当てた。

「――何て事をいうんだ、俺がそんな事するわけないだろう」

 とたん彼は声を上げて、西瓜を叩き割ってしまう。

 私が同じ事をした時には、何も起こらなかったが、彼には中の人の会話が聞こえたらしい。中に誰もいなかったのだが。

 〈ホール〉ではそういうこともある。

 彼は自分の〈悪夢の兆し〉を聞いたのだ。

 何をいわれたかについて、彼は決して答えようとしなかった。


 センセの顔から汗が流れ落ちた。

 季節は夏で、目眩がするほど暑かった。

 とりあえず中へ入って二人を休ませようと私は考えた。

 どうぞ、自慢の野菜を振る舞いますよ。あの西瓜も出来が良くて、などと私がいったまさにその時、夢モブたちが西瓜を丸のまま囓りだした。

 緑の臭いが極めて強くなった。

 西瓜はたちまち、皮も残さず食べ尽くされてしまう。


 大人気ですね。と喜んでいる私の前で、夢モブたちの顔が風船みたいに腫れ上がり始めた。

「うわぁ……うわああ」

 センセイが立て続けに悲鳴を上げる。

 モブたちのまん丸の顔が緑色に染まっていったのだ。

 しかも、体の方はしわくちゃに萎み、一呼吸の間に枯れた茎そっくりに、くずおれ落ちてしまう。

 最終的に畑の土にはまん丸緑な頭だけが残った。

 それは〈ホール〉の西瓜そのものだった。

 顔の名残の起伏が、わずかに動いて、相変わらずのお喋りを続けていた。

「気が狂いそうだ」

 センセイは頭を抱え、食べなくて正解でしたねと私はいった。


 どうもセンセイのほうは悪夢への耐性が低いようだ。

 悪夢に人間性を食われるまでの時間が短いタイプが存在するのだ。

 それで私は二人に帰還を提案した。

 もし〈扉〉に心当たりがあれば、すぐに帰ることも出来ますが?

「え?」

 と心動かされた様子のセンセイ。

 一方詞浪さんの方はあっけらかんとしていた。

「いや? もう少し休んでいこうかな。バス嫌いなんだよね。酔うし。狭いし。煩いし。私は先頭を一人で走ってるのが好きなんだ」

 驚いたことに、センセイもこれに従った。

「君がそうしたいのなら」というのだった。

 まるでそれが当たり前のように。

 彼は詞浪さんが満足するまではいるべきだろうという。

 詞浪さんもセンセイのその態度を当然と受け入れている様子だった。

 いろんな関係性があるものだ。


 〈ホール〉を訪れる客人は例外なく、悪夢とその原因となる欲望を持っている。

 今のところ私が見たのは、夢モブの生徒達だけだ。詞浪さんたちの悪夢が全貌を見せるのは、まだ先のことになりそうだった。


 畑から立ち去る段になって、詞浪さんが膝を庇う仕草を見せた。

 センセイがすかさず手を貸した。

 モブ西瓜たちが一斉に振り向いた。

〈大丈夫?〉

〈また手術する?〉

〈もう自転車乗れないね〉

〈可哀想〉

〈可哀想〉

〈頑張れー〉

 詞浪さんは表情も変えず「ありがとねえ」と返事をした。

 彼女の右膝には、ムカデそっくりの手術跡がある。

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