第24話 メリー・メアーと虹の架け橋 2



 そう。みんなで夢のなかにいると思ってもらっていいです。私は〈ホール〉と呼んでいて。そう。悪夢に気をつけて踊るのです。私のことは「ヨビゴエ」とでもお呼び下さい。ところでポテト食べます?

「はあ。いや。油物は食べない習慣だから」

 利発そうな女子生徒はそう応えた。

 これが客人の一人目の客人。


 もう一人はハンサムな男性教師だった。

 彼のほうは狼狽していて、ホテルの前を行ったり来たりしている。

 ちょうど海から〈ホール〉特有の烏賊君が這い上がってきたところで、ハンサムな男はそれを踏んづけて絶叫するなどした。

 烏賊君が人間の嬰児みたいな声で鳴いて、尻餅をついた彼を更に怯えさせている。


 私は烏賊君にも手伝ってもらって〈ホール〉の補足説明を試みた。

 烏賊君の所まで歩いて行って、フライドポテトを食べさせる。

 ちょうど猫みたいに持ち上げたところで、客人の二人から驚きの声が上がった。

「イカ……ですか?」

 烏賊ですね。と私。烏賊君です。

 〈ホール〉の烏賊君は人間の口をしている。

 その口のなかで舌を動かし、いあ、いあ、と嬰児の鳴き声をあげるのだ。〈ホール〉とはまあこういうところですよ、といって私は水死体そっくりのその唇の間にへポテトを押しこんでやった。


 烏賊君は泡を吹きはじめた。

 私はポテトが芽つきだったのを忘れていたのだ。

 〈ホール〉の馬鈴薯毒ソラニンは強烈で、烏賊君といえどもいちころだ。

 食べなくて正解でしたね、と私は女の子たちへいった。私は刺激的で好きなのですが。ここは悪夢の世界で、我々はジャガイモの芽を食べてもいい。それは自由なのだ。分かりますか?

「いや、まったく」

 と女子生徒、詞浪しろうさんはいった。

 変わった名字の女の子だ。


 詞浪さんは、すぐ烏賊君にも慣れた。

 この女子生徒とその担任教師の男は、修学旅行の途中で〈ホール〉へ迷いこんだらしい。

 人は睡ることで〈ホール〉へやって来る。

 現実の二人は今頃バスの中で睡っているといったところだろう。


 予定にない場所にバスが到着したので、驚いて降りてみたら、揚げたての素敵なポテトを持った私と烏賊君がいた、と二人は説明した。 

 ホテルの駐車場には、大型バスのエンジンの音とともに生徒達の私語する声が、絶えることなく響いている。

 バスの中には四〇人ほどの生徒が乗っていた。


 何人もの生徒が窓ガラスにへばりついて、こっちを見ている。彼らは笑い合いながらバスを揺らしたり、何かを食べたりしている。動物園の檻のようだ。

 一人がバスを降りると、残りも騒ぎながら後に続いた。その姿がまた素敵に悪夢めいていた。


 ある生徒は、目や口の配置が福笑いみたいに狂っている。

 また他の生徒は、体の一部分だけが異様に大きかったり、逆さまについていたりする。

 あるいは二人、腰の辺りでひっついて二人三脚のようになっている者。

 まぶたが縦についている者。

 まったく同じ顔の生徒が複数人いたりするのだった。


「おい、待て。バスの中で待っていような。みんな。な? おちつおちつ落ち着こう」

 センセイはすっかり逃げ腰だ。

 生徒たちは、そんなことまるで気にせず、歩き回り、ぺちゃくちゃ喋ったり奇声を上げてジャンプしたりした。

 このあたりの挙動は、現実の子供でも同じだったろう。修学旅行とはこのようなものだ。


 だが、彼らは〈ホール〉の様子を不審がらないことだ。

 予定にない到着場所であることも、無人なことにも、文字化けするケイタイ端末も、死人の唇をした烏賊にも驚いたりしない。彼らは人ではないからだ。

 話して歩いて、人間そっくりの行動はとっても、自我らしいものはもっていないのだ。

 夢モブです、と私は詞浪さんたちにいった。

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