本祭3日目

1次会 5th ヒップホップ

 5日目の演目について、パート分けを変更したいと白州先生の所へとやってきた。

 真剣な表情で、僕から白州先生へと伝えた。


「……そうか。お前らの好きなようにすると良い、強制はしない」


 歌うパートを変えるという僕たちの提案に、白州先生は否定されたと悲しんだり、怒ったりすると思ったのだが、優しく微笑んでいた。


「お前らが出した答えだ。何も私が正しいわけじゃないんだ。大人達が正解を知っているわけじゃないんだ」

 どこか遠くを見るようにして答えてくれた。


「藤木、お前に教えていなかったかもな。一番大事なこと。酒姫を目指すうえでの大事なこと。……自分たちがやりたいようにやるのが1番良い。誰に強制される訳でもないんだ。酒姫になるのも、推し活をするのも。自分の気持ちに素直に。それが一番だ」


 拍手先生は優しく語り掛けてくれた。そして、少し間をおいて付け加えてくれた。


「その方が、自然な笑顔も出るだろうし。……私もそうだった。後押ししてくれる存在も必要だろう。そう決めたのなら、私は応援するぞ。頑張れよ。一緒に音楽室で練習してもいいし、体育館も好きに使ってくれて構わない」


 そう言ってくれるとは思っていなかったが、白州先生の優しさが十分に伝わってきた。

 けれども、僕たちは予め決めていたことを伝えた。


「お言葉は嬉しいです。……けれども、僕たちは原点に戻って推し活部の部室で練習しようって思うんです」


 優しい表情のまま、白州先生は笑い出した。

「ははは。そんなところまで一緒か……。わかった! 好きにやってくれて大丈夫! 応援する!」


 このやり取りが聞こえていたのか、酒姫部メンバーもこちらにやってきて、エールを送ってくれた。


 小さい身体で、茜さんと被るポジションの二階堂さん。

「茜、負けんじゃねぇぞ、最終ステージまでちゃんと来いよ! 私も行くから!」

「もちろん。今まで以上のパフォーマンスを見せてやるよ!」

 そういって拳を突き合わせていた。



 人を蹴落とそうと奮闘していた久保田さん。南部さんのところへとやってきた。

「……南部さんの力を思う存分発揮してください。……私はあなたが可愛いと思っています。悔しいから言いたくなかったけど……。可愛いところを存分に見せてください」

「……そんな風に思ってたんですね。久保田さんはやっぱりツンデレさんでしたね。久保田さんに負けないくらい可愛くなっちゃいますよ!」

 久保田さんは頬を赤らめて、そっぽを向きながら、南部さんと握手を交わしていた。


 白小路さんを取り合う恋のライバルの八海さんと、泡波さん。

「あなたが負けてしまってシロちゃんを悲しませたら、ただじゃおかないからね」

「私は絶対に勝つ。それで、シロちゃんも渡さない」

 握手は交わさないものの、強い目線で相手を励ましているようでもあった。



 みんなライバル同士。それぞれの関係はあれど、根のところでは応援しあっている。

 それぞれが挨拶を済ませて、推し活部の部室へと戻った。


 ◇


「よし、あんだけ言ったからには、負けられないな! 早速練習しよう! クロ、ちゃんと私たちを見て、どこが良いか、どこが良くないかきっちり指摘してくれ!」

「任せて。僕が一番茜氏を見ているからね。良かったところ、良くないところ、バンバン指摘するよ!」


「シロちゃんもお願い。私だけを見て、良くないところをいっぱい言って」

「もちろん!」



 僕は南部さんと目が合う。

「……ありがとう、藤木君。私の頑張れる隙間を作ってくれて。……なんだか、推されるっていうのも、良い気分ですね」


 南部さんはいつもの愛らしい顔で微笑んでくれた。

 屈託のない笑顔。やっと南部さんの顔に光が戻ってきた。

 この笑顔のためならなんでもできると思った。


 そして、南部さんは少し真面目な決め顔を作った。


「ビシバシ指摘してくださいね。遠慮したら負けです。藤木君の理想の私にしてくださいね!」


 不純な気持ちも一切なくなるくらい、まっすぐに見つめてくる南部さん。

 その気持ちに、真摯に答えなければと、僕も真面目な顔で返す。


「はい! 僕が南部さんを酒姫にして見せます!」


 そうして、推し活部内での練習は続けられた。


 来る日も来る日も、暑い部室の中。

 今までで一番熱い練習の日々はあっという間に過ぎて、5日目の大会の日がやってきた。


 ◇


 5日目の演目。

 最終日ということもあって、それぞれチームが気合のこもったパフォーマンスを披露していた。

 もうすぐ推し活部の番が来るというところで、あらためて気合を入れようと、いつもの円陣を組んでいた。


「もはや、緊張もしないな」

「そうですね、自分たちができることをやるだけです。藤木君を信じてます」


「僕だって、皆さんのことを信じてます。皆さんが一番魅力的です!」


「藤木君、言うようになったね。さすが僕の後輩だよ!」


「推し活部ーファイトー!」

「おーーー!」


 ◇


 推し活部の順番が呼ばれて、ステージに上がっていっても、いつものような緊張感は全く感じられなかった。

 本当に、ただただ楽しいといったような表情をしていた。


「よろしくお願いします。私たちの全てを出し切ります」


 そういって始められたパフォーマンスは、いつも見ている以上に楽しそうであった。

 僕と部長は、掛け声が出てしまうのを必死に抑えて、心の中で叫んでいた。


「……一番良いです。これが推し活部の最高のパフォーマンスだと思います」


「藤木君、この構成にしてくれて本当に良かったと思うよ。みんな輝いている。今まで、茜氏のあんな笑顔を見たことないよ。全く曇りがない」


 楽しそうに歌う演目が、終わりを告げた。


「ありがとうございました」


 どのチームよりも悔いなく、さわやかな終わりの挨拶であった。

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