4次会 合同合宿④
「レイ、上手かったよ! 感情が伝わってきたよ! こんなに愛しく思う人がいるんだね」
歌い終わると、白小路さんが泡波さんに飲み物を届けながらそう言った。
満面の笑みで、素直に歌が上手かったことへの感想だろう。
実際のところ、好きという感情は伝わっただろうが、誰をという、肝心なところが伝わらないようであった。
泡波さんがあらためて白小路さんに聞いてみる。
「……八海さんと比べて、どう?」
「うーん。甲乙つけがたいかな……。どっちもいいよ!」
泡波さんは八海さんを睨んだ。
八海さんも泡波さんを睨んでいる。
◇
合宿2日目の夜。
昨日と同じく、夜練習が終わるとそれぞれ一日の汗を流すためシャワーを浴びて部屋へと帰っていく。順番としては一番低い立場の僕と部長が最後にシャワーを浴びることとなっている。
「今日も終わったね。みんな日に日に上手くなっていくのがわかる。本当、合宿して良かったね」
「そうですね、音楽室で練習もできて、白州先生も見てくれて。あと何より、酒姫部の人たちと仲が良くなってるように見えて、それも良いなって思います」
「うん、そうだね……」
シャワーが冷たくて気持ちがいい。
熱くなりすぎてしまった体の熱を冷ましてくれる。
……頭を冷やしながら、冷静になって大会のことを考えると、現状はとても悪い。
2つめの楽曲は大きく減点されたと思う。そのおかげで崖っぷちな状況だと思う。
推し活部の大会成績は、きっと後ろから数えた方が早いくらいだろう。
これから行われる3演目で、他のチームよりも上手くないと最終ステージには行けない。
今の練習を頑張るしかないんだ。
そう考えながらシャワーを浴びる。
ふと、部長を見ると、何かニコニコとしていた。
「僕達ももっと仲良しになる? 南部氏が言ってたみたいに体洗いっこする?」
部長が一歩近づいてくるので、こちらは一歩退く。僕は大きな声を出した。
「ぜっっったいに嫌です!」
部長は、不敵な笑みを浮かべてじりじりと近づいてきた。
「そんなツンデレみたいなこと言って、久保田氏の真似しなくても良いよ? そこまでして再現したいのかな? 僕はストライクゾーン広いからから大丈夫だよ?」
「……大丈夫じゃないです! 嫌です! ……ダメだ、早く逃げないと」
部長は冗談なのか、本気なのかわからないから、全力で言わないとと思ったが、イマイチ引かないところを見ると本気かもしれないと怖くなった。
恐怖僕は、先にシャワーを浴び終わり、そそくさと部室へと帰った。
◇
推し活部の部室のドアを開けてみると、いつもと違った良い香りがした。
練習が終わって、シャワーを浴び終わった酒姫部のメンバーが、推し活部の部室へと遊びに来ていた。
布団を敷いた上にみんなで寄り合って、ババ抜きを始めていた。
「ここ、汚いけど落ち着くな!」
「ウララ達みたいな、酒姫部みたいに部費が多くないんだよ、推し活部は! 学校の備品しかないの。はい! 次、久保田取れ! お前のことは、まだ許してないからな!」
茜さんが久保田さんに手札を選ばせている。
「まぁまぁ。それは先ほど誠心誠意謝らせて頂いた通りです。ババ取ってあげますから、これかな? これかな?……茜さんってすぐに表情に出ますよね」
久保田さんはカードに手を当てては、茜さんの顔色を伺っていた。
ババがどれだかわかったようで、サッとカード引いた。
「おい!! ババ取るって言っただろ!! こっちこっち!!」
「あれ? 間違えちゃいました? ふふふ。やっぱり勝負は勝負ですわよね。次、南部さん、取ってくださいませ」
久保田さんは、ババを取る気はサラサラないと言うようだった。
「私の番ですね。久保田さんのお顔を見て、これかな? うーん……可愛いお顔。こっちかな? うーん……。やっぱり可愛いお顔」
久保田さんは顔を赤らめて、少し怒って答えた。
「それ、やめてください! そういうあなたの発言、態度で、酒姫部マネージャから見られる目が変わってしまったんですよ!! あなたのせいで!!」
「もう、ツンデレさんですね。私のこと好きなんでしょ。 あ、感情が出てきたらわかりやすいですね。ふふ、こっちー」
南部さんは久保田さんのカードを取った。
「絶対にあなたは倒しますからね。というか私はババは持ってないですって、顔見ても何にもならないですわよ。辱めを受けただけですわ……くっ……」
久保田さんは怒りで顔を赤らめているのか、更に赤くなっていた。
南部さんは気にせず、次の人にカードを引かせようと、向きを変えてしまう。
「はい、シロさん、どうぞー」
「はい。どっちにしようかなー。……私は、もうマネージャですけど、みなさん合宿でとってもうまくなってますよね。南部さんは特にすごいですよー。……こっち! 次、八海さんどうぞ」
白小路さんが八海さんと向き合う。2人とも恋する乙女の目をしている。
「私は、こんなに長い時間シロちゃんと一緒に入れて幸せ」
カード越しに見つめあう八海さんと白小路さん。目線を少し外して、白小路さんは少し頬を赤らめていた。
「……私もです」
「……いいから早く取って!」
次の番を控えていた泡波さんが怒る。
二人が見つめあうことに耐えられないのだろう。
八海さんがカードを取ると、1ペアできたようで、白小路さんも喜んでいた。
八海さんの持つカードは残り1枚。カード越しに、泡波さんは八海さんを睨む。
「……私は負けない。今だけ浮かれているといい。次は私の番。先に進んでるからって浮かれていれば良い」
八海さんのカードを取ると、八海さんは手持ちカードが無くなり一番に上がった。
白小路さんと目を合わせて喜んでいる。
「あなたがいないところで、私がシロちゃんをもらう……」
八海さんがいなくなったことで、次の番から白小路さんのカードを引くのは泡波さんということになる。
「今は自分が勝ったと思って、浮かれてるといい。最後に勝つのはどういうことか……。はい、二階堂さんどうぞ」
「なんか、泡波、一段ときついな。曇った眼鏡取ってちゃんと前向いてろよ、そっちの方が可愛いって。ほい」
「……両想いの二階堂さんにはわからないです」
二階堂さんは泡波さんのカードを取った。
「ん? 誰と両想いなんだ? あ! 揃った! やったー上がり!」
二階堂さんの手札がなくなった。
次の番は、茜さんだったが、こうなったら引かれるのみであった。
茜さんの手札が残り一枚。わかりやすく顔がニヤニヤとしている。
さっきの発言からして、残り一枚はババなのだろう。
「久保田、どうだ、ほら、これこれ、顔に出るなんて言ってくれたからな、全力で顔に出してやるよ! これこれ! これがお前が欲しいカード!」
茜さんは、満面の笑みでカード差し出してきている。
「茜さん、わかりました。しょうがないですわ、受け入れましょう。大会では絶対に倒します。けど、これは実力じゃないです。私は負けてないです。……もう! 南部さん! あなたのせいで調子狂う!」
久保田さんは南部さんに怒りをぶつけていた。
「私はそうやって素直になってる久保田さんが好きですよ。ちょっと赤くなってて、やっぱり可愛い。んーこっちー」
南部さんに可愛いと言われると、久保田さんは顔を赤らめて、ポーカーフェイスが保てなくなっていた。
傍から見ている僕にも、ババがどっちだかわかった。
「ふふ。久保田さんは、やっぱり可愛いです。やったー、揃った! 私もあがりー」
南部さんは、久保田さんには強いらしい。
久保田さんは、ババが1枚手元に残ってしまっていた。南部さんに赤くされた顔のまま、悔しがっている。
南部さんのカードを取るはずだった白小路さんは、安心したようだった。
「そしたら、私も引かれるだけですね。あと1枚。八海さんがいなくなったので、取るのはレイだね。とってー」
白小路さんは、泡波さんに1枚だけになったカードを引かせる。
1枚しかないカードに悩むなんてことは無いのに、カード越しに見つめあう。
もうカードの残りは、ババが1枚と、1組のペアだけ。
「……シロちゃんのカード、私と一緒だよ」
「ん?そうか、ババは久保田さんが持ってるもんね」
白小路さんは手持ちの札のハートのクイーンを見せて、泡波さんに渡す。
クラブのクイーンを持っていた泡波さんは自分のカード重ね合わせて、八海さんへ見せつける。
「……私が、シロちゃんのハートを、クイーンをゲットする。八海さん、私はあなたに負けない」
「ああああ! 八海さんじゃないよ、私が負けじゃん! 一番ポーカーフェイスのはずなのに!」
ババを最後まで持っていた久保田さんが、叫び始めた。
「お前にお似合いだな!」
「もう許してよ、茜。謝ったじゃない。それもこれも、南部!」
「ふふふ。罰ゲームなんでしょうね? 1番勝った八海さん決めてくだーい」
八海さんは、泡波さんと睨み合っていた。
「久保田さんがビリだったら、どうでもいい。せっかくだから、南部さんと霧島さんと仲良くしてて下さい。体合わせてスキンシップ」
「やったー! 久保田さん仲良くしましょう。抱き合ったらいいですか? チューまでならいいですか?」
そんな楽しそうなババ抜きの裏で、八海さんと泡波さんの視線がバチバチと音を立てていた。
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