3次会 ‌合同合宿③

 合宿二日目を迎えた。

 推し活部の部室で目が覚める。

 ほこり臭い敷布団に、簡単なタオルケットのみ掛けて寝ていた。

 部屋に空調は無いので、これでも暑いくらいであったので構わないのだが、劣悪な環境だなと思いながら起き上がる。


 他のみんなは、ぐっすり寝ている。

 ちょっとした出来心で、寝顔を覗いいてみると、とても充実した寝顔が見えた。

 ‌その顔に、僕は安堵した。


 寝る環境とかは関係ないのかもしれない。

 実際に頑張っている張本人たちにしてみたら、ここはとても良い環境なのかもしれない。

 ‌すぐに練習に取りかかれて、仲間たちがいつもそばにいて。


 僕は、あまり眠れずに、いつもより早く起きてしまった。


 昨日、何にもしていないもんな……。

 何か役に立つことがしたいのに、何もできない……。


 僕にできることって何だろう……。



 少し考え事をしようと、部室から外に出てみる。

 いつもいる場所だけど、廊下へ出てみると景色がまるで違った。暗がりの中の廊下は新鮮であった。


 暗くて周りがほとんど見えない。廊下の端の方を見ようとしても、真っ暗で見えなかった。

 どこまでも暗い道が続いている。

 すごく不思議な気分であった。


 この道はどこまで続いているんだろう。

 どこかに行きつくのだろうか。

 こんな暗闇の中を進むのはどんな気持ちなんだろう。


 暗闇の中で、何もわからずに突き進む。

 みんなはこんな暗闇の中で、それでも頑張って進んでいるのだろうか。


 考え事をしていると、段々と、空が明るくなり始めていた。

 廊下にも明かりが入り、段々と道が見えるようになってきた。


 ――ガラガラガラ。


 部室のドアが開き、南部さんが廊下に出てきた。


「あれ? 藤木君だ。おはようございます。朝早いんですね?……おじいちゃんですか?」


「……いや、おじいちゃんじゃないよ……。僕はみんなみたく疲れてないし……。南部さんは朝早いね?」


「ふふ。私はちょっとした朝練をするのです。みんなには内緒ですよ。いつも朝早く起きてちょっと踊ってるんです。みんなに少しでも追いつけるように」


 南部さんは僕が思っていたよりも努力家で、まっ直ぐだ。

 何もわからない暗闇の中を進んでいるはずなのに。


「酒姫部の皆さんって、ダンスすごい上手いんですよ。身近でそれが見えて、今が私の成長チャンスなんです!」 


 南部さんは迷いなく進んでいく。


「あ、藤木君にお願いです。朝練したら汗すごくかくと思うんで、プールのシャワー室の鍵用意しててください! あと、誰もいないからって覗きはダメですからね!」

「わかった。けど、無理しすぎないでね」


「大丈夫です!」



 ◇



 二日目も午前中はダンスの練習が行われた。

 運動量の激しい練習が続いた。

 茜さんと二階堂さんは相変わらず一緒に踊っていた。

 周りから見ると、とても仲が良さそうであった。


「おい、茜。ここってどうやって踊ってる? うまく重心が移動できないんだけど……」

「ウララ、そんなことができないのか? こうだよ、こう!」


「こう?」

「いやいや、足の向きがポイントで、コッチ向き、足のつま先の方に力を入れて」


「……説明上手くなったな?」

「うっさいな! 一生懸命教えてやってんだから、できるようになれ!」


 相変わらず口は悪い者同士であった。

 本当は仲が良いと思うのだけれど、喧嘩しているかのようにも見える。

 二人で言い合いながら、顔は笑って練習に励んでいた。



 昨日とは違って、今日は南部さんと久保田さんも一緒になって踊っているようだった。

 二人とも表情は険しい。久保田さんは南部さんを睨んでいるようでもあった。

 ……あの二人、結局仲良くなれてないのかな……?


 ダンスの曲も終盤に差し掛かり、最後の激しいステップを踏んでいく。

 南部さんは、久保田さんの動きについていけなかったようで、躓いて倒れてしまった。

 自主的にやっていた朝練の疲れもあるのかもしれない……。

 大丈夫だろうか……。



 足は特に痛くはなさそうであったが、とても疲れているように見えた。

 ちょっと休憩でもと、飲み物を持って近づこうとすると、久保田さんはダンスを止めた。


 そして、倒れた南部さんを見下ろした。

「……あなた、酒姫になるんじゃなかったの? これであきらめてくれた方が、私的には嬉しいんだけど」



 そういう言葉とは裏腹に、南部さんに向けて手を差し伸べている。

「別に、あなたのためなんかじゃないんだからね。練習が止まるのが嫌なの。早く立って練習の続きするわよ」


 南部さんは久保田さんの気持ちが分かったのか、微笑みながら手を取って立ち上がった。

「……はい。一緒に酒姫になりましょう!」


「……あなたと一緒になんてならないわよ。立ち上がったら勝手に一人でやってなさいって」


「もう……、ツンデレさんですか?」

「あああ!! 私はもっとぷりぷりしてて可愛いキャラのはずなの! あなたといると調子狂う! もう助けない!」


「へへ。昨日は裸で体洗いっこした仲じゃないですかー。あの時みたいに、もっと優しくしてくださいよー」

「……ちょっと。誤解が生まれる言い方しないで! 勝手にあなたが……! あああ! もう!」


 二人のやり取りに酒姫部のマネージャたちがざわついた。

「……久保田さん、そういう趣味があったの……?」

「……男の人とすぐ別れちゃうと思ってましたけど、もしかしてそっち派だったんですか……」

「……だったら私にもチャンスあるかな……?」

 

 久保田さんは怒ってそうに見えながらも、少しだけ微笑みながら南部さんと一緒に踊っている。


 酒姫を目指すもの同士で絆が生まれているのを感じた。

 それもこれも、みんな素直になって気持ちを伝え合ったからなのかな。


 ◇


 午後は、音楽室で歌の練習をする。


 酒姫部エースチームの今度のセンターは八海さんのようであった。

 八海さんが中心となって練習をしている。


 八海さんのクールなたたずまい。

 久保田さんはポップを歌うような可愛さが前面に出ていたが、八海さんは対照的に引き締まった顔、整った目鼻立ち、整った眉。

 隙がないようなクールさを醸し出していた。


 八海さんは、情熱的なバラードを歌う。

 誰への愛を歌っているんだろうか。とても感情がこもっていた。


 歌い終えると、白小路さんが寄っていった。

「相変わらず上手いです! 八海さん!」


 白小路さんが八海さんを褒めながら、飲み物を渡している。

 白小路さんは、推し活部と兼任するために、酒姫部ではマネージャのような役割に回ったようであった。


 飲み物を渡された八海さんは、クールであった表情を緩ませた。


「ありがとう」


 どこかで見たことある光景だと思った。

 推し活部でも同じような光景を見たような……。


 順番で、今度は泡波さんが歌いだした。

 きれいな歌声をしているのだが、どこか感情が乗っていないというか、どこか曇っているような歌い方だと思った。


「泡波、またできてないぞ! 次の演目では、お前が推し活部のメインなんだろ」

「……はい。すいません。」


 数少ない部長のお仕事として、飲み物を泡波さんへと届ける。

「元気ないよ、大丈夫?」


 泡波さんは、合宿になってからずっと調子が悪い。

 ぼーっとして、白小路さんを眺めることが多かった。


 白小路さんと八海さんが、二人きりで楽しそうに話しているのが気になって仕方がないのだろう。


「もう一回泡波歌ってみろ!」

「はい!」



 そんな中、コーラスの練習をする茜さん南部さんは、難易度が高くないようで余裕があった。

 練習の合間には、談笑もしていた。

 午前中の休憩もかねて、それも必要だろう。



 再度泡波さんが歌い終わると、今度は白小路さんが寄っていった。


「レイ、大丈夫?」

「……うん」


「シロちゃんは、やっぱり八海さんと仲がいいんだね」

「そう見えますか? 八海さんは私の憧れだったりして、仲良いとかじゃないですよ、好きなんです」


「……好きなんだ……。私と比べても……?」

「何を言ってるの? レイはレイじゃない?」


「……」



「なかなか、泡波は上手くいかないな。おい藤木、バラードとは何たるかを言ってみろ。補修でやったろ」


 白州先生との補修でひたすら酒姫や、楽曲によって表現すべきポイントを習っていたのだ。

「ええと、バラードは語り掛けるように歌うことです。ロックが叫びだとしたら、バラードは語りです」



「うんうん、じゃあ、バラードは何を語るんだ? 酒姫として語ると良いことはなんだ? 宿題として考えておけって言った部分だ」

 ‌補習では肝心なところは自分で考えるようにと、毎回宿題を出されていた。その答えを僕はいつも考えていた。


「……酒姫が語るべきことは、愛だと思います」


 部長が少し驚いて反応した。

「お、藤木君、おとなー! わかってるー! その結論にたどり着くとは」


「うん。良いだろう! 酒姫は恋愛禁止とされているんだ。それでも歌う自分の愛。魂から漏れ出る気持ち。それを表現してこそのバラード。泡波、好きな人とかいないのか?」


 ‌泡波さんは表情を引き締めて白州先生に答える。

「……います」


「そうか、いるなら話が早い。そいつに向けての気持ちを乗せて歌ってみろ。叫ぶでも、伝えるでもない、ただただ自分の気持ちを語るように。届かなくていいんだ。片思いでもいいんだ。自分の気持ちを乗せてみろ」


「……はい」


 そのアドバイスをもらって、泡波さんは歌った。

 ‌今までの練習からは想像出来ないくらい、格段に泡波さんの歌は良くなった。

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