2次会 ‌参加者は近くにいた

「団体戦は3人必要でしょ? あと一人はどうするか真面目に考えよう?」


 ‌冷静になった僕たちは、あらためて3人目の酒姫をどうするかの議論をしていた。


「……うーん。どうしようもないな……僕が入るしかない?」

 ‌部長は半笑いで、冗談とも本気とも取れない顔をしている。


「もちろん踊りはマスターしているし、歌いながらだって合いの手も入れれるし――」

「お前が酒姫になっても気持ち悪いだろ」


 ‌茜さんが制止してくれた。‌ありがたい。


「……けど、藤木君が正式プロデューサーなら、……僕くらいしか残っていない……」


 ――ガラガラガラ。


 その時、部室のドアが開いた。

 ドアの向こうには、眼鏡をかけたおさげ頭の少女が立っていた。

 うつむいてて顔は見えない。


 少女はこちらのことを一切見ずに、すたすたと部室に入ってきた。


「どうも、霧島さん黒小路君お久しぶりです。私のことは気になさらず続けてくださいませ」


 ぎりぎり聞こえる小さい声。早口で挨拶をして通り過ぎると、端っこの席に荷物を置いて、棚の中身をガサガサとあさり始めた。

 DVDプレイヤーを取り出すと、イヤホンをつけて一人で見始めた。


「……えっと、あのお方は誰でしょうか?」


「そうか、初めて見るよね。あの人はレアキャラ泡波零あわなみれい氏。たまにしか部活に顔を出さないんだ。幽霊部員みたいなものだね」



 泡波さんは、僕からは向かいの席に座っているため、DVDプレイヤーに隠れてしまっている。


 部室に帰ってきてから、部屋をうろうろとしていた山崎先生は、何か気づいたようで泡波さんに声をかけた。


「そう言えば一時期、霧島と一緒に酒姫部にいたんだよな、零」

「気の迷いです」


 泡波さんは受け答えができている。イヤホンをつけていても、どうやら聞こえているらしい。


「酒姫が間近で見れるかもと思いましたが、あの人達は酒姫ではなかったです。そんな人達を間近で見てはいけなかったです」


 かろうじて聞こえる声で答える。漏れ出るイヤホンの音の方が大きいかもしれない。


「洗練された酒姫だから、ステージの下から見るから輝いて見える。まだ酒姫にもなれていないような、まだにもなれていなかった。脱穀されていない稲を近くで見て幻滅しないわけがないです」


 なんか毒づいている……。


「私はただ酒姫が好きなだけです。どうぞお気になさらずに」


 茜さんが困った顔をしながら、説得しようと思ったのか、泡波さんに話しかける。


「私も同意見だったけど……」

「泡波さん! 酒姫やりましょう!」


 茜さんを遮って、南部さんが話に割り込んできた。


「泡波さんが、酒姫を好きなことわかりました! ‌付けている髪ゴム、眼鏡、上履きにもワンポイント、推しのカラーが入っています!」


 DVDプレイヤーの画面から一時も目を離さなかった泡波さんが、顔を上げて南部さんを見た。


「さっきライブDVDで見ました。観客の人が推しの人の色を身に着けて応援していました。常に自分も身に着ける。細かいところまで泡波さん取り入れています!」

「これに気づくの……? あなたも?」


「同担? ‌いえいえ、私は何もまだ知らないのです。推したい気持ちもあるなのですが、推されてしまいまして……」



 ‌南部さんの要領を得ない言葉が続く。


「とにかく、酒姫はとても素晴らしいです! ‌せっかく同じ推し活部にいるのであれば、一緒に頑張ってみませんか?」


 推されるのが嫌だと言っていた南部さんが積極的に酒姫へと誘う。



「……私はやらない」



 ‌先程決意を固めた茜さんも説得に回った。

白小路しろこうじさん頑張っていたよ。 酒姫部で。あなたと2人でユニット組んでたでしょ」


 ‌泡波さんは茜さんを睨んだ。

「まだやめてなかったんだ、あの子」

「一人で頑張ってたよ。まだ逃げるの?」


「どうだっていいでしょ!!」

 ‌泡波さんは、初めて大声を上げた。

 ‌

「人の傷えぐって楽しいですが。私はいいんです。もう。彼女が頑張ってくれていれば……」


 ‌……何やら壮絶な過去がある様子だ……。


「私もやるって言ってんの! ‌ 協力してよ!」

「この部活内では、干渉しあわない約束でしょ! ‌やめてよ!」


 ‌沈黙の時間が流れた。

 ‌泡波さんの拒否反応に圧されて、何も言えないでいた。

 泡波さんと茜さんは、‌睨み合っている。



 ‌静寂の中、つい魔が差して口を挟んでしまった。


「……あの何もやらないよりもやった方が良いと思います」


 ‌無言で二人が睨んでくる

「……酒姫はみんな素晴らしです。頑張っています。自分を飾らず等身大で頑張っています」

「知ってるよ。そんなこと」


「そのままの自分を、素をさらけ出しているんです。ユニットを組んでいた子とのわだかまりを解決しないで、その子は輝けるでしょうか? ‌素直に、心の底からファンに向かって笑えるでしょうか?」


 ‌そのまま僕は話続けた。


「白小路さんという方、見ました。頑張っていましたが、笑顔に影がありました。本当にその子を応援しているのなら、わだかまりを解決すべきです」

「あなたがあの子の何をわかるんですか! ‌なんなんですか、この人」


「泡波さんは、酒姫を知らないんですか!」

 逆に‌僕が声を荒げてしまった。


「酒姫がいるから心枚われる人がいる。酒姫がいるから毎日頑張れる人もいる。酒姫がいるから笑って生きていける人もいるんです! そんな酒姫になろうとしている人の足を引っ張ってどうするんですか!」

「……なんなんですか、この人」



「酒姫好きの熱いやつ」

 ‌茜さんが答えてくれた。


「あなたも、僕場プロデュースします! ‌酒姫になってください!」


 ‌くすんだ眼鏡の奥の目は一向に見えず、表情が分からなかった。



「……と、ごめんなさい言い過ぎました。せめて文化祭まででも……」

 ‌言いすぎてしまったと思い、少し控えめにお願いした。


「ブランク埋めて、ユニットとして戻るもいいし。別にやらなくてもいいよ。わだかまりを解決するために、あなたの姿を見せてあげな」


 ‌茜さんも諭すように言った。



「……話まとまったか?」


 ‌山崎先生の相変わらずのんきな声。


「推し活部の存続のためだと思って、ね。活動しないと、部費泥棒って言われちゃうんだよね。お願い泡波ちゃん。この部屋好きでしょ?」



「そうなんですか……。……わかりました。期間限定という条件付きなら良いです。清酒祭までです。」


「え!? ‌よっしゃ、これで3人揃った!」

「やりました! ‌これから頑張りましょう!」

 ‌部長と南部さんは子供のようにはしゃいで万歳をして喜んでいる。


「……私だって本当は……」


 ‌うつむいて泡波さんが何かつぶやいたが、部長と南部さんの声にかき消されてしまった。

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