わんこむかしばなし「もふ太郎」


 むかしむかしあるところに、いぬのおじいさんといぬのおばあさんがいました。

 おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。


(中略)


 桃から生まれた白いマルチーズの子犬は、もふ太郎と名付けられ、すくすくと――あんまり大きくはなりませんでしたが――育ちました。


「わうーん!」

 もふ太郎は鬼を退治するため、鬼ヶ島を目指して旅立ちました。




 * *




 おばあさん手製の桃太郎の装束を身に着けたもふ太郎は、意気揚々と道を歩きます。


 まずは、仲間を見つけなければなりません。しかし、おばあさんに持たされたきびほねまんまは、全部もふ太郎がたいらげてしまいました。一体どうすればいいのでしょう。


「わうー……」

 なんだか心細くなってきました。おなかもぺこぺこですし。


 もふ太郎が途方に暮れたとき、視界に入ったのは、サルとキジをお供に連れた、桃太郎です。


「きゅーん!」

 その姿を一目見て、もふ太郎はすっかり釘付けになってしまいました。


 世界が何回始まり﹅﹅﹅終わり﹅﹅﹅を繰り返そうが、自分はこの人に惹かれるでしょう。そんな確信すら覚えました。


 もふ太郎が恋に落ちている瞬間、桃太郎の方も白い子犬に気がつきました。


 何せ、桃太郎の装束のミニチュア版みたいな恰好をしたいぬです。目につくのも当然です。


「ん? いぬころ、こんなところでどうしたんだ? 迷子か?」

「ばう! ばう!」


 いぬころじゃなくてもふ太郎だ!と、小さないぬは吠えます。


「も、もふ太郎?」

 桃太郎は変な顔をしますが、マルチーズにはそんなこと関係ありません。しっぽをぶんぶん振りながら、足元にじゃれつきます。


「くーん、きゅいーん」

 うれしそうに鳴くいぬを、桃太郎はついつい反射的に撫でます。


 もふ太郎のやわらかい被毛は、その名に違わぬもふもふっぷりで、気づけば桃太郎はその感触を楽しんでいました。


 撫でられて、マルチーズも満足そうです。


「わうん!」

 一吠えして、自分も桃太郎の旅路に連れていくよう主張し始めました。

 きびだんごをあげてもいないのに、着いてくる気まんまんです。


「でも、こんな小さないぬを連れて行くのは――」

「ばう! ばうばう!」


 もふ太郎は随分不服そうです。置いていったら噛みつかれそうです。仕方なく、桃太郎はもふ太郎をお供に加えました。




 * *




 もふ太郎は、その愛くるしい見た目とは裏腹に、かなりの戦闘力がありました。


 身軽な分すばしっこく、瞬く間に敵の懐に飛び込んでは、噛みついたり引っかいたりとやりたい放題です。


 戦いが終われば、ほめてほめてと桃太郎にすり寄ってきます。


 子犬は、いっぱい撫でてもらった後、きびだんごをおいしそうに食べています。

「小さいのに食いしん坊だなぁ……」


 桃太郎はだんだんこの小さくて丸っこい生きものがかわいくて仕方がなくなっていきました。もふ太郎は、すっかり桃太郎一行のマスコットです。


 桃太郎一行のもふもふ担当として、暇さえあればなでなでされています。


 順調な旅の果て、桃太郎たちはとうとう鬼ヶ島に船で渡ることになりました。


 その前の晩、桃太郎は小さな子犬に告げました。


「もふ太郎はここでお留守番しててくれ」

「わう!?」


「鬼ヶ島は危険なところだ。もふ太郎に何かあったらと思うと、気が気じゃないよ。安全なところにいてくれ」


「きゃいーん!」

 もふ太郎は、やだやだとじたばたします。そんな様子を見ていると、やはりこのいぬにはこれからの戦いは無理なのではないかと、そう思えてならない桃太郎です。


「もふ太郎が安全なところにいてくれた方が、俺もサルもキジも安心できるんだ。大丈夫、終わったらまた一緒だよ」


「くーん……」

 帰ってきたらお嫁さんにしてくれますか? もふ太郎はつぶらな瞳で鳴きました。


「お、お嫁さん?」

 目を丸くする桃太郎。しかし、もふ太郎の目はテコでも動かなさそうです。


「わかった。約束するよ」

 こうでも言わないと留守番しててくれないだろうからな……。桃太郎の胸中にはそんな思惑がありました。


 もふ太郎は、ずっとずっと待っているとさびしく鳴きました。

「大丈夫、必ず戻ってくるからな」




 * *




 桃太郎とサルとキジは、死闘を繰り広げ、無事鬼を撃破することに成功しました。

 帰りを待っているもふ太郎の存在が、桃太郎の活力となったのです。


 鬼ヶ島から帰還した桃太郎一行。


「わう!」

 その姿を見るなり、もふ太郎は駆け寄ってきます。


 一生分に匹敵するぐらいのなでなでと、抱っこと、スキンシップを交わしました。


「わうーん!」

 約束通り、もふ太郎は桃太郎のお嫁さんにしてもらえることになりました。


 桃太郎を連れて、マルチーズはいぬのおじいさんといぬのおばあさんがいる家に帰ります。


 二匹は、もふ太郎がお婿さん(?)を連れてきて、うれしそうです。


「わう!」

「くーん!」

 ふたつの毛玉が、桃太郎の足元にじゃれついてきます。


「わおーん」

 ついでにもふ太郎もくっついてきました。

 三つの毛玉にじゃれつかれて、桃太郎は大変です。


 こうして、ひとりと三匹は、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。おしまい。

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いぬかわいがり すがらACC @allnight_ACC

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