13 いぬとさんたくろーす


 今年初めての雪が降った。


 窓の外は一面真っ白となり、窓ガラスに吐く息はあっという間に曇る。


「わうー……」

 いつも朝から元気な生きものは、今日は布団から出ようとしない。


「わうー、先輩も一緒にぬくぬくしてましょう」

 俺の服の裾を引っ張ってくる。


 ただでさえこの季節の布団の魔力はすごいのに、わうわうな女の子までついてきたら始末に負えない。


 今日は大学がないのをいいことに、俺は否が応でも二度寝の世界に導かれていた。




 * *




 心地よい二度寝から目が覚めると、窓から差し込む陽光は、明らかに昼の光量になっていた。


「わうー」

 瀬名は、べったりと俺にくっついている。起きてはいたが、布団の中でぬくぬくしていたらしい。


 さすがにこれ以上寝るのはまずいので、俺は布団から這い出る。朝に比べればいくらか暖かくなったわけだし。


 まだ布団の中でぐずっていた瀬名だったが、暖房をつけるとしぶしぶ出てきて、こたつの中に潜り込む。


 朝食――最早昼食だが――を済ませても、その調子だ。


「散歩行かなくてもいいのか?」

「こんなに寒いのに出かけたくないです」

 瀬名が散歩に行きたがらないなんて……明日は槍が降るのか?


 彼女は人間になってからというもの、暑さには強くなったが、余計にさむがりになった。自前のもふもふがなくなったから仕方がないとも言えるが。


「わう……先輩も瀬名とこたつでぬくぬくしましょう」




 * *




 十四時頃、一日で一番暖かいという時間帯。

 こたつむりになっていた瀬名は、おずおずと口を開く。

「……やっぱりお散歩行きたいです」


 無尽蔵のお散歩欲は抑えきれなかったらしい。

「じゃあ寒くないようにあったかくしような」


 もこもこのセーターに、スカートの下には防寒素材のタイツ。これまたもこもこのコートを羽織らせ、大きいマフラーを首元にくるくる巻く。極めつけに耳当てを着ける。


「わうー。あったかいです」

 着ぶくれしているが、まぁいいか。これはこれでかわいいし。


 手をつないで、外に出かける。

 雪はそれほど積もっていない上に、無数の足跡がかき分けていた。


 陽だまりが心地よく、寒さをやわらげている。

 もっとも、瀬名の頬と鼻は赤くなっている。しもやけしていないといいが。


 少しでも暖を取ろうと、自然に足が繁華街の方に向く。


 ショーウィンドウ越しに見える店内は、すっかりクリスマス一色となっていた。

 もみの木やリースのステッカーや、サンタクロースの人形が飾られている。


「わう?」

 瀬名は、真っ赤な帽子と真っ赤な服を身に着けた人形に目を留める。


「これ、なんですか? いっぱいいます」

 そうか、瀬名はサンタなるものを知らないのか。


「もうすぐクリスマスだからな」

 俺は、クリスマスとサンタクロースをこんこんと説明する。


「いい子にぷれぜんとをくれる……さんたさん、なんだか先輩みたいです」

「あ、あはは、そんなわけないじゃないか」

 この子にとってのサンタさんは、俺になるだろうが。


「瀬名も、サンタさんに手紙を出して、欲しいものをお願いしたらどうだ?」

「先輩は何をお願いするんですか?」


「先輩はもう大人だからな。サンタさんは子どもにだけプレゼントをくれるんだ」

「わう……」


 瀬名が人間になってから初めてのクリスマスか。

 楽しんでもらえるように、準備をしないと。


 ……まぁ、ケーキは必須だろうな。




 * *




 数日後、瀬名は女児向けのかわいい封筒を差し出してくる。

「さんたさんへのお手紙を書きました」


「じゃあこれは先輩が郵便局に持って行って、サンタさんのところに送ってもらうから」

「わう。お願いします」


 彼女の手紙を大事にリュックにしまうと、俺は大学に登校する。

 空きコマに図書館の椅子に腰掛け、そっと手紙の封を切った。


 一体、瀬名がほしいものはなんだろう。

 封筒とお揃いの便箋には、丸っこい字でこう書いてある。




 サンタさんへ


 せな、いい子にしてます。だからせなのせんぱいに、ぷれぜんとをください。せんぱいがにっこりになるような、ぷれぜんとをください。

 せんぱいはもう大人だから、サンタさんからぷれぜんとがもらえないそうです。でも、せんぱいだってぷれぜんとがほしいはずです。だから、せなのかわりにせんぱいにぷれぜんとをください。せな、せんぱいの分までがんばっていい子にしてます。


                           せなより




「せ、瀬名……」

 思わず目頭が熱くなる。なんていい子なんだ……。これは俄然クリスマスプレゼントをあげたくなってきた。




 * *

 



 クリスマスイブ当日。


「けーき、けーき!」

 瀬名は朝から、しっぽを振ってわくわくしている。彼女の一番の関心事はクリスマスケーキらしい。


 今日まで、目を輝かせてアドベントカレンダーを毎日開けていた。よほど楽しみだったのだろう。中に入っているお菓子の方が主目的だったかもしれないが。


 部屋の中は、数日前からクリスマスの飾り付けをしてある。ミニチュアのクリスマスツリーを棚の上に置いたり、リースを壁にかけたり。


 本格的なものではないが、これだけで随分家がクリスマスめいたものとなる。


「ケーキ予約してあるから、お店に取りに行こうか」

「わうー!」


 散歩ついでに今日の食料を買い込み、ケーキ屋に向かう。

 折角のイブだから、外食することも考えたが、家で自由気ままに過ごした方が、瀬名ものびのびと楽しめそうだ。


 帰宅した後は、瀬名と一緒に部屋の壁に輪飾りをくっつける。

 これで、さらにパーティ気分が盛り上がる。


 夕食は、こんがり焼かれたチキンに、トマトとチーズのピザ。しゅわしゅわのシャンメリー。

 これまたクリスマス一色だ。

 

 瀬名はホールケーキをほとんどひとりでたいらげていた。

「けーき、とってもおいしいです」

 まぁ、今日ばかりは無礼講だろう。


 こうして、クリスマスイブは和気藹々と過ぎていった。


「サンタさん、今日の寝てる間に来るんですよね? 楽しみです。瀬名のお手紙、ちゃんと届いてるでしょうか」

「あはは、きっと届いてるよ」


 うきうき気分で眠れない様子の瀬名だったが、眠気には抗えないのか、やがて寝息を立て始める。


「わうー……」

 俺は、すやすや眠っている女の子の枕元に、そっとプレゼントを置いた。




 * *




「先輩、せんぱいっ」

 クリスマスの朝は、肩を揺さぶられての起床だった。


「ふわあ……瀬名、どうしたんだ?」

「ぷれぜんと、ありました! さんたさんが来たんです!」

 プレゼントの箱を、俺の顔に押し付けんばかりの勢いで見せてくる。


「先輩が開けてくださいっ」

「ん? これは瀬名へのプレゼントじゃないのか?」

「わ、わう……先輩に開けてほしいんです!」


 俺はあくびをこらえながら、赤い包装紙を丁寧に外していく。横から興味津々に覗き込んでくる生きものがいるが。


 中から出てきたのは、三十六色のオイルパステルセット。

 四角いケースの中に、カラフルな色が収められている。


「わ、わう……!」

 横にいる女の子は、目を輝かせている。


「やっぱり、瀬名へのプレゼントじゃないか」

「そ、そうです……でも、どうして?」


 添えられていたサンタからの手紙を、瀬名は慌てて読み始める。




 瀬名ちゃんへ


 お手紙ありがとう。瀬名ちゃんの願いはよくわかりました。瀬名ちゃんの先輩にプレゼントをあげます。

 でも、瀬名ちゃんはとってもいい子だから、特別に瀬名ちゃんにもプレゼントを持ってきました。いつまでも幸せにね。


                          サンタクロースより




 手紙の文面が何か、俺はとっくに知っていた。

 自分で書いたのだから、当然だ。上手いこと筆跡を変えられた。


「せ、先輩の分のぷれぜんとは?」

「ああ、これかな」


 俺は、あらかじめ用意していたもうひとつのプレゼントを取り出す。

 中身は、クッキー缶となっている。後で瀬名と一緒に食べよう。


「さんたさん、とってもいい人です!」

 弾けるような笑顔で、うれしそうにしている。全て、この顔が見たくてやってきたようなものだ。


「瀬名がとってもいい子だからだよ」

「わうー」


 瀬名は早速、画用紙の上にオイルパステルの線を走らせ始める。クリスマスツリーにサンタ、俺と白い子犬がどんどん描かれていく。

 色鮮やかだがやわらかい発色に、重ね塗りに適した性質。きっと彼女向きの画材だろう。


 この小さないい子がいつまでも幸せに暮らせるようにするのが俺の役目かもしれない。

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