【カードショップ アジトへようこそ!】

三角さんかく

【カードショップ アジトへようこそ】

 ラストファンタジーコレクション!様々なカードで戦い、勝利をつかめ!


 TVから流れて来たCMは、今、私が熱中しているカードゲームの物だった。

 通称「LFC」。このゲームが流行ったのには幾つかの原因がある。


 元々は現実世界オフラインで、紙のカードを使って遊ぶゲームだった。それが数年前にPCパソコンやスマートフォンでも出来るプラットフォームが開発されたのが大きい。これでカジュアル層を一気に取り込んだ。また、作画レベルの高いアニメが放送され、低年齢層や女性にも浸透していった。


 私、上紙うえがみ遊奈ゆうなもLFCに心奪われた一人だ。学校で居場所が無いほどに虐められ、それが苦痛で引きこもっていた私は、偶々たまたまTVでCMを見て何の気なしにスマートフォンにLFCをDLダウンロードした。始めて数時間が経つ頃にはすっかりLFCのとりこになっていて、時間を忘れてLFCにのめり込んだ。世界観は自分自身が召喚士となって、モンスターを召喚したり、魔法を使ったり、と言った感じで、ルールはシンプルに見えて奥深く、数千種類にも及ぶカードの組み合わせは無限大。自由度が高く、ユーザーに優しいゲームだ。


 私は、今では勝率上位0.8%のトッププレイヤーにしか与えられない「レジェンド」と言う称号を保持している。


「よし。今日もなんとか勝ち越せた……」

 私はPCの画面で、勝率データを確認しながら大きく溜息をいた。毎日、ログインして10時間はプレイしている。


 今日は早めにゲームを切り上げた。理由は20:00から行われるLFCの世界大会の配信を見る為だ。オフライン部門戦。実際に現実世界で紙のカードを使って戦う大会である。しかも今夜は決勝戦。熱い試合になるだろう。


 母親が夕飯を部屋まで運んできてくれた。家の中なら何とか精神状態を保ってられるけれど、出来るだけ部屋の中に居たい。母親も父親も私が酷い虐めに遭った事を認識しているので、口煩くちうるさい事は一切言ってこなかった。


 20:00になる数分前にPCをつけた。今回の世界大会の舞台はオランダ。もしも日本で行われていたら、リアルで見たかったな、と思いながらマウスを動かす。


 司会者のアメリカ人が英語で決勝戦に残った二人の紹介を始める。それを日本人のゲーム解説者が同時通訳していた。


 一人はオランダ人。地元開催で残ったと言う事もあり、会場に居る大半の観戦者は彼を応援している。もう一人は日本人。なんと日本でも数十人しかいないLFCのプロプレイヤー。このゲームをやっていて、彼を知らない人は居ない。若干17歳にして、今回の世界大会で無敗の男、勝柴かつしば勝也かつや。名前に「勝」の字が二つ入っている事から、winwinウィンウィンと言う愛称で親しまれている。


 20:00になった。


 二人がステージに上がって、握手を交わした。二人とも、にこやかに微笑んではいるが、目の奥は笑っていない。


 試合が始まった。


 三戦中、二勝した方が勝ちと言うシンプルなルール。お互い、「デッキ」と呼ばれる自分がプレイするカードの束を相手に渡した。これはイカサマ防止の為に自分でシャッフルするのではなくて、相手にシャッフルしてもらう為だ。シャッフルを終えて、お互いにデッキを返す。


 一試合目、お互いに一歩も譲らない殴り合いの様な展開になった。ボクシングで例えるなら、接近戦インファイト。どちらが先に相手のライフポイントを削るか、と言った戦いになる。


 このゲームには二つの勝利条件がある。一つは相手にデッキを全て使い切らせて、もう引くカードが無いという状況にした時。もう一つは簡単で、単純に相手プレイヤーのライフポイントという点数を0にした時。


 今回は二人とも必死になって相手のライフポイントを削りにいっている。どちらが速いのか……。手に汗握る攻防に私は目が離せなくなっていた。


 ギリギリでオランダ人プレイヤーが勝利した。会場が一気に沸く。勝柴勝也は、無表情で、次の試合に集中している様子だった。


 勝柴勝也はデッキを変えた。オランダ人プレイヤーも同じくデッキを変更する。相手がどういうデッキを持ってくるのか、と言った読み合いから試合は既に始まっているのだ。


 二試合目。勝柴勝也は、さっきとは打って変わって相手のデッキ切れを狙ったデッキスタイル。対するオランダ人プレイヤーは速攻型のデッキ。このデッキの対決なら勝柴勝也の方が有利だ。勝率は七割、と言ったところか。


 果たして、難なく勝柴勝也が勝った。ふーっ、と大きく呼吸をして、深く椅子に座り込む。


 もつれに縺れた第三試合。最終対決。オランダ人プレイヤーが選んだのは、大量のモンスターを発生させて、相手のデッキを破壊すると言ったコンセプトのデッキ。対して勝柴勝也が選んだのは、ガチガチの守備型のデッキだった。相性は最悪。このマッチだと、勝柴勝也の勝率は二割も無い。


 会場がオランダ人プレイヤーの応援の歓声で沸いた。地元プレイヤーの勝利を確信して、既に拍手まで巻き起こっていた。


 必死で大量に発生するモンスターを倒しながら、勝柴勝也は必死に粘る。しかし相手も世界大会の決勝に残るプレイヤーだ。ミスがない。もう終わりだと言う状況になって、オランダ人プレイヤーは勝柴勝也のデッキを指さした。


 降参サレンダーしろ、と言う意味だ。


 勝柴勝也は、そのジェスチャーを見て首を横に振った。そして目をつむったままデッキの一番上のカードをめくって卓の上に叩きつけた。





 そのカードは大量発生するモンスターを全て倒すという能力のカードだった。





 その後、蜘蛛の糸をつかむような手筋で、勝柴勝也は勝利した。その様は、まさに天国へと上り詰めるカンダタの様だった。しかも、その糸が切れる事がなかった。


 こうして、勝柴勝也はこの年の世界チャンピオンになったのだった。


 その試合を見て、私は興奮のあまり居ても立っても居られなくなった。私もあんな風に紙のカードで誰かと戦ってみたい。外に出るのは怖かった。けれど、それ以上に私を突き動かす衝動が胸に去来していた。


 次の日、母親に少しだけ外出してみたい、と伝えると母親はとても嬉しそうな顔をした。何処に行くの?とも、何時に帰るの?とも聞かずに、気を付けてね、何かあったらぐに電話してね、と言って見送ってくれた。


 平日のこの時間なら、同級生に会う事は、まずないだろう。それでも鼓動が速くなる程の不安感を抱きながら、ネットで検索した駅前のカードショップへ向かう。


 目的の駅前にある雑居ビルの入り口に、立て看板がしてあった。LFCの代表的なカードのキャラクターの絵が描かれている。ここだ。4階にあってスペース利用料は学生だと丸一日でも300円と書いてあった。


 私はこうして、初めてカードショップアジトの門をくぐった。


 扉を開けると、目の前にカウンターがあった。店主らしき男性が目を見開いて、いらっしゃい、と言って手招きをしてくる。まるで、物珍しいものを見つけた様な顔だ。


「あの……初めてなんですけど」

「カードショップアジトへようこそ!お嬢ちゃん、ここはLFCって言うカードゲームの専門店なんだ。LFCは知ってるかい?」

「あ……はい」

「おー!そうかそうか!嬉しいねえ。LFCも遂にこんな可愛い子にも認識されるゲームになったんだなあ」

 うんうん、と何度もうなずいて男性は自己紹介を始めた。


「俺は山崎って言うんだ。皆にはザキさん、って呼ばれてる。お嬢ちゃんもザキさんって呼んでくれ」

「はい、ザキさん」

「お嬢ちゃんの名前はなんていうんだい?」

「上紙遊奈です」

「おー!遊奈ちゃん、よろしくな!で?今日はどんな目的でウチに来てくれたんだい?」

「えーと、実は私、オンラインではLFCをやってるんですけど、オフラインでやった事がなくて……なので、紙のカードを買いに来たんです」

「ふんふん。ちなみに予算は?」

「えーと……」

 財布の中身を確認する。


「三千円くらいですかね」

「う~~~~~ん」

 ザキさんはうなりながら、腕組みをした。


「游奈ちゃん。三千円だと満足なデッキ一つ組めないかな~、って感じだ。初心者デッキなら組めるとは思うんだが、それだと楽しめないしなあ」

「そ、そうなんですね」

「う~ん。あ!良い事を思いついたぞ!游奈ちゃん、『ドラフト』って知ってるか?」

「ドラフト?」

 ザキさんはカウンターの裏から説明書の様な物を取り出した。その紙を私に見せながら「ドラフト」の説明を始める。


 ドラフトとは、簡単に言えば即席でデッキを作って遊ぶやり方フォーマットらしい。あらかじめ用意したデッキではなく、パックと呼ばれるカードが入った商品を何人かで開封して、その場でデッキを組んで対戦する様だ。つまりはアドリブで作るデッキで対決するという事か……面白そうだ。


「是非やってみたいです!」

「お!そうかそうか!新規のLFCプレイヤーは大歓迎だよ!え~と……」

 ザキさんは店の奥に目をやって、プレイスペースで遊んでいる何人かの男性に声を掛けた。皆が物珍し気に私を見る。


「この子、ドラフトやりたいっていってるんだけど、皆、付き合ってくれないか」

「おお!アンタ、LFCやってんのか!是非是非!」

 どの人達も嬉しそうにしてくれた。心の中で安堵の声を漏らしながら、私は頭を下げる。


「じゃあ、やってみよう。ドラフトをやるためには、3つパックを買ってもらわないといけないんだけど、良いかな?」

「はい。お幾らですか?」

「ウチは新規のお客さんには1パックプレゼントしてるんだ。だから2パック買って貰う事になる。1つ500円だから、1000円。いいかい?」

 想像していたよりも安い。しかも1パックサービスしてくれるなんて。良い店だなあ、と思いながらザキさんに、やってみます!と言った。


「よし!じゃあ、お前らドラフトやるぞ~!俺も参加するから、やろうぜ!」

「お!ザキさんが参加するの?俺らも入れてよ!」

「俺も俺も!」

 店の中に居た残りの人達もドラフトに参加してくれる様だ。少し大きめのテーブルに集まってくれた。


「じゃあ、やり方を詳しく説明するぞ。ずは自分が買ったパックを開ける。15枚カードが入っていると思うんだが、その中で自分が使いたい!と思うカードを1枚選んで裏向きで置いてくれ」

「はい」

 ザキさんの指示通り、1枚選んで裏向きで自分の前に置いた。


「OK。残りの14枚を左隣の人に渡してくれ」

「分かりました」

 私はザキさんの言う通り、残りの14枚のカードの束を左隣に居る男に渡す。男は、サッと受け取って直ぐにカードを吟味ぎんみし始めた。


「次は右隣の人から14枚のカードを受け取って、その中から1枚選ぶ。これを繰り返して即席デッキを作って戦う。口で説明すると難しそうだけど、実際にやれば簡単だろ?」

「そ、そうですね……でも何のカードが来るか分からないから、割と運に左右されそう」

「意外に腕の差が出るよ。コツは一周してきた時に、どのカードが残ってるか考える事かな。そこに無かったカードは誰かに取られてるって事だから」

「なるほど」

 私は軽く頷いて、カードの束を見つめた。


 十数分後、カードが皆に配られて、実際に対戦する運びになった。ザキさんが店のホワイトボードに対戦表を書き始める。スマートフォンでランダムに作ってくれている様だ。


「よし。こんなもんか。じゃあ、游奈ちゃん。初対戦を楽しんでくれ」

 鼓動が速くなっていくのを感じながら、コクッと首を縦に振った。


 一回戦。対戦相手は分厚いメガネを掛けた華奢きゃしゃな風貌の男性。大学生くらいの年齢だろうか。お願いします、と頭を下げてきたのを見て、慌てて私も頭を下げた。マナーの良い人だな、と感じた。


 メガネ男が作ってきた即席デッキは速攻型だった。勿論、既存のデッキに比べると速さは劣るものの、完成度はかなり高い。しかしながら、私の作ったデッキと相性が悪く直ぐに男のライフポイントは0になった。


「え?游奈ちゃん、勝ったのかい?」

「あ、はい」

「へえ!結構、やるじゃないか!」

 ザキさんは嬉しそうに私の肩を叩いた。メガネ男は悔しそうだったが、しっかりと頭を下げて、対戦ありがとうございました、と言った。


 次の試合はサラリーマン風のスーツ姿の男だ。なんでも仕事をサボってカードショップアジトでLFCをやっているとの事。そんな悪い事して良いのかなあ、と思いながらカードの束をシャッフルした。覚束おぼつかない手つきに、男は心配そうに私の手元を見つめていた。


 ところが、試合が始まるなり男の目つきが変わった。私が何度か放った連携技コンボを見て、はあ~!上手いな!と感心している。嬉しくなって、何度も繰り返しコンボを決めると、男は参った!と言って降参サレンダーした。


「おい、ザキさん!この子、めちゃくちゃ上手いぞ!」

「そうなのか?これは決勝戦が楽しみだな」

 ザキさんが対戦を終えて、トーナメント表にペンを走らせた。決勝はザキさんとの対決だった。


「ザキさん!絶対勝ってくれよ!」

「ははは。任せろ!」

 客からの応援をザキさんは笑顔で返した。そして、ゆっくりと私の目の前に座る。他の客達はザキさんの後ろで観戦する事にしたようだ。メガネ男とサラリーマンは、私の後ろに立った。


「俺は、俺を負かしたこの子の観戦をするぜ」

「僕もそうします」

 緊張するけれど、少しだけ心強い。


 決勝戦。流石、店長と言った感じで、ザキさんは強かった。しかし、デッキが切れるギリギリで放った私のコンボを防ぎ切れずに、ザキさんのライフポイントは0になった。


「おいおいおいおい!游奈ちゃん!君、本当に初心者かい?」

「オンラインしかやった事ないので、まだまだです。ドラフトも初めてやりましたし」

「へえ~。オンラインでのランクってどの位だい?」

 私はまごまごしながら、か細い声でレジェンドです、と言った。


「え!?レジェンドなの!?そりゃあ、強い訳だ!」

 ザキさんは、とても嬉しそうだった。


「游奈ちゃん、これからもアジトにおいでよ。皆、リベンジしたいだろうし」

 ザキさんの発言に皆が頷いた。


 私は嬉しくなって、はい!と答えた。初めて仲間が出来た感覚を覚えた。


 対戦を終えて、少しだけ感想戦をした。皆が、ただの女子高生の私に、これはどうだった?この時のプレイはどうすれば良かった?と聞いてきた。私は、幸せな気分になって皆に丁寧ていねいに説明したり、自分の意見を述べたりした。


 帰宅して、母親に今日あった事を伝えた。母親は、私の話を聞きながら、うんうんと頷いた。私が話を終える頃には、涙ぐんで、これからもそこに通ってみなさい、と言ってくれた。


「でもお母さん、毎日通うと結構な出費になっちゃうから……」

「一日、何万円もするものなの?」

「えーと一日、1800円かな」

 プレイ料金に3パック。


「う~ん……ちょっとお父さんに相談してみるけど、貴方が外に出る切っ掛けになるなら、お母さんは嬉しいよ」

「でも、それは流石に高すぎると思うし、土日祝は同級生に会うかも知れないから、毎日は行かないよ」

「そう?でもお母さん、本当に嬉しいな」

 母親は、私を抱きしめて言った。私も嬉しくて、母親の胸の中で泣いた。


 こうして私はカードショップアジトの常連となる。


 足繁く通う内に、段々と知り合いも増え、毎日が楽しくなっていった。LFCは私の孤独を埋めてくれるだけでなく、友人まで作ってくれた。たかがゲームと人は思うだろうけど、私にとってLFCは救いだった。


 ドラフトを毎日の様にプレイしていく内に、どんどんとスキルが上達して、カードショップアジトの中では負けなし、と言われるまで成長した。ザキさんに、良かったら日曜日に開かれるドラフト定例大会に出てみないか?と言われて、私は迷った。もしかしたら、街中で同級生に会うかも知れない。怖い。


 私はザキさんに、虐められて不登校になっている事を告白した。ザキさんは何となく気付いてたよ、と言った。そりゃそうだ。女子高生が、平日の昼間から毎日の様に遊びに来るなんて、よく考えれば、不自然だ。ザキさんは目を細めて、無理はしなくていいんだけど、と話を始めた。


「実はな、俺も昔、酷い虐めに遭ってたんだ。と、言うか、ココに来る連中の大半は、人と上手くコミュニケーションの取れない奴が多いんじゃないかな。今と違って、当時のLFCはかなりアングラな趣味だったし、愛好家も少なかった。俺は社会人になって、サラリーマン生活をしながらLFCをしてたんだけど、やっぱり仕事で上手くコミュニケーションが取れなくてさ。辞めた。そんで、この店をやる事にしたんだ」

「そうだったんですね」

「ここは皆に取って逃げ場なのかも知れない。でも大切な場所だよ」

 ザキさんの目は慈愛に溢れていた。


「游奈ちゃん。無理にとは言わない。少しだけ頑張ってみないか?」

 その一言で、私は踏ん張れる気がした。


 家に帰って、日曜日に出かけてもいい?と母親に聞いた。母親は目を大きく開いて、大丈夫?と聞いてきた。私は肩をすくめた。


「本当は全然大丈夫じゃないの。でも、今までお母さんも、お父さんも、無理しなくていい、いつか外に出られる様になればいい、って言ってくれてたじゃない?外には出れる様になった。次は学校の外で誰かに会うかも知れないけれど、怖いけれど、日曜日に出かけてみたい。それが普通に出来る様になったら、次は保健室登校してみたい」

 そう震える声で母親に言うと、母親は目をしばたかせて微笑んだ。


「うん。私は游奈の事を応援したい。行ってきなさい」

「ありがとう、お母さん」

 私は少し泣いた。それを見て母親も少し泣いた。


 日曜日になった。家を出る直前まで、過呼吸になりそうだった。母親は止めておく?と聞いてきたが、私の意志は固かった。何とか玄関を出て、カードショップアジトを目指した。


 駅前が一番怖い。誰かに会ったらどうしよう。そんな風に考えていると、部活終わりの同じ高校の制服を着た生徒達が、駅の出口から出てくるのが見えた。恐怖で足がすくんだ。


 怖い。怖い。怖い。


 それでも、カードショップアジトまでは残り十数メートル。大丈夫。私には仲間達が居る。


 気付くと雑居ビルのエレベーターに乗っていた。その事が私を安心させて、吃驚びっくりする程大きな溜息をいた。


 カードショップアジトの扉を開けると、ザキさんが直ぐに私の元に駆け寄って、游奈ちゃん大丈夫か?と聞いてきた。私は、少しだけしんどいです、と正直に言った。


「これ、俺のおごりだ」

 店の奥にある冷蔵庫から、スポーツドリンクを取り出して、私に手渡してくれた。ありがとうございます、と言って、一口飲む。口の中がいつの間にかカラカラになっていたのだろう。染みた。


 メガネの男も、サラリーマン風の男も、他の客も、事情を知っているのか無言で笑いかけてくれた。


 大会が始まった。


 私は、いつの間にか消えた不安感に自分自身で驚きながら、目一杯大会を楽しんだ。結果は準優勝だったけれど、日曜日にカードショップアジトの門を潜れた事が嬉しかった。それから何度か行われる大会で、私は何度も優勝した。


 いつの間にか、私の噂はLFC界隈で広まったらしく、他店からも挑戦者が来る様になった。嬉しい。私の存在価値が認められた気がしたのだ。何人もの挑戦者が訪れたけれど、私は一度も負けなかった。


 ある日、いつもの様にカードショップアジトの門を潜ると、雰囲気がピリピリしているのを感じた。不思議に思いながら、カウンターに居るザキさんの元に行くと、ザキさんが少し緊張した面持ちで私にささやいた。


「游奈ちゃん。今日も游奈ちゃんに挑戦したいって客が来てるんだけど……」

「はい」

「あの……winwinって知ってる?」

「え!?」

 プレイスペースを見ると、勝柴勝也がカードショップアジトの常連達とLFCで戦っているところだった。


「弱いなあ、お前ら。俺のライフポイント、半分にも出来ないのかよ。この店のレベル、大分低いな」

「くそっ」

 サラリーマン風の男が、対戦で負けた様だ。


「あ、游奈ちゃん……」

 客達が私に気付いて、こちらを振り向いた。


「お!お前が上紙游奈?」

 勝柴勝也はニヤリ、と笑って私の近くまでやって来た。


「俺と勝負しろよ。ここの客、レベル低すぎて退屈してたんだ」

「……」

 私は仲間達が馬鹿にされた事にいらついて、勝柴勝也をにらんだ。


「なんだよ、その目」

「私の友達を馬鹿にしないで」

「馬鹿になんてしてねえよ。ただ、弱くて相手にならねえ、って言ってるだけだよ」

「それが馬鹿にしてるって言ってるのよ!店から出て行って!」

 思わず、声を荒げてしまった。


「へえ?俺に指図すんのか。良いぜ、俺に勝ったらお前の言う通りにしてやるよ」

「分かったわ!」

「お前、構築済みのデッキ、持ってないんだろ?ドラフトにしようぜ」

「望むところよ!」

 店の中の数人の客が俺も参加する!と、わらわらとプレイスペースに集まった。


 勝柴勝也の提案で、全員VS勝柴勝也で勝負が行われる事になった。勝柴勝也は、挑んでくるカードショップアジトの常連達を、ばったばったと切り伏せた。


 流石、世界チャンピオン。


 遂に、私の番になった。呼吸を整えてデッキをシャフルする。あれだけ覚束なかった手付きが、今ではスムーズだ。これも何もかも、私とカードショップアジトの常連達との絆の証拠だ。大丈夫。私には皆がついてる。


 勝負は静かに始まった。


 序盤、勝柴勝也は様子見と言う感じで、モンスターを召喚しては慎重にコチラの動きを見ていた。私は構わずにドンドンとモンスターを召喚して、勝柴勝也のライフポイントを削りに行った。


「へえ?中々やるじゃん」

 勝柴勝也は笑いながら、デッキの上からカードを捲った。そして、そのままカードをひっくり返して盤面に置いた。


 世界大会で、勝柴勝也が決まり手にしたカード。


 大量発生するモンスターを全て倒すという能力のカード。


 私が盤面に召喚したモンスター達は、全て倒されてしまった。苦しい展開に、思わず顔がゆがむ。まだだ。まだ望みはある。


 勝柴勝也が今までと違って、急に距離を詰めて接近戦インファイトに戦法を切り替えた。その動きに対応出来ずにライフポイントを大量に失った。このままでは押し切られる。


「なあ、もう手はないと思うぜ?」

 勝柴勝也が私のデッキを指さした。降参サレンダーうながすジェスチャー。私がデッキの上に右手を乗せれば、その時点で勝負は終わる。苦しさの余り、勝柴勝也の言葉に乗ってしまいそうになった。その時、ザキさんの言葉を思い出した。


「ここは皆に取って逃げ場なのかも知れない。でも大切な場所だよ」

 そうだ。ここは大切な場所なんだ。私は、ここを守りたい。


 私は目を瞑ってデッキの上からカードを引いた。お願いします、神様。いいえ、悪魔でも構わない。もう二度と幸運が訪れなくても構わない。誰でも良いから、私の願いを叶えて。


 目をゆっくりと開けて、自分が引いたカードを見た。それは暫くの間ライフポイントが削られる事がない、という能力を与えてくれるカードだった。


 引けた!


 私は盤面にそのカードを出して、手札に残ってるモンスターを全て召喚した。勝柴勝也は目を瞬かせて、逡巡しゅんじゅんした様だが、深く溜息を吐いて右手をデッキの上に乗せた。降参サレンダーのジェスチャー。


 その瞬間、カードショップアジトは揺れた。


「負けたよ。完敗だ」

「もう二度と店には来ないでよね!」

「ん?」

 勝柴勝也は不思議そうな顔をして、私を見た。


「そんな約束はしてねえよ。お前は『店から出て行って』とは言ったけど、『二度と来ないで』とは言ってない。カード効果の処理みたいなもんだよ。お前もカードプレイヤーなら、分かるよな?」

「うっ……」

「ふふふふふ。面白ぇ女。絶対また来るからな」

 勝柴勝也は笑いながら、ザキさんの元へ行って会計をし始めた。


「なあ、店長さん。提案があるんだけど」

「なんだい?」

「俺、この店をホームグランドにしたい。宣伝とかバンバンやるから、また店に来させてよ。頼む!もう皆を馬鹿にしたプレイはしないって約束する!」

 手を合わせて頭を下げた勝柴勝也に、ザキさんは分かったよ、と言って勝柴勝也の肩を叩いた。


「お!マジ!?って事だ!上紙游奈!次こそは俺が勝つ!」

 勝柴勝也の嬉しそうな顔を見て、私は思わず嘆息した。




 それからも私はカードショップアジトへ通っている。勝柴勝也は相変わらず、皆に対して居丈高に振舞っているけれど、常連達はもう慣れてしまって、可愛い奴だな、と微笑ましい目で見ている。私はと言うと、少しずつ学校へ通える様になった。これも何もかも、LFCのお陰だ。最近、勝柴勝也は勝負に勝ったら俺とデートしてくれ!と言う様になった。ちなみに、デートを賭けた勝負には一度も負けていない。勝柴勝也のホームグランドになったのが原因で、今日も駅前にある雑居ビルの4階に、多くの人々が集まって来る。人の良い店長が、客が来る度に満面の笑みで頭を下げて、こう言う。


 カードショップアジトへようこそ!

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