申し訳ございません!【正の字シムシティ】

川門巽

申し訳ございません!

「申し訳ございません!」パンッ

 彼女がそう云いながらわたしの頭を叩いたのはこれで34回目だ。

 ファストフード店でモーニングセットを頼み、それが緑色のオボンに乗せられ運ばれてきたと思ったら、彼女は突然、私の頭をそのオボンで叩き始めた。

「申し訳ございません!」パンッ

 これで35回目。彼女はどうして私の頭を叩いているのだろうか? 

 ようやくモーニングセットを食べ終えたので、その理由を聞いてみることにした。

「どうしてあなたは私の頭を叩いているのですか?」

 わたしがそう聞くと彼女は、大きく振りかぶった。……ああ、次は痛そうだ。

「申し訳、ございません!」パンッ

 36回目。これでわたしの年齢と同じ数になった。

 もしかして、私の年齢を知っているのだろうか? 日本にはそんな風習があるのか? ドリンクに残った氷を噛み砕きながらそう考えていると、

「申し訳ございません!」パンッ

 37回目が降ってきた。しかし、叩かれたところで気づいたことがある。

 そう、前回オボンよりも力が弱いことに。つまり、私の推理は当たっているかもしれない。砕かれて水と化した氷を飲み込み、それを確かめてみた。

「ありがとうございます」

 まずはお礼だ。わたしの誕生を祝ってくれているのだから。

 すると彼女は少し顎を引き、眉をしかめてこちらを見る。これはどういう表情なのだろうか? 

「正解? 不正解?」

「何がですか? 申し訳ございません!」パンッ

 ああ、不正解ということか。38回目のオボンが私の頭を叩いた。不正解が正解だということはわたしにも分かる。なぜなら今までで最も痛かったからだ。

 となると、話は難しくなってくる。さっき彼女に理由を聞いてもなぜ頭を叩いているのかは答えてくれなかったから、自分で考えなければならないだろう。

 なにか悪いことをしたのか、過去に頭を巡らせて考えてみるがなにも思い浮かばない。私はここで朝から8$のモーニングセットを食べていただけなのだから。

 やはり、彼女が日本人だということに関係があるのだろうか?

「あなたが日本人だということと、あなたの行為に何か関係はありますか?」

「あなたに好意なんてありません。申し訳ございません!」パンッ

「あなたが日本人だということと、あなたの行為(オボンを振る動作を真似る)に何か関係はありますか?」

「申し訳ございません。申し訳ございません!」パンッ

 ……なるほど。これでかなり多くの情報を得ることが出来た。

 ケース39の直前、彼女は行為と好意を聞き間違えた。これはもちろん、わたしの拙い日本語が悪い。ジェスチャーを予め交えるべきだった。しかし、彼女は私に好意が無いということが偶然にも分かった。怪我もせずに、怪我の功名を得てしまったな。

 ケース40では反省し、オボンを振るジェスチャーを交えた。するとどうだろう、彼女は二回謝ったにも関わらず、彼女は一回しか頭を叩かなかった。

 これは大収穫だ。なぜなら「申し訳ございません」は、必ずしもオボンを叩くとき専用のセリフではないということが分かったからだ。そして彼女は少なくとも、私の問いに何かしら答えてくれる。

 だとしたら、次にやることは決まっている。

「ありがとう。これを受け取ってくれ」

 わたしは怪我もしていないのに功名を得てしまったため、1$のチップを差し出す。

「受け取れません。申し訳ございません!」パンッ

 まさか、と思い自分の頭を触る。あまり痛くなかったので気が付かなかったが、ちょっとだけ血が付いていた……。なんだ、怪我をしていたのか。この世はよく出来ている。私は1$を財布に戻した。

 血を拭くためにテーブルを見回すが、ペーパーナプキンが見当たらない。足をガッチリ、イスに固定されているため隣の席にも取りに行けない。

「ペーパーナプキン、いただけるかな?」

「はい、どうぞ」

 彼女はペーパー・ナプキンを差し出してくれた。血を拭いたナプキンを、ゴミ箱へとノールック・シュートを決めた後、脱線した話を戻す。

「今の、結構凄くないか? ここから10メートルはあるだろう」

「凄いと思います。申し訳ございません!」パンッ

「ああ、おい。あなたは覚えていないかもしれないが、もうこれで41回目だろう。ノールック・シュート記念に一回ぐらい、オボン叩きをやめてくれてもいいんじゃないか?」

「さっきで42回目でしたよ。申し訳ございません!」パンッ

 確かに、よく考えれば42回目だった。間違えてしまったせいで43回目に発展してしまった。もう絶対に忘れないでおこう。

 再び彼女にペーパーナプキンを取って来てもらい、ボールペンも彼女の胸ポケットから勝手に拝借する。「申し訳ございません!」パンッ

 そして正の字を8個書き、その横に、今叩かれた分も合わせて4本の線を引く。あと一回で、ちょうどよく正の字が9個並ぶ。

「申し訳ございません。もう一回だけ叩いて貰えますか?」

「申し訳ございません」

 彼女は深々とお辞儀する。あれ、どうすれば叩いて貰えるのだったか? このままだと正の字が中途半端で気持ちが悪い。どうにかしてもう一回、叩いて貰わなければならない。

 わたしはボールペンをグルグルと回して、天井に向かって投げてそれをキャッチしてみせた。

「これで、どう?」

「…………………」

 彼女は無言だったので、再び挑戦する。さっきよりもより高く、10メートルに到達する高さへと投げてキャッチする。

「申し訳ございません!」パンッ

「正正正正正正正正正……これで45回! ありがとう!」

「申し訳ございません!」パンッ

 ああ、また気持ち悪くなってしまったではないか! 冷や汗がわたしの首筋を伝わる。足をガッチリとベルトで固定されている上、オボンで叩かれているせいでイスのアシも少し地面にめり込んでいる。貧乏ゆすりをしようと思っても出来ない。

 気持ち悪さに耐えられなくなったわたしは、生まれたばかりの正の字に線を4本足そうというヨコシマな考えが頭を過ったが、現役時代のフェアプレー精神を思い出し踏みとどまった。

「あなたは何才だ? ……ああ、失礼。嫌なら答えなくてもいい」

「21才です」

「そうか、教えてくれてありがとう。スポーツは何かやっているか?」

「ボクシングです」

「それはいい。ならばフェアプレー精神を思い出してほしい。この状況は果たしてフェアだろうか?」

「…………」

 そう聞いた彼女はうつ向いて、オボンをテーブルの上に置いた。私の云いたいことが伝わったのだろう。貧乏ゆすりがしたいわたしは「このイスから解放してくれ」と頼もうとしたが、彼女は拳を思いっきり握っている。

「申し訳ございません!!」バキッ

 そして顎をアッパーで殴られた。

 彼女は細身だが、そのパンチはW・ロナウド選手のシュートをゴール前の至近距離で顔面に受けたときを思い出した。

 あのときは大事な試合だったのに、ゴールキーパーであるわたしが気を失ったせいで大敗したのだったな。

 ……………。


 

「申し訳ございません!」パンッ

 オボン叩きで目が覚めると、まだイスの上だった。わたしはどのくらい気を失っていたのだろう。揺れている視界をイヌのように頭を震わせて元に戻す。

 あ! まずい、聞かなければならないことがある。

「申し訳ない、今、オボン叩きは何回目だ?」

「……? 申し訳ございません。私にも分からないです」

 クソ、この正の字村はもう焼き払うしかないのか。オボン叩きが何回目なのか分からないのなら、この正の字村が存在する意味はない。ズボンからライターを取り出して着火しようとしたとき、後ろの席から男の声がした。

「71回目だよ」

 なんと、数えてくれている人が居たとは! すぐに目を見てお礼をしようとするが、気を失っている間に腰までベルトで固定されたみたいだ。

 わたしは彼女に頼む。

「申し訳ない。すぐに彼の目を見てお礼を言いたいのだが気を失っている間に腰までベルトで固定されたみたいだ。この正の字村の裏に、彼の似顔絵を描いてくれないか?」

 彼女は「わかりました」と云い、似顔絵を描いた。(絵がとってもお上手!)

 その絵には、見覚えのある顔が書かれていた。これは……W・ロナウド選手ではないか! わたしを気絶させたこの野郎!

 その写真みたいな似顔絵に向かって罵倒しようかと思ったが、現役時代のフェアプレー精神がそれを踏みとどまらせた。

 サッカーにおいて、コートの中では何をやってもいいが、コート外では話が別だ。ヤツとの踏んだり蹴ったりは機会があればコートの中でするとしようじゃないか。

 その写真みたいな似顔絵(彼女は今すぐボクシングをやめて画家になったほうがいい!)に向かってお礼を言う。

「W・ロナウド、久しぶりだな。数えてくれてありがとう。教えてくれてありがとう」

「いいってことよ。……ところで、さっきからC・ジョンとその店員の女の子は何をやっているんだ?」

「確かにな。なあ、わたしたちは一体何をやっているんだ?」

「申し訳ございません!」パンッ

 72回目のオボン叩きが発生した。まあいいだろう。睡眠学習というやつか、もう痛くも痒くもないからな。

 正の字村を正の字町に発展させようとしたところで、再び気持ち悪くなってくる。

「申し訳ない。このベルトを解いてくれないか? ……ああ、もう貧乏ゆすりは収まった。ただお花摘みに行きたいのだ」

「わかりました」

 彼女はそう云って、ハサミを使ってベルトを切断する。

 よし、これで自由だ。お花摘みに行くとしよう。


 お花摘みを済ませてスッキリしたわたしは再び同じ席に着席する。目の前に座っていたW・ロナウドと、少し思い出話に花を咲かせた。

「W・ロナウド、お前の至近距離シュートは痛かったぞ」

「C・ジョン、お前の守備は固かったからな。あのときは思いっきり顎めがけて蹴ってやったよ!」

 そう云いながらW・ロナウドは笑った。どうしようかな。画家ボクサーの彼女に殴ってもらおうか。

 いや、ここはコートではない。サッカーという競技はコートの中では本当に何をやってもいいが、コート外では話が別だ……。

 待てよ。ならこうすればいいのではないか?

「W・ロナウドよ。今からこのテーブルをコートにする」

「何を云っている? こんな狭い場所でサッカーは出来ないだろう」

「そうだ。サッカーは出来ない。もしサッカーが出来たとしても、人が死にかねない。だから新しいスポーツを考えたんだ。……申し訳ない、画家ボクサーさん。オボンと、左のそれをテーブルの上に置いてくれないか。……ああ、左というのは画家ボクサーさんから見て左だ。さっきわたしを殴ったほうの手ではない」

「わかりました」

 画家ボクサーの彼女はテーブルの上に、緑色のオボンと左手に付けていた赤いグローブを置く。

「これで準備は整った。ジャンケン対決だよ、W・ロナウド」

 察しがいいのか、W・ロナウドはわたしが今からやろうとしているスポーツを理解したみたいだ。いい歳こいて未だ金色に染め上げている眉をひそめこちらを見ている。

 ……よく見ればムカツク顔をしている。画家ボクサーさんはもう少しこの男の憎たらしさを描きこむべきだった。彼女のタッチは優しすぎる。

「C・ジョン……どうなっても知らないぞ? 俺は手加減しない」

「ああ、もちろんわたしもだ。……じゃあ、画家ボクサーさん。始めてくれ」

「はい、いきます。……叩いて被ってジャンケン……」


「オラァ!」

 わたしはグローブを取り、W・ロウナドの顎めがけてパンチする。

「申し訳ございません!」

 画家ボクサーはオボンを取り、73回目をわたしに振り下ろした。

 

 これで勝負あったと思ったが、目に捉えたはずのW・ロナウドは宙に飛び上がっていた。いつの間に!

「サッカーは……蹴りを使うんだよ!」

 これはサッカーじゃない! お前は馬鹿か! そう主張しようとした刹那、いい歳こいて未だに金ピカのスパイク履いているヤツの足がわたしの顎めがけて飛んでくる。お前は現役なんかとっくに引退してるだろう。

「ゴール・キーパーごときのお前には分からないだろうがな!」 

 云っている意味は全く分からなかったが、それと同時に形容しがたい音が聞こえた……。間違いなくヤツの蹴りは、わたしの顎を捉えた。

 ………………。



「申し訳ございません!」パンッ

 オボン叩きで目が覚めると、またイスの上だった。

 わたしはどのくらい気を失っていたのだろう。揺れている視界を電動歯ブラシのように頭を震わせて元に戻す。

 あ! まずい、聞かなければならないことがある。

「申し訳ない、今、オボン叩きは何回目だ?」

「140回目です」

「……そうか。ところで、なぜオボンでわたしの頭を叩いている?」

「サッカーが大嫌いだからです」

「なるほどな。わたしも完全に同意だ。サッカーなんて、二度とごめんだ。もうやりたくないよ」

 

 私はモーニングセットの8$と140$のチップを画家ボクサーに渡し、店を去った。サッカーとかいう最悪なスポーツは二度とやらないと心に決めて。

 家に帰ったら、シム・シティでも遊ぼう……。


 ピー!(試合終了のホイッスル)

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