第4話 浄化の奇跡

 山に分け入って数時間ほど歩き、少し開けた場所に到着した。


「ようし、着いたな。準備するぞ。あ、ホリーちゃんは座って休んでてくれ」

「はい」


 それからヘクターさんはテキパキと指示を出していき、衛兵さんたちも勝手知ったるといった様子で次々と下草を刈っていく。


 というのも、実はこの場所は毎年私たちがゾンビ退治をしている場所なのだ。


 山の中なのに少し開けているため、下草をきっちりと刈っておけばネズミのような小動物のゾンビも見逃すことはない。


 なぜそんな小さなゾンビを気にするのかと言うと、実はゾンビの中で厄介なのはそういった小動物のゾンビだったりするからだ。


 ゾンビは一度死んでいるだけあってか、その動きはとても緩慢だ。そのため人や大きな動物のゾンビであれば倒すこと自体はそう難しくない。


 だが小動物のゾンビの場合は、そう簡単にはいかない。そもそも見つけることが難しいので、いつの間にか足元にいて足をガブリと噛まれたりするのだ。


 一度かまれてしまうと大変で、抗ゾンビ薬で素早く処置をしなければ傷口が腐り、やがて命を落としてしまう。そしてゾンビに噛まれたことが原因で命を落とすと、その遺体はすぐさまゾンビとなってしまうのだ。


 それに見逃した小動物のゾンビは別の生き物を噛み、再びゾンビを増やしてしまう。


 だから全てのゾンビをきっちりと退治しきることが重要で、その中でも一番見逃しやすいのが小動物のゾンビというわけだ。


 私が座って待っている間にも枯れた下草がしっかりと刈り取られていき、やがてすっかりきれいになった。


「ようし。もういいだろう。それじゃあ、ゾンビスモークを焚くぞ。注意しろ」

「「「はい」」」


 いよいよだ。


 私たちの間に緊張が走る。


 ヘクターさんは壺の中に入ったパウダーに火をつけた。するともくもくと煙が上がり始める。


 ゾンビスモークというのは特殊な匂いを発する木を乾燥させて粉末状にしたもので、火をつけるとちょっと変わった匂いのする煙が発生する。


 ゾンビはどういうわけかこの煙が大好きなようで、次々にゾンビが寄ってくる。


 そうして寄ってきたゾンビを私たちが倒すというわけだ。


 それからしばらく待っていると、遠くからゾンビの唸り声が聞こえてきた。


「あ゛ー」


 するとあちこちから似たような唸り声が聞こえてくるようになる。


「あ゛ー」

「あ゛ー」

「う゛ー」


 一体どこにこれほどいたのやら。


 鹿のゾンビ、猿のゾンビ、そして熊のゾンビにネズミのゾンビが次々に私たちのほうへとやってきた。


「ようし! 任せろ」

「俺だって」


 そうして寄ってきたゾンビたちに向かってニール兄さんたちが風の刃を飛ばし、足を切り落として動けないようにしていく。


「ホリーちゃん!」

「はい!」


 私は倒れたゾンビに近づくと、浄化の奇跡を発動した。


 すると私の全身からキラキラとした金色の光があふれだす。おじいちゃんたちが言うには、このとき私の瞳と髪が金色に輝いているらしい。


 私はわざわざ鏡の前でやることはないので見たことはないが、もしそうなら私はちょっと嬉しい。


 だって奇跡を発動している間は、瞳の色が魔族のみんなとお揃いになるということなのだから。


 そうしているうちに、目の前のゾンビはすべて灰となって消滅した。


「ホリーちゃん、こっちも頼む!」

「はい!」

「こっちも!」

「はい!」


 こうして私たちは近寄ってくるゾンビたちを次々と退治したのだった。


◆◇◆


 やがて日が沈みかけたころ、ようやくゾンビが寄ってこなくなった。


「やれやれ、今年は相当多いかもしれないな」


 ヘクターさんはうんざりした様子でそう呟いた。


「そうですね。去年よりもずいぶんかかっちゃいましたね」

「ああ。ホリーちゃんがいなかったらと思うとゾッとするよ」

「そんな、私なんて……」

「いや、ホリーのおかげで助かってるよ。ホリーがいなかったら火を使うしかなかったからな」

「そうだな、ニール。これだけ枯れ草が多いからな。だから、ホリーちゃんがいてくれて助かるよ」


 そう言ってヘクターさんは私の頭をポンポンと軽く撫でてきました。


「ちょっと、ヘクターさん。私はもう成人してるんですからね」

「んー、そうだなぁ。でもこれだけ小さいとなぁ」

「ヘクターさんが大きすぎるんです!」

「はは、そうかもな」


 私の抗議などどこ吹く風といった様子です。


「まあ、いいじゃないか。小さいと可愛いもんなぁ」

「ちょっと! 私は人族にしてはそんなに背が低くないんですからね。大体、二メートルもあるヘクターさんが大きすぎなんです!」

「でもホリーは一メートル五十センチしかないけどなぁ」

「ニール兄さん、五十二!」

「大して変わらねぇって」

「変わる! それにこれからもっと背が伸びる予定なんだから!」

「予定は未定ってな」

「ちょっと! ニール兄さん!」

「おっと」


 小突こうとした私の肘をニール兄さんはひらりと躱した。


「ははは、まだまだだなぁ」

「ちょっと! なんで避けるの!」

「ははは。そんなにお転婆じゃ嫁の貰い手がいないぞ」

「ちょっと! ニール兄さん!」

「おい! お前らの仲がいいのは分かったからその辺にしておけ。さすがに追いかけっこはやりすぎだ」


 ニール兄さんを追いかけようと立ち上がったところで、ヘクターさんにたしなめられてしまった。


「すみません……」


 私は慌てて謝る。


 どうにもいつもの調子でニール兄さんにからかわれるとこうなってしまう。


「あ、そうそう。ニールは帰ったら訓練、倍な。こんな場所でずいぶんと余裕があるみたいだしな」

「そんな! 隊長だって一緒に遊んでたじゃないですか!」

「おう。じゃあ、俺も倍やるか。ニール、付き合うよな?」

「げっ!?」

「なんだ、その返事は。嬉しくないのか?」

「隊長とやったら倍どころじゃないじゃないですか!」

「そうか? なら俺が倍って感じたら終わりにしてやるよ」

「それ、絶対倍以上あるやつじゃないですか! ちょっと、ホリー。なんとか言ってくれよ」

「え? うん。ニール兄さん。がんばってね」

「おう。ホリーちゃんも応援してくれてるし、がんばろうな!」

「そんなぁ~」


 ニール兄さんが情けない声を上げ、それを他の衛兵さんたちが楽しそうに見守っている。


 こうして冬前のゾンビ退治の初日は終わったのだった。

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