第36話 お嬢様とテスト勉強しています

 そうなんだよな。そうなんだよ。主観だけど、見た目は今まで見てきた全ての女性の中で1番タイプなんだよ。

 今まで全て見てきたって言うのはテレビや動画に出てる人全てを含めて、俺の中でど真ん中直球のドストライクな女性なんだよな。アヤノは。


 長くて綺麗な髪。整った顔立ち。スタイルも良い。――おっぱいはドンマイ。


 最近聞かなくなったけど、以前はよく告白とかされてたしな。それも話した事もないどこの馬の骨かも分からない奴に。それってのは相当見た目が良くないとされない事だと思うから、アヤノは群を抜いて美しいと断言出来る。


 見た目は完璧なんだよな……。見た目は――。


「なに?」


 アヤノの家。ソファーの前にあるローテーブルにて2人して勉強をしている。

 いや……。今アヤノは、俺のお手製対策プリントをやっており、俺は次なる対策プリントを作成しているので、2人で勉強と言えるかは微妙な所だな。


 そんな折、アヤノの顔を見ていると不愉快そうな表情で俺を見てきた。

 なんだか最近機嫌が悪い。それが表情に出ている。

 以前までなら無表情で、どういう感情なのか全く理解出来なかったので、それを考えると多少は心を開いてくれたのかな? と思いたい。だが、表情が表情なだけに喜んで良いのか微妙である。


「そこ、間違えてるぞ」


 素直に「お前の顔見てた」なんて言うと更に不愉快な顔をされそうなのでパッと彼女のプリントを見て言ってやる。


「どこ?」

「問3」

「これ間違えてるの?」

「そうだな。それの答えはAだわ」

「なんで?」

「んっとな」


 解説する為に俺は彼女の隣に行く。


 親切丁寧に解説したつもりなのだが――。


「――納得いかない」

「へ?」

「これって作者の心情を答えよでしょ? なのにAっておかしくない?」

「そうか? 俺はそうだと思うけど」

「リョータロー。この作者に会って聞いたの?」

「いや、そんな訳ないけど」

「だったらBかもしんないじゃん」

「うーん……。Bは……。作者の心情とは遠い気がするな……」


 そう言うとペンを置いて溜息を吐いた。


「もう……。良いや……。疲れた」

「おいおい。赤点取っても良いのか?」

「別に良い」

「夏休み補習でも?」


 そう言うとアヤノの親指と人差し指をくっ付けて丸を作る。


「何とでもなる」

「げっす! おまっ! 下衆過ぎるだろ」

「何とでも言って。そんな罵声より夏休み優先」

「え? お前……。まじで?」


 そう言うと鼻で笑う。


「冗談」


 無表情で言うので本当に冗談なのか不安になる。


「ま、根詰めても効果薄いし、少し休憩しようぜ」

「紅茶」


 即座に注文が入る。


「あいあい」


 こんな扱いにはすっかりと慣れてしまっている自分がいる。いくら仕事だからってまるで尻に敷かれた旦那や彼氏の様な気分だ。

 だが、そちらの方が男女の関係は円滑に回ると聞いた事があるが……。実際どうなんだろうな……。


 そんな擬似体験を経験しながらも俺は素早くキッチンで紅茶を用意してアヤノに提供する。


 そこまでめちゃくちゃ長い時間勉強をしていないが、アヤノはまるで長い労働から解放された様に紅茶を召し上がっている。安物の紅茶を。


 そんなアヤノの傍で俺は他の対策プリントを作成している。


「――それ暗記したら点数取れる?」


 甘い物が体内に注入され、少しストレスが解消されたのか、アヤノが俺の作業を覗き込んで聞いてくる。


「保証はないが、赤点位なら回避できるだろうよ」

「そっか」


 アヤノは頷きながら紅茶を飲む。


「――なぁアヤノ? 今回は赤点回避でも良いかもしんないけどさ。それだけで良いのか?」


 俺の質問にアヤノは首を傾げる。


「どういう意味?」

「進路とか。大学に行くにしても、就職するにしても赤点ギリギリラインよりもっと成績上げた方が選択肢増えるからさ、勉強した方が良いってこった」

「それは……。そうだね……」

「将来の夢とかないの?」


 そう聞くとアヤノは考え込んでしまった。

 そこまで重く聞いたつもりはなく、フラットな質問だったのだが……。


 まだ2年の夏前と考えるか、もう2年の夏前と考えるか……。

 高校生活も半分が過ぎたので将来の事も色々と考えないといけない時期になってきたと自分で相手に質問したのに関わらず、自分も考え込んでしまった。


「――リョータローは? 将来の夢とかあるの?」


 逆にそう聞かれて俺は苦笑いを浮かべてしまった。


「偉そうな事聞いたけど、俺も将来の事までは考えてないんだよな。漠然と自分に合った大学に進学かなーって感じで」

「進学……」

「なんやかんやキャンパスライフとか憧れだよな。サークルとか飲み会とか。1人暮らしとかしてみたいし。あと彼女とかも出来るかも。大学なら出会い多いって聞くし」


 俺はそんな夢妄想を考えてちょっと語る。


「彼女……」


 そんな俺の語りを不快に思ったのか、アヤノは呟きながらジト目で見てくる。


「なんだよ?」

「リョータローにショートヘアの彼女何か出来る訳ないよ」


 俺の夢妄想が1撃で砕け散った。


「わ、わかんないぞ?」


 何とか体勢を整えたいが、1撃が重すぎて反論の言葉が見つからない。


「リョータローみたいな変態を好きになるなんて相当変態だよ。変態を通り越して異常者だよ。それか異世界から現実世界に転移してきた右も左も分からない異世界人だよ」


 普段言葉数が少ないのに何て言葉の暴力だ。

 まるでオラオララッシュを喰らっている気分になっちまう。やれやれだぜ……。


 というか、そんなん言われたらシンプルに泣きそうになるわ。

 あ、ちょっと目頭が熱くなっちゃった。


「と、ともかくだ!」


 ウルっとした目を誤魔化す様に強めに言葉を放つ。


「将来の為にも、そして今回の為にも勉強しないとな! 今回は【赤点回避】がノルマなんだから、それだけは何としても達成させる。俺のプライドにかけて」

「しょぼいプライドだね」

「誰の為にやっとると思ってんだ? おんどれわ」

「ま、頑張ってよ」

「ほんと何で他人事なの? きみわ」




♦︎




 なんやかんや、ゴタゴタと言っていても根は真面目な子であるアヤノお嬢様は、休憩終わりから俺の作った対策プリントを解いていってくれている。

 ブツブツと対策問題に文句を言っているが、それで成長してくれるなら本望よ。


 俺は俺で自分の分の勉強もあるので、自ずと無言での作業となってしまった。




「――んー!」


 俺はペンを転がしてノビをした。かなり集中してたので筋肉が固まってしまっている。


「うわっ」とつい言葉が出てしまった。

 窓の外の景色はいつの間にか真っ暗になっており、時計を見るともう良い子のちびっ子の皆なら寝ていてもおかしくない時間帯になっていた。


 すげー集中してたな。


「あ……」


 ふとアヤノの方を見るといつの間にか机に伏せて眠ってしまっていた。

 寝顔が丸見えである。

 朝起こしに行く時に見せる、眠り姫みたいな顔とはちょっと違う少し間抜けな寝顔。


 あはは。お嬢様のくせにヨダレ垂らしてやがらぁ。


 そんなアヤノの寝顔を堪能させてもらう。

 やはりヨダレを垂らそうが何しようが黙っているとドストライクな顔をしているな。黙っていたらね。




 こんな所で寝ると風邪ひくぞ。


 なんて声をかけようとしたが、あまりにも気持ち良さそうに寝ているので起こすのもしのびない。


 寝ている時は体温が低くなると言うからな。こんな季節でも何か羽織る物でも、と思い勝手知ったる波北家。立ち上がりアヤノの部屋へ向かった。




 いつも勝手に入って彼女を起こしているけれど、アヤノ不在の部屋に入るのは妙な緊張感があった。

 アヤノがいないのにアヤノの甘い匂いがする部屋。なんだか妙に意識してしまうな。

 しかしあれだ。相変わらずの微妙に片付けてない部屋である。

 

「――これでいっか」


 床に適当に寝ていた服を拾い上げる。


 それを持って部屋を出て行こうとした時にふと机の上に置かれている写真たて気が付いた。


「あれ……。こんな写真たてあったっけか?」


 そう思い失礼ながら写真を拝見させてもらうと、どうやら家族写真の様だ。


 親子3人が仲良く写っていた。

 

 アヤノは無邪気な笑顔を見せており、父親の秀さんは今とあまり変わらない気がする。

 そして、この年齢不詳の美しい女性が霧乃さんなのだろう。綺麗過ぎて詐欺写でも見せられている気になる。


 しかし……。ふむ……。この人何処かで会った気がする様な……。

 脳の片隅にある記憶が蘇りそうで――蘇らない。


 まぁ親同士が幼馴染なり、先輩後輩なりだから何処かで出会っていても不思議ではないか。物心着く前とかに会ってたりしたのかもな。


 バイク乗りの俺としては、写真の奥の方に写っているグレーのバイクの【隼】が気になったね。あれ、めっちゃ速いんだよな。乗ってみてー。




 リビングに戻ると、体勢を変えることなくアヤノはぐっすりであった。


 羽織る物を見繕ってきたので彼女の背中に掛けてやる。


 そして俺は手元に置いてある対策プリントを拝借して赤ペンを取り出す。


 自分の作った対策プリントを文句を言いながらも眠気限界までやってくれたお嬢様。それには素直に喜びを感じて、もっと対策プリントを作成してやりたい気持ちになる。


 ――採点が終わって一言。


「ははっ! ほぼ間違ってやがるぜ」

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