第11話 お嬢様は文面では性格が違うみたいです

 4限の授業中の事である。

 英語女教師の藤野ふじの先生が教科書の英文を読んでくれており、全く意味の分からない文に対して、あー……まるで異世界転移したみたいだ、なんて思っているとポケットのスマホが震えた。


 震え方からメッセージアプリに通知が来た事を知らせる振動だったが、こんな時間にメッセージを送る奴なんて家族くらいだ。

 一応、クラスのグループには入っているが、ブーブーブーブー通知音がうるさいので、通知をOFFにしてるからバイブレーションが働くということは恐らく妹のサユキだろう。


 こんな時間に何か用事か? いや、サユキの事だ、つまらない授業の時はたまにかまちょしてくるから大した用事じゃないだろう。

 まぁ後で相手してやるか。この高校は授業中にスマホを弄ると放課後まで没収されるからな――と思ったが、もしかしたら母さんかも知れない。まだ風邪が治らず困ってメッセージを送って来た可能性がある。

 先生の目を盗んでスマホを見ると予想外の人間からメッセージが届いていた。


 スマホの画面には波北 綾乃と出ていた。


 おいおい。何事だよ。

 用があるなら直接言えよ。前と後ろなんだから。


 そう思いメッセージアプリを開く。


『リョータロー。やばたん事案発生』


 その文字と共に【ウサギのヌタロー】が焦っているスタンプを送ってきていた。

 コイツ、メッセージだとこんな感じなんだ……。苦手なタイプだわ……。


 一瞬シカトしようとしたが、スルーするのも可哀想なので『どしたよ?』と返すと秒で返ってくる。


『今日バイクで来たからお弁当買うの忘れたンゴ。つらたん』


 あー……。そういえば昼休みにアヤノの事を何回か目にした事があるが、コンビニ飯だった気がするな。

 それなら学食か購買で――と提案しようとしたが、あそこは超激戦区。素人が面白半分で行って良い場所ではない。死ぬ事になるだろう。


『俺いつも学食だけど、別に購買でも良いし何かついでに買って来てやるよ』

『ま? リョータローかみってる。あざまる水産』


 うわぁ。何かムカつく。やっぱ苦手ー。


 でも、そう思うのなら軽く後ろを向いてコッソリ話せば良かったのだが、アヤノのキャラ崩壊が面白くて続けてしまう。


『何か希望あるか?』

『なんでもおk』

『じゃあ適当に買ってくるわ』

『あざ。あ、あとこっちから豚切りメンゴだけどベッケンバウアーで話あるから昼休みに旧校舎の自販機前にガンダでよろ』


 旧校舎の自販機前? どこだ? そこ……。

 というか、コイツは一体何が言いたいのか全く分からない。

 豚切りとか、ガンダとか……。

 何? ガン○ムが豚切るの? オーバーキル過ぎない?

 それにアヤノはサッカーが好きなのか? いきなり元サッカー選手の話があるとか……。

 そんな趣味の話なら教室で良くない?


 疑問符がいくつも生まれて、理解不能のままスマホを見つめていると頭上から声が聞こえてきた。


「What are you doing?」

「へ?」


 見上げると藤野先生がにっこりと笑って俺を見下ろしていた。


「Is it more fun than my class?」

「ほ、ほわっと?」


 先生は人差し指を立てて左右に振って「NO NO NO」と言ってくる。


「What. repeat after me」

「ほわーっと」

「very good! でも! スマホはダメだよ南方くん」

「ほ、WHY?」

「OK。今のは良い発言だね。でも何故? って、そりゃ校則違反だからダメなんですよ? はい、スマホは没収ね」


 そう言って俺からスマホを取り上げる。


「おーまいがー」

「very good! 南方くんは海外でもやっていけるよ! だからスマホ見てないで一緒に勉強しよう!」


 爽やかに言われて俺のスマホは拉致られてしまったのであった。


 もう少しキャラ崩壊のアヤノとやり取りしたかったのに――。




♦︎




 我が高校には現在使用されている校舎から離れた位置に使われていない校舎がある。

 遠い昔はこの校舎を使っていただろうが、入学者が増えていったので、現在使っている校舎が建てられたとか。

 だが、現在では少子化が進み年々生徒数が減っていっているので皮肉なものであるな。

 

 そんな今は使われていない旧校舎。勿論鍵はかけられており校舎内には入る事が出来ない。

 だからアヤノが言っていた『旧校舎の自販機前』というのは旧校舎の中ではなく、外だと思われるが一体どこにあるのやら。


 放課後までスマホは没収されてしまっているので、彼女に連絡して場所を聞く事も出来ない。

 昼休みには購買聖戦に参加しなくてはいけなかったので話す余裕すら無かった。

 無論、その購買聖戦は制する事ができ、メイン所のパンを現在両手のビニール袋にはワンサカと詰めてここまでやって来たが、自販機の場所が全く分からない。


 辺りをキョロキョロと見渡すが、自販機らしき物はない。

 

 もしかしたら裏の方か? そういえば入学したての時に旧校舎の前までは興味本位で来た事がある。しかし鍵がかかっていたから萎えて引き返したけど裏の方は来た事ないな。


 俺は旧校舎をぐるっと周り裏手に回る。

 

 裏に行くと「おお。こんな感じになってたのか」と声が出てしまう。


 初めて来た裏を見てみるとローマの休日に出て来そうな――なんて大袈裟だが、そんな風な階段があり、そこを下った先には古い門があった。

 門はチェーンと南京錠で施錠されており開ける事は出来ない。チェーンと南京錠の錆具合から長い時間施錠させられているのが分かる。

 門を背に右手に屋根付きのだだっ広い空間がある。


 階段の先にある校舎を眺める。


「あ、もしかしてこっちが正門か」


 どうやら元々はこちらが正門で、あの空間は駐輪場だったと予想出来る。


 俺はそちらの方へ歩いて行く。


 右手に駐輪場、左手にはちょっとしたトンネルみたいなスペースを見つける。

 そのスペースには自販機とベンチとテーブルがあった。

 そこに1人スマホを弄っているロングヘアの美少女を発見する。


「アヤノ」


 呼びかけながら近づくと顔を上げてこちらを見る。


「リョータロー。遅い。お腹空いた」

「おいおい。そりゃねーだろ。こんな所すぐ分かるか」


 言いながらテーブルに戦利品を置く。


「結構分かりやすいと思うけど?」

「まぁ隠れてる訳じゃないが」

「――これ何でも良い?」


 袋の中を確認してアヤノが聞いてくる。


「何でもどうぞ」

「それじゃあ、これとこれとこれとこれ」


 アヤノはパンを4つ取り出す。


「え?」


 まさか4つも取り出すと思わなかったので驚きの声が出てしまう。


「何か問題?」

「いや、良いんだ。どうぞ」

「ん。ありがとう」


 勝手に女の子だし体型的に2つ位だろうと思ったが、予想の倍を食べるとは想定外だ。


 ま、俺は別にパン2つでも構わないや。


「それにしても、こんな場所があるなんてな。隠れ家――にしては隠れてないけど、ここって誰もこないだろ?」


 カツサンドを食べながらアヤノに話かけるとタマゴサンドを食べながらコクリと頷く。


「単純に遠いから来る気になれないわな。それにあっちにも自販機あるし、あっちの方が種類豊富だし、教室からも近いし、綺麗だし、テーブルや椅子もオシャレだし、こっちに来るメリットなんてないもんな」


 こちらは旧校舎時代の休憩所みたいな場所だったみたいだ。

 自販機が1台あるが時代を感じる古さである。しかしながら光っているので、どうやらまだ使える様だ。

 その証拠にテーブルにはアヤノの買ったジュースが置かれている。

 自販機が使えるならば、俺もパンオンリーじゃ喉がつっかえるので飲み物が欲しい。コイン挿入口に小銭を入れてジュースを買った。


「メリットはある」

「何?」


 ジュースを取り出しながら聞く。


「誰も来ないから静か」

「あー、まぁ、それはあるか」


 ジュースのプルタブを開けて辺りを見渡しても人の気配が全くない。たまーに数10m離れたフェンスの向こう側の緩い坂道を車が上ったり、下ったりしている位だ。


「アヤノは良くここに来るのか」


 席に戻り尋ねる。


「たまに」

「1人になりたい時には最適かもな。後内緒話とか」


 ジュースを飲んだ後に続けてアヤノに言う。


「内緒話と言えば、アヤノのあの文面何?」

「あ!」


 俺の質問にアヤノは声を出し、タマゴサンドを食べるのを中断して頭を下げてくる。


「ごめんなさい。私がメッセージ送らなければスマホを取り上げられなかった」


 無表情だが、何処となく申し訳なさそうな感じは出ていた。


「いや、そんな事は別に良いよ。軽く反省文書いたら返してくれるし」

「反省文……。ごめんなさい」

「別に何回か書いてるから慣れたよ。――そんな事より、最後の文。全然分かんないんだけど? あれ何? 豚の話? ガン○ムの話? それともサッカーの話?」


 俺の質問にアヤノは首を傾げて困惑している様子だ。

 何故お前が困っているんだ……。


「仕事の話」


 アヤノから出たのは予想もしていなかった言葉であった。


「し、仕事? あの文に仕事の話なんて一切書いて無かったぞ?」

「仕事とは書いていない。別件とは書いた」

「別件何て――」


 ふと、送られてきた文面を思い返す。


「――もしかしてベッケンバウアー?」

「それ」

「いや、おまっ……。それ、元サッカー選手の名前だぞ?」

「そうなの? でも雑誌には今の言い方で別件と書いていた」


 そういえば昨日も雑誌を読んでいたな。そこからもしかしたら今時女子の言葉遣いを学んでいるのか?


「あの暗号みたいな文は全部雑誌の知恵か……」

「暗号? パリピのリョータローに合わせて使ったつもり」

「お前の目はどうなってんだよ……。何処をどう見たら俺がパリピなんだよ……」

「見た目」

「平凡な男子高校生だと思うけど?」

「私から見たら十分にリア充」


 リア充というのはイケメンくんやクラスのアイドルちゃんの事を言うと思うのだが――。


「――そんな事より仕事の話」

「あ、ああ。そうだな。で? 何か変更点でも?」

「違う。シフトの事」

「シフト? あー……。そこら辺は特に深く考えて無かったな。やんわり平日かなー程度でって感じで。てか、アヤノがこれから毎日朝起こせって言ってなかった?」

「言った。でもやっぱり毎日というのはキツい。私も用事なり1人になりたい時がある。リョータローにだって用事があったりすると思う」

「そりゃそうだ」

「――だから、仕事をして欲しい日はこちらから連絡する事にする。勿論、都合が合わない日は断ってくれて構わない」


 平日毎日行って社会人並の給料を得ようとしたが、よくよく考えれば彼女には彼女の都合があるもんな。それに合わせて呼ばれたら行くのが普通か。

 それなら不定期になるからコンビニバイトは続けた方が良いのかな。そこら辺もまた考えないといけないな。


「分かった。そうしよう。そうするべきだな」

「決まり」


 そう言いながらアヤノは次のパンであるハムカツサンドを食べ始める。


「でも大丈夫なの?」

「ん? 何が?」

「さっき好きな人はいないと言っていたけど、彼女とか本当にいない?」


 ジッと俺を見つめてくる。

 

 確かに、もし俺に彼女がいたとしたらその彼女に申し訳ない仕事だわな。


「ははっ。俺にいる訳ないだろ」


 しかし、そんな甘い間柄の人物は俺の人生で1度たりともいた事がない為、笑いながら言う。

 アヤノはそれを聞いてハムカツサンドをちょびっと食べる。


「そう」

「アヤノこそ彼氏――さっき好きな人はいないって言ってたけど本当にいないのか?」


 そう尋ねるとまた俺をジッと見てくる。


「気になる?」

「え? いるの?」


 それなら俺よりそいつに頼んだ方が良くない?


「いない」

「ですよねー」


 まぁそんな人がいるなら世話役なんて俺に頼まないよな。


「リョータローにそういう人がいないなら遠慮なく仕事をふれる」

「ああ。気にせずにふってくれ」

「それじゃあ早速放課後――」


 アヤノが仕事をふってきそうな所、俺は話を腰を折る。


「――ごめんアヤノ。今日の仕事の事なんだけど、朝起こしに行ったし、放課後も何かあるなら仕事しようと思ったんだけど、今日はやっぱりパスで」

「どうして?」

「反省文書かないとな。だから帰り遅くなると思う」

「反省文ってそんなに時間かかるの?」

「うーん……。噂では藤野先生って英語で反省文書かせてくるらしいから時間かかるかも」

「――そ、そう」


 英語の反省文と聞いて流石のアヤノの表情には出なかったが、声が若干強張っていた。


「だから今日は先に帰っててくれ。ヘルメットはその後かまた後日届けるよ」

「う、うん……。分かった」

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