第10話 お嬢様に意中の相手はいないみたいです

 病院のバイク置き場に戻って来た。


 自動精算機を操作して600円の表示に対して昨日もらった駐輪場のカードを現金の代わりに挿入する。


『ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております』の機械音声を聞いてバイクの方へ向かう。


 これ駐輪場のカードなかったら中々の出費だな。失くしたら終わりだ。気を付けないと。


 バイクの方へ戻るとアヤノはヘルメットを被って準備万端と言わんばかりで待っていた。

 彼女はスクールバックを左肩にかけていたので声をかける。


「その肩にかけている鞄をリュックみたいに出来ない? 片かけだと乗りにくいと思う」

「分かった」


 アヤノは言う通りにスクールバッグを両肩で背負ってくれる。


 俺の鞄は仕方ないので前にかける事にする。見た目はダサいし運転しにくいが仕方あるまい。幸い鞄には何も入ってないのでぺったんこなのが救いである。


 バイクを進行方向へ向ける為に、エンジンをかけずにバックと切り返しを繰り返して進行方向へ向ける。


 向いたら跨ってエンジンをかける。


「お! 朝っぱらからデートですかい!? まさか初2ケツがこんな美少女なんてあっしも鼻が高いですぜ! 旦那! ま! 鼻なんてありゃしませんがね!」と言われた様なエンジン音が聞こえた。


「おお!」とアヤノは若干テンションが上がっている様に思える。


「それじゃここに跨って。足はそこね」

「こう?」


 言った通りにアヤノは俺の後ろに跨る。


「手は? 手は何処に?」

「あー。手は……。そうだな。俺の腹に回すか。嫌なら――」

「分かった」


 そう言って躊躇なくギュッと俺の腹回りに手を回してくる。

 その時に背中に柔らかい感触があった。

 初めて後ろに乗せたのが美少女で、その美少女のおっぱいを堪能できるとは――。


 ――小さくても柔らかいんだな……。ぬほほほ。役得役得。


 おっと! このままこの感触を楽しんでいたいが、時間があまりない。


「しっかり捕まってろよ」

「了解」


 彼女の高揚した返事を聞いてアクセルを軽く回しながら半クラッチで出発した。




♦︎




 「――どうだー!? 乗り心地はー!?」


 学校近くの公園までのツーリング。この時間の国道は朝の通勤ラッシュが暖和されているので渋滞していないからストレスフリーに走る事が出来る。


 ゴオオオと風を切る騒音の為にいつもの倍以上の声を出してアヤノに聞いてみる。


「乗り心地は最悪」


 普段声の小さいアヤノだが、彼女なりに頑張って大きな声を出していると思われる。

 そんな声を何とか聞ききとり俺は爆笑する。


「あっはっはっは! そりゃそうだ! そもそも2人乗り用のバイクじゃないからな!」

「でも楽しいよ」

「んー!? 楽しいって!?」

「楽しい」

「おお! そりゃ良かった! そう言ってもらえたなら俺も嬉しいよ」


 バイクに乗って、その楽しさを共有できたのなら、バイク乗りとしてはかなり嬉しいものである。


「目覚めそう」

「目覚めそう!? ああ! 目が覚めたか! そうだろそうだろ! バイク乗ったら眠気なんてどっか行くよな!」


 バイクに乗ると車では味わえない風を浴びる事が出来るので、目はパッチリとなる。


「そ――み――じゃ――」

「――んー!? なんて!?」


 アヤノが何か言っていたが、今のは風の音がうるさ過ぎて聞こえなかった。


 赤信号で止まったので「今、なんて言った?」と尋ねる。


「なんでもない」

「そうか? なら良いけど」

「――もうすぐ着く?」

「あ、そうだな。後5分もかからないだろうな」

「そう……」


 少し残念そうな声を出す。

 それはつまりもう少しバイクに乗っていたいという表れだろう。


「放課後乗って帰るだろ?」


 そう尋ねると手に力が少し入った。


「うん」

「ならそんな残念そうな声出すなって。また乗れるんだから」

「――帰りはかっ飛ばして」

「行きも帰りも安全運転です」


 バイクに乗るのが気に入ってくれたみたいで良かった。




♦︎




 公園にバイクを置くのも慣れたもので、有料のバイク置き場に駐車して素早く鍵をする。

 病院のバイク置き場にあるのとは違うタイプで、チェーンをかけるタイプだ。


 ここのバイク置き場は【1時間200円】だが【最大料金500円】と良心的な料金設定である。

 毎日置くには痛い出費だが、たまになら払える値段である。


 時間は8時27分で、意外にもかなり早く着いた。ここから教室まで5分もあれば着くだろう。


「――そういえばさ」

「なに?」


 バイクにかけヘルをして2人して歩き出した時に疑問に思った事を聞いてみる。


「学校の時はどうすれば良い? あまり馴れ馴れしく絡まない方が良いのか?」

「どちらでも構わない」

「どちらでもねぇ……」

「どちらでも。話しかけてきても別に構わないし、話しかけなくても良い」

「ふぅん。それじゃあ今まで通りの方が良いのかな? あんまり過干渉だとすぐに噂話になるだろうし。何かすぐ男女が喋ると噂になるだろ? あれうざいよな。すぐ噂にする奴。それにアヤノも俺と変な噂流されるのって嫌だろ?」


 そう言うと「そう」と冷たく言ってスタスタと歩いて行ってしまう。

 少し怒った様な風にも見えなくないが、無表情なので分からなかった。




♦︎




 「珍しいね。君が遅刻ギリギリなんて」


 教室に入ると、友人キャラの朝のお約束の挨拶みたいに俺の席に勝手に座っている井山くんが親しくもないのにフレンドリーに話かけてくる。

 普段あまり話しかけて来ないのに、今日に限って話しかけて来るということは夏希と朝から話が出来て機嫌が良いという事だろう。


 お前の機嫌なんてどうでも良いが、仲良くないのに馴れこく話かけて来んなよ。今日俺は朝早くから起きて疲れてんだよ。そこどけや。俺の席だわ。ぼけ。


 なんて言うとまたビビられるし可哀想だからやめておこう。

 この子外見も内面もひ弱だからあんまり絡みたくないんだよな。


「波北さんと登校かい?」


 一緒に教室に入ったのが見えたのか、嬉しそうに聞いてくる。

 男女で一緒に教室に入ってきたのをからかう男子――という訳ではなく、俺という恋路の邪魔者が夏希以外の女子と一緒という事に喜んでいるのだろう。全く迷惑この上ない勘違い野郎だ。


「もしかして2人は付き合っている……とか?」

「はよどけ……。消炭にすんぞ。お?」


 良い加減鬱陶しくなったので、眉を潜めてゴミを見下ろす様に睨め付け、ドスを効かせた様な声を出すと「ひっ!」と立ち上がり自分の席に戻って行った。


 そんなにビビるなら絡んでくるなよ。それにそこまで強く言ってないし。

 俺程度でビビっていたら、今朝のアヤノの睨みを見たらおしっこちびるんじゃない?

 ――井山くんならあり得るな……。


 まぁ……彼も夏希を取られまいとする行動なのだから、その夏希を想う一途な気持ちだけは評価に値できるな。

 恋は盲目とはよく言ったものだ。

 周りが見えてない恋する思春期男子……。大人になった時に思い出し悶絶しやがれ。


「涼太郎くんやい」


 そんな俺達のやり取りを見て今日も今日とてア○レちゃんみたいな隣の席の女の子――夏希が話しかけてくる。

 それ、絶対意識して寄せてるよな?


「んー?」


 空っぽの鞄を机の横のフックにかけながら返答する。


「そぉ井山くんいじめてあげさんな」


 言われて苦笑いが出る。


「別にいじめてねぇわ」

「でも、井山くん物凄く怯えていたよ?」

「あれって俺が悪い感じ?」

「いや、まぁ言い方ってもんがあるじゃないかい。もっと優しく、こう……。包む様に」


 俺は肘を付いてジト目で夏希を見た。


「俺だって別にあんな言い方したかねーけどさー。それに極力気を使ってるっての」

「どういう風に?」

「アイツの前では夏希とあんまり話さない様にしてるとか?」

「ほぅほぅ」


 適当な相槌を打ってくる。


「――つか、お前も悪いぞ? アイツの気持ち分かってるだろ?」


 あれほど顔に【好き】と書いている奴は他に見た事がない。


 夏希は手を顎に持っていき考えるフリをしてくる。


「ふーむ。一体何の事やらサッパリさー」


 お手上げー。みたいなジェスチャーをしてくる。


「マジで言ってんの? ギャルゲの主人公並に鈍感じゃねーか」


 そう言うと夏希は爆笑した。


「あはは! あたしも何回かギャルゲってやった事あるけど凄いよね。あのジャンルの主人公って。凄すぎて逆に笑えるよね。鈍感というかもはや人の感性じゃないよ」

「その、人の感性じゃない笑える存在と今同じ立場だぞ? 夏希は」


 そう言うと笑いながら言ってくる。


「態度とか行動とかじゃ分からないよ。ちゃんと自分の口で想いを聞くまでは」

「おお。今日の名言」

「だから、涼太郎くんや波北さんが自分の口から『付き合ってない』って言わないと『もしかしたら2人は付き合ってるのかなー?』と思う訳さ」

「は? 話の切り替わり方よ」

「で? どうなのさ? 波北さん」


 いきなり話を後ろのアヤノに振った夏希。


 スマホを見ていて急に名前を呼ばれたアヤノは視線を夏希に向けて相変わらずの無表情で答える。


「付き合ってない」

「――ですよねー!」


 夏希の声には少しだけ安堵の様な物を感じた。


「いやー波北さんと涼太郎くんはないわー。そのカップリングはないよー。波北さんはランボルギーニみたいな男子が似合うよ。うんうん」

「意味のわからない例えはやめろ」

「ちなみに涼太郎くんはアクアかな」

「コンパクトカーで例えてくんなや!」


 アヤノにピッタリな奴が高級車に対して、俺がコンパクトカーと例えられて凄く腹が立つ。それが正論だから尚のこと腹が立つ。


「なんだ。機械弄りしか脳がないと思ったら、恋愛関係とか興味あるんだな」


 少し仕返しのつもりで嫌味っぽく言うが相手には効果はいまひとつのようだ。


「そりゃあたしも女の子ですからね。ちなみに気になる男子も勿論いるよ」


 ほう。彼女と出会って今日まで機械弄り――俺と話をする場合、主に車やバイクやゲームの話しかした事なかったが、コイツが恋愛に興味があり、かつ気になる人もいるとは驚きだ。


「――誰?」


 俺が聞く前に後ろからアヤノが無機質な声を出して聞いた。

 顔を見ると全く興味なさそうだが、質問するということは興味があるという事だろう。


 アヤノの質問に夏希は笑いながら答える。


「ダメダメ。流石に秘密だよ」

「そう」


 アヤノは興味なさそうな声を出して再び視線をスマホに向けた。

 あっさりしてんなぁ。もう少し追求するとかしないのかね。


「もしかして井山くん?」

「あはは。ワンチャンあるかもねー」


 この言い方と雰囲気から彼ではなさそうだ――あれだけ夏希にアプローチしているのに恋愛とは残酷な物だ。


「一丁前に秘密かよ」

「そりゃね。涼太郎くんだって、波北さんだって好きな人教えてって言っても教えてくれないでしょ?」


「いないからな」

「いない」


 俺とアヤノがほぼ同時に答えると「仲良しだねー」とはやし立てる声を出して笑われた。


 チラリとアヤノの方を見る。


 そうか……。アヤノの奴好きな奴いないのか。


 まぁ告白されても断わってる位だし、色恋沙汰にはあまり興味がないのかもしれないな。

 それか、ものすごーく理想が高いとか?

 例えば自分より金持ちじゃないとダメだとか?

 あははー。それだったらこの学校の連中には無理だな。

 ――そういえば、何でコイツはこんな普通の高校に通ってるのかな? 金持ちってお坊ちゃんお嬢様学校に通うイメージだけど、俺の考えが古いだけ?


「なに?」

「ああ……。いや、なんでも」

「そう」


 あまり深く知る必要もないか。

 俺とアヤノはただの雇用関係。雇い主と従業員。それ以上でもそれ以下でもないのだから。

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