第56話 さようなら。そして。ただいま。

 まずルール説明から始まった。魔法と武器禁止というシンプルな模擬試合である。一応関節技も使えるのだが、仕事に支障が出ると問題だろう。というわけで殴りと蹴りだけで対応する。カエウダーラが引き付けている内に右の拳で殴る。丁度見えないところからだったからか、対戦相手のバンダナの男のお腹に当てることが出来た。


「おーっと! ここでウォルファ選手のパンチが決まったあああ!」


 エコーがかかったソーニャの声。いや待て。何故実況をしている。そういう文化はあっただろうか。しかしこの盛り上がりは……普通に受け入れられている。盛り上がるのなら何でもいいのかもしれない。恐らくだが。


「はいはい。ギルドのお姉さんっすね。はい。えーっとですね。盛り上がってる中、申し訳ないんすけど」


 不穏な匂いしかない。誰もが感じ取ったのか、試合をやっていた私達の動きが止まる。


「これ緊急依頼だわ」


 ぼさぼさの黒髪の中年の男は長年の経験則で感じ取ったみたいだ。


「はい。冒険者ギルドの者です。暴れるビッグワイルドボアーを討伐してください! 肉とかはご自由に使って良いですから!」

 

 必死にお願いしていた冒険者ギルドの事務の人の声を聞き、私達はビッグワイルドボアーをハント。苦戦することはなかった。当たり前だ。最前線で立つ冒険者が多かったのだから。そして獣の肉は宴に使った。美味しかった。楽しむことは出来ているが、ただ一つ気になることがある。


「そういえばいいの? 結構グダグダなんだけど」


 この問いをキャサリンに投げてみたら、


「なあに。こういうもんだろ」


 と特に気にする事がない感じで答えていた。この後も獣の肉を美味しくいただいた後、そろそろ出発すべきだとペイリャル家の主が言ってきた。冒険者の人からメッセージを受け取ってから、屋敷から出る。


「お前たちなら問題ねえと思うけど。簡単にくたばるんじゃねえぞ?」


 キャサリン達は大体そういうことを言っていた。一緒に同行する機会は数える程度だったが、多分私達はテレッサ村に馴染んでいたのかもしれない。そう思いながら、グロリーアのところに戻る。


「たっだいまー」


 いつものようにグロリーアが出迎えてくれる。


「ああ。おかえり。君達を送る準備が出来た」


 しかしこれで最後だ。中に入り、魔法陣が書かれたダイニングに行く。何もない時はのんびりと茶を嗜んでいたこともあった。ソーニャの作業場でもあった。仕事だから淡々とやっていたつもりだったが、別れる寂しさが心の中にある。それでも終わりは終わりだと思い、荷物の最終チェックをして、帰れる態勢にしておく。


「ウォル。例のものを」

「あ。ちょっと待って」


 カエウダーラにせかされて、私は肩掛けカバンから例のものを取り出す。


「グロリーア」


 両手で彼に渡す。薄いピンク色の真珠のブレスレット。かなり貴重なもので高級品として有名なものだそうだ。しかもオーダーメイドなので更にお値段が高くなっている。グロリーアにバレないように冒険者としての仕事の時に買った。隠すのは一苦労だった。


「あ。え。え?」


 戸惑いながらも受け取ってくれる。彼らしい。


「お礼だよ。ずっと支えてきてくれたから」

「そういうのはいいのになぁ」


とか言いながら、すぐに左手首に付けてくれるグロリーアである。


「こっちとしては滅びの獣を狩って。しかも大魔術師アルマと話をしてくれた。これだけで僕は十分なんだけど」


 照れているような表情をした。嬉しそうに頬を赤くしている。


「ここまで世話してくれる依頼人なんて滅多にいませんもの。ソーニャを守ってくれてましたし? お礼をするに値しますわ」


 カエウダーラが言ったことに同意するように頷いてみる。元から滅びの獣と相性が良かったとはいえ、グロリーアがいなかったらここまでスムーズにこなせていなかった。ソーニャの面倒も見てくれた。だからこそのお礼である。


「そっか」


 彼なりに納得したようだ。


「そろそろやろうか。魔法陣のところにいて」


 私達はグロリーアの指示を聞く。いる位置を確認した後、彼は聞き取れない言語を呟く。呪文の類だとすぐに理解した。魔法陣が光る。視界に真っ白な光が溢れて、何も見えなくなる。支える足が機能せず、浮いた感覚が出てくる。


「代表として改めて礼を言わせてもらうよ。神々の眷属の子孫であるウォルファとカエウダーラ。その協力者のソーニャ。滅びの獣を討伐してくれてありがとう。そして大魔術師アルマと対話をするという道を選んでくれてありがとう」


 グロリーアの穏やかな声を聞いた後、どうにか目の機能が通常に戻った。地に足が付いている感覚が復活している。


 ツルツルとして固い青色の床。頑丈な硝子。自然由来のものが香らない人工物で出来た建物だと理解した。丸みを帯びたエルフェン型の機械人形が内蔵の小さいカメラを通してじっと観察している。


「顔認証をした結果、ウォルファ・ライゾーンとカエウダーラであると判断します。会長に知らせます」


 感情が籠っていない機械特有の声を発する。それと関係しているかどうかは不明だが、

遠くから足音が鳴り響いてくる。カツン。カツン。その音が徐々に大きくなっていく。感知

したのか、機械人形が反応する。近づいてきた誰かの容姿をようやく確認する。


視力強化の効果がない細い眼鏡をかけた切れ目の若いエルフェンの男。白いメッシュが

ある青色が混ざった黒髪。黄土色のビジネススーツで洒落ている。見た目は本当に若いが、あれでも中年男性だ。ツェイ・ジャファメ。狩人協会のトップに立つ男だ。ツェイ会長の口が開く。


「おかえり。ウォルファ。カエウダーラ。長期任務お疲れ様」


 このセリフを聞き、ようやく元の世界に戻って来られたのだと実感した。ただいま。私達が住む世界。住む星。

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