第36話 山小屋でお話を

 果てしない山の道。白い雪。白い吐息。私達はこの世界で最大の大陸トドリムの山脈にいた。北の方があっても、暑くなりつつある季節なので、麓は昼辺りから汗をかきはじめていた。しかしここは標高が高いため、常に気温が低いところだ。そういうこともあってか、私達は毛皮で作ったコートを着ている。勿論その下にはバトルスーツである。


 目的は冒険者としての仕事だ。氷のように冷たく、硬い鱗を持つアイスドラゴン。最初はそれを討伐するのかと思っていたが、文章を読んでみると違っていた。アイスドラゴンは定期的に鱗が変わっていく。生え変わりの時、ボロボロと落ちていくので拾って欲しいというわけだ。


「全くなんで戦闘が無さそうなものを」


 収集作業というのが今回の依頼内容なので、カエウダーラはかなり不機嫌である。


「依頼された分より多くても拾ってもいいって書いてたし、ソーニャの良い土産になるでしょ?」

「そりゃ……そうですけど」

「それに落ちた鱗を回収すると言っても、難しさは相当ある。初心者に任せられる内容じゃない」


 山は環境が変わりやすい。どれだけ天気が良くても、数秒で悪くなる可能性もある。日中と夜の寒暖差。岩と土の未整備の道。その他諸々で死ぬリスクが高い。そのお陰で報酬がべらぼうに高いメリットもあるが、ほとんどの冒険者が引き受けないのも分からなくもない。


「おっと。鱗を発見」


 真っ白な雪の上に手のひらサイズの薄い氷の板があった。あれがアイスドラゴンの鱗である。分厚い手袋で触り、拾っていく。依頼者から貰った植物の繊維で出来た袋に入れていく。地味に質量がある。


「こちらにもありましたわ」

「はーい」


 歩きながらアイスドラゴンの鱗を拾っていく。一つ。また一つ。地道な作業を繰り返す。


「よいしょっと」


 どれぐらい時間が経過したかは不明だが、依頼主に出せるぐらいの量まで達成した。一つの袋にパンパンに入れることが出来た。また、ソーニャ特製の黒い保存器に収納も出来ている。


「小屋まで行こうか」

「ええ。そうしましょう」


 空の動きが早い。出来るだけ素早く、安全に下っていく。流石に時間は夕方に近くなり、危険度の高い魔獣達の活動時間になっていることもあってか、登って来る輩は見かけない。



「異変は」

「大丈夫。特にない」


 目と耳を使って、周辺を警戒しておきながら、予定通りに小屋まで辿り着いた。途中も小屋はあるが、あれはどちらかというと緊急で避難する用途で使う物なので小さい。私達がいる地点の小屋は五十人程度なら収容できるぐらい大きさで三階建てのログハウスだ。一晩泊まって、下山をして、依頼人に鱗を渡す予定だ。


「おー。いらっしゃい。お二方か。自由に使って良いよ」


 山にある小屋全て、身体を休ませたり、身を守ったりするためだけに建てられただけだ。それが理由なのか、たくさんの二段ベッドしかない。悪天候を凌げるだけまだマシだ。


「お疲れ様ですわ。ウォル」

「ん」


 軽い金属製のコップをぶつけて、のんびりとする。暖かい飲み物が体にしみこんでいく。


「お。珍しいな。お嬢ちゃんか」


 紙の上に焼き菓子を載せて食べようとしたら、誰かに一つ取られてしまった。交換のつもりだったのか、乳を発酵した黄色の塊を置いてきた。カエウダーラが一瞬だけ殺気を放ったが、対価を貰ったとみなし、すぐに引っ込めていた。


 奴の顔を見てみる。声だけで男だと分かっていた。人懐っこい感じのニンゲンの男の顔立ちというのが私の印象だ。女が羨むサラサラとした黒髪を肩まで伸ばしている。普通に違和感ないのが恐ろしい。雪の中で移動していたらしく、コートに雪が少し付いている。


「仕事でこっちに来てるのか」

「うん。終わったけどね」


 当たり障りのない会話から始まっていく。


「なーるほど。あの感じだとアイスドラゴンの鱗か」

「正解」


 袋の形を見て判断したみたいだ。声掛けもそうだったが、すぐに中身を当ててしまう辺り、普段からこの辺を登っている人だろう。


「そういうあなたは」

「おう。薬師だからな。ファドレインの草を取ってた」


 薬師は基本動かない職種だと思っていたが、稀に材料も自ら取る人もいるらしい。この人もそういうタイプなのだろう。


「ある程度は自分の足でやっとかねえと、金が飛ぶからな。節約だよ」


 人の助けになる仕事とはいえ、利益を出さないと自分も生活出来ない。出費を防ぐために材料を取って行く。経営者は辛い。


「経営も大変ですわね」


 カエウダーラも同じことを思っていたらしい。男は笑う。


「そういうお前さん達も大変だろ。おとぎ話の存在と言われる魔力のない種族なんだろ。落ちてきたのか。あるいは誰かの導きか。それはまあ俺の知ることじゃねえ」


 荒々しい感じで男は対面する形でベッドに座り込む。


「けど一つだけ言えることがある。昔ほどじゃねえけど、魔力を重要視している古臭い連中がごまんといる。気を付けていけよ。トドリムはそういうところが強い」


 男は真剣な顔で忠告してくれた。グロリーアからもトドリム大陸の国家は魔力量を重視するところが多いと聞いている。しかし今までそういったところに行ったことがなかったため、重く受け止めることはしなかった。

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