第8話 本番前に腹ごしらえ

 川の幅が広く、水面に夜空の白いものが写っている。草が少なくて、小石が転がっているような形だ。見ただけでは穏やかだと感じるが、この水の激しい動きの音は何だろうか。ある程度情報を共有したとはいえ、知らないことの方が多い。確認しておくべきだろう。


「ねえ案内人」

「はい。フランクですが何か」


 天然が入っている返事が来た。


「川にバケモノの類とかっている?」

「あ。あー……」


 フランク、キャサリン、レナルド、ダスティンは何かいることを知っているような反応をした。


「そう言えばこの時期だったか。よし。ちょうどいい。非常食だけだと物足りんだろうしな。まだ奴らの方は移動途中だ。ぶつかる前に準備運動として奴を狩ろう」


 キャサリンのこの発言で三人が武器などを取り出し始めている。何が何だかさっぱりである。


「これはどういう意味ですの」

「分かんないけど……食糧確保なのは間違いないと思う」


 とりあえず説明ぐらいして欲しいと思いながら、私達も戦闘準備をする。


「フランク、灯りを頼む」

「はーい」


 小さい光の球がふよふよと川に行く。ザパンと派手に音を出し、水面から何かが浮上した。目がやたらと大きい。鋭くて小さい牙のようなものがある。どちらかというとサメに近い見た目をしている。ぶっちゃけ気持ち悪い。


「おー。派手に反応してるねぇ」

「ああ。この大きさ、良い感じだ」


 ダスティンとレナルドにとっては、気持ち悪いサメのようなものはただの食料でしかないみたいだ。行事扱いになっていてもおかしくないぐらい、慣れてしまっているように思える。


「さあ。行こうじゃないか!」


 キャサリンが前線に上がる。あれだけ高く上がっている獲物にどう立ち向かう。


「エンチャント。ウィング」


 ダスティンが魔法を使ったみたいだ。付与魔法の類だろう。キャサリンがニヤリと笑い、思いきり跳躍する。いや。飛ぶが正確だろう。


「そーれ!」


 斧で叩きこむ。川原まで飛ばすようにしている。勢いがやたらと凄いのだが、次はどうすべきだろう。


「大丈夫だよ。まだやることがあるから」


 ダスティンが笑いながら、白い布をばさっと広げた。本当に何するつもりだ。


「まあ見てなって」


 レナルドの両手に剣。二刀流という奴だろう。


「はあ!」


 タイミングを見計らって切り裂いていく。剣術というより、舞うようにやっていた。皮。骨。臓器。身。綺麗に分かれている。しかしこのままではだめだ。地に落ちて無駄になるだけだろう。


「ダスティンさん、あとは頼んだぜ!」

「はいはい。スロウ」


 解体したものがゆっくりと落ちてくる。これだけでは結果が変わらない。ダスティンはどうするつもりなのだろうか。


「ブリーズ」


 風がなかったはずなのに急に出てきた。ふわりと白い布が動く。なるほどと思った。速度を落とすことで間に合わせるようにしたみたいだ。


「魔法って便利ですわね」

「だね」


 魔法も万能ではないだろう。全能ではないだろう。しかしこうしてお手軽にやれている様子を見ていると、とても便利なものではないかと感じる。


「よーし。食う準備をして備えるよ。……食いながら教えてあげるからな。色々と」


 キャサリンの台詞を聞き、困惑しながらも、私達は食べる準備を行う。焚き火をする程度で時間はかからなかった。地べたに座って、焼いた身をぱくりといただく。あっさりめだった。それでも美味いものは美味い。


「で。教えてあげるとおっしゃってましたが、どういうことですの?」


 確かにそう言っていた。カエウダーラと同じく、私もどういうことだという疑問を持っている。私達二人を見たキャサリンがため息を吐く。


「お前ら世間知らずみたいだからな。それに魔法の常識というものを一切知らないというのは非常にマズイんだよ」


 反論ができない。よそというより、世界のルールが異なっている。基準が大体グロリーアだから、恐らくズレているに違いない。


「何故グロリーアがこの二人を誘ったのかが不明だがな。純粋な身体能力だけなら他の奴でも役目を果たせるはずだ」


 疑問を持つキャサリン、言いながら私の耳を触らないでほしい。嫌ではない。むしろ気持ちいいのだが、仕事前は控えておきたい。


「奇妙な姿と関連しているのは間違いないだろうが」


 私とカエウダーラのような姿をしている者がいない。面白いから触ってもいいという理由にはならないと思う。


「かつていたと言われる種族の生き残りだね。獣の種族と海の種族。神の眷属と呼ばれた彼らに魔力は必要ない。それぐらい強力だったという話があるのさ」


 ダスティンは私達のことを知っていた。グロリーアと知り合いであることから、ある程度分かっているのだろうと思っていた。


「おとぎ話のものだと思っていたが……なるほどな。まだいたとは」


 キャサリン達のような、あまり知らないような人にとって、私達の種族はおとぎ話の扱いだった。


「それな。マジで驚きだわ。そんでキャサリン、触るのはそこまでにしときなよ」


 撫でられる感覚がなくなった。キャサリンの手が引いていることが見える。レナルドが止めてくれたのだと気付く。ありがとう。


「魔法を必要としてないからね。それにグロリーアと共に行動となると、大体はズレる。すっごいズレるんだよ」


 ダスティンが二度同じことを言った。強調するように言った。


「そんなに」

「ああ。彼奴は別格だからね。ビビリなところはあるけど、力量は歴代トップクラスだよ。なのにぶらぶらとふらつくから」


 愚痴になりそうだと思った矢先、カエウダーラがぽんと右手をダスティンの肩に置く。


「能力を活かす人じゃなかった。それだけでしてよ。ダスティン。世の中はとても残酷ですわ」

「まさか君に励まされるとは思わなかったよ」


 だろうなと思う。


「うん。ま。一般論のことを説明しよう。魔法は魔力がないと使えない。あと呪文や魔法陣などがある前提で行うのも忘れてはいけないよ」


 その辺りはグロリーアから聞いている。あの時は魔力とセンスが問われる世界とも言っていた。


「魔力とセンスが問われるってグロリーアが言ってたけど」


 ダスティンは否定しない。


「事実だね。魔力がたくさんあればあるほどいいし、精密な魔力操作とか記憶力とか応用力とかだっているし。まあようするに……そういう人材は全体でどれぐらいいるのかって話になるわけだよ」


 そうかもしれない。その辺りを見落としていた。能力の検査でも山みたいなグラフを見た記憶がある。真ん中が最も多く、下と上が少ない。そういったものを。


「分かったみたいだね。大多数である普通に過ごしてる人達も魔力を持ってるわけだけど、簡単な魔法しか使えない。魔力量の少なさもあるけど、それ以外だってある。分かるかな?」

「教育ですわね」


 カエウダーラが即答した。確かにそうだと思った。冒険者の仕事をする時、人々と接するわけだが、必死に日々の生活を送るだけで精一杯という人が多かった。知識量の差だって身分によってある。ひょっとしたら魔力量は遺伝的な部分もと思ってしまうが、分かっている前提で進めていくのかもしれない。


「その辺りはウォルファも気付いていますわよ」

「まあそうだね」


 余計なことを考えずに話を聞いておこう。


「何つーか案外分かってるんだな。お前ら。下手したら私らより頭が良い気がするんだけど」


 キャサリンが感心しているように言った。正直頭の良さに関しては違うと自負しているが、果たしてどうなのだろうか。とはいえ知らない部分の方が多いのも事実だ。色々と聞いておくべきだろう。

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